第20話 ただの日常を

「じゃあ、また明日」


 夏菜たちに手を振って、神楽坂と一緒に教室を出る。最初は少しだけむすっとしていた神楽坂も、歩いているうちに上機嫌になってきた。


「そういえば神楽坂、剣道になんて興味あったのか?」

「え?」

「それか、夏菜が気になったのか?」


 夏菜は男子にも人気だろうが、それ以上に女子にかなり人気だ。特に後輩からはよく慕われている。神楽坂が夏菜に興味を持ったとしてもおかしくない。


「……えっと……」

「違ったか? じゃあ、瀬戸か? どっちにせよ、仲良くなれるといいな」

「……はい」


 校門を出たところで、俺たちはいったん立ち止まった。


「寄り道をするのはいいんだけど、今日は遅くはなれないんだ」

「なにかあるんですか?」

「朱莉と一緒にゲームする約束してて。だから、朱莉が帰るまでには帰らなきゃいけないんだよね」


 俺がそう言うと、神楽坂は瞳を輝かせた。そして、なにかをひらめいたように両手をパン! と叩く。


「それ、私も一緒に遊んじゃ駄目ですか?」

「……え?」

「久しぶりに朱莉ちゃんに会いたいし、ゲームなら私もできます。ねえ先輩、駄目ですか?」


 朱莉に会いたい? ゲームなら私もできる?


「……それってつまり、俺の家にくるってこと?」

「はい。駄目ですか?」


 いや、駄目だろう、普通に考えて。

 でも待て。どうやって駄目な理由を説明するんだ? そもそも、なんで駄目なんだ?


 もし神楽坂が付き合ってもいない男の家に遊びに行くのだと言っていたら、俺は間違いなく止める。危ないことはやめろ、と。

 でもその男が俺自身の今、それを俺が言うのもおかしな話じゃないか?


「……母さんは仕事だから、朱莉が帰ってくるまでは俺と二人になるけど、それでもいいなら」

「もちろんです!」


 勢いよく頷いて、神楽坂はやったー! とはしゃいだ声を出した。

 純粋に喜んでいるところを見ると、危ないなんて考えた自分のことが恥ずかしくなってしまう。


 神楽坂が俺の家に行きたいと言ってくれたのはきっと、俺を信頼してくれているからだ。その信頼を裏切るわけにはいかない。


「昼飯はどうする? 食べて帰ってもいいし、なんか買って帰ってもいいけど」

「あ、あの、先輩。私、やってみたいと思っていたことがあって……!」


 ずいっ、と顔を近づけてきて、神楽坂は拳をぎゅっと握った。


「ピザパ、なんてどうでしょう……!?」

「ピザパ?」

「はい。あ、知ってます? ピザパーティーのことです。宅配ピザを頼んだり、買って帰ったりして、家で食べるだけなんですけど」

「うん。それは知ってる。ピザはわりとよく食べるし」

「そうなんですか!? すいません、なんか恥ずかしいことを……」


 神楽坂は赤くなった頬を両手で挟み、俯いてしまった。言ってはいけないことを言ってしまったような気がして焦る。


「いや、ピザは俺も好きだし、賛成だよ。神楽坂はピザ好きなの?」

「ピザ、あんまり食べないんです。一人だと買わないし、両親はあんまり好きじゃなくて。でも、アニメや漫画でよくしてるイメージがあって……というか、みらちぇんの17話で……」


 17話、と言われてすぐにピンくるほどみらちぇんに詳しくはないが、ピザパ回は覚えている。

 神楽坂の推しでもある麗香はピザを食べるのが初めてで、かなりはしゃいでいたほのぼの回だった。


「じゃあ、ピザ買って帰るか」

「いいんですか!?」

「ああ。知ってたか? 宅配ピザって、持ち帰りだと大体半額になるんだぞ」

「え、すごい……!」


 初めて知りました! と神楽坂が瞳を輝かせる。俺にとっては当たり前なことも、神楽坂にとっては新鮮なことなのだろう。


 ピザパ、か。


 家でよくピザを食べるのは、仕事で忙しい母さんが買ってくるからだ。ピザ屋は比較的遅くまで開いていて、仕事で遅くなっても買えるから。

 だから俺にとっては、ピザを食べることとパーティーという言葉はあまり結びつかない。


「ありがとうな、神楽坂」

「え?」

「ピザを食べるのがこんなに楽しみなのは初めてだよ」

「先輩……」


 ピザを食べる。俺にとってはただの日常だ。

 神楽坂が、ただの日常をパーティーに変えてくれた。


「ピザにはコーラって言うし、コーラも買って帰るか」

「はい! あ、あと、ポテトチップスとかもどうですか!?」

「ありだな。他にもいろいろ、お菓子とか買って帰るか」

「はい!」


 小学校の頃は、家に友達を呼んで遊ぶことはよくあることだった。まあ、基本的に俺の家にくるのは樹ばかりだったが。

 でも中学に上がって、だんだん部活や塾でみんなが忙しくなると、家で遊ぶことは減っていった。

 なんだか懐かしい気持ちだ。


「御坂先輩」

「なんだ?」

「私、テスト頑張った甲斐がありました!」


 俺の目を見て笑う神楽坂があまりにも眩しくて、きらきらして見えて……目を逸らしてしまいたいような、ずっと見ていたいような気持ちになる。


「お菓子、朱莉ちゃんの分も買って帰りましょうね!」

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