第19話 いいですよね?

『今日から3日間、テスト頑張りましょうね!』


 朝起きてすぐにスマホを確認すると、神楽坂からメッセージが届いていた。とうとう、今日からテストが始まる。

 テスト期間中は毎日午前で学校は終わりだ。とはいえ次の日の準備があるから、ゆっくりなんてできない。


 神楽坂への返信を打っていると、部屋の扉が開いて朱莉が入ってきた。


「お兄ちゃん、おはよ!」

「おはよう。どうした、今日早いな」

「テスト頑張れ! ってお兄ちゃんを応援しにきた!」


 えへへ、と笑いながら朱莉が近づいてくる。本当に応援しにきたのか、早起きできたことを褒められにきたのかは怪しいところだ。


「テスト終わったら、ちゃんと遊んでね!」

「ああ。約束しただろ。明後日は早く帰るから、一緒にゲームしよう」

「うん!」


 俺は昼帰りだが、朱莉は普通に学校がある。そのため隣町のゲームセンターまで出かけるのは難しいが、家で遊ぶ分には問題ない。

 大学受験に向けて日頃から勉強が必要とはいえ、テスト最終日くらいは遊んでも許されるだろう。


「お兄ちゃんと遊べるの、楽しみにしてるね!」





「ようやく終わった……!」


 大きく伸びをして立ち上がる。ようやくテストが終わった。

 上手くいった科目も失敗した科目もあるが、まあ、返却されるまでは結果のことは考えなくていいだろう。


「お疲れ様」


 ぽん、と俺の肩に手を置いたのは樹だ。


「お互いにな」

「ああ」

「どうだ? 今回も学年一位の自信、あるか?」


 俺の質問に、樹は自信満々に頷いた。かなりむかつく表情をしているが、実際に成績がいいのだから何も言えない。


「今日、なんか予定あるか? ないなら、久しぶりに昼飯でもどうだ?」

「……そうだな、それくらいなら……」


 朱莉が帰るまで時間もあるし、と頷こうとした瞬間、御坂先輩! と神楽坂の大声が聞こえた。

 慌てて振り向いた時にはもう、神楽坂は教室へ足を踏み入れている。


「よかった、先輩まだ帰ってなくて……!」


 ちら、と一瞬だけ神楽坂が俺から目を逸らした。なにかあったのかと俺も視線を向けたが、神楽坂が何を見ていたのかは分からない。

 どうかしたか、と聞くよりも先に神楽坂は俺の目の前にやってきた。


「あ、あの、先輩、そのあの……!」


 走ってきたのか、神楽坂の息はやけに乱れている。それに緊張しているのか、いつもより表情が硬い。


「落ち着け。ちゃんと聞くから。な?」


 こくこくと頷く様子がひよこみたいだ。


「……御坂先輩、今日って暇ですか?」

「え?」

「私と一緒に帰ってくれませんか? ……できれば、その……寄り道付きで」


 差し出した神楽坂の手は小刻みに震えていた。俺を遊びに誘うくらいで、こんなに緊張する必要もないだろうに。

 もしかして、人前だから緊張してるのか?


 ……っていうかなんで、事前に連絡しなかったんだ? 突発的に遊びたくなったのか?


「あの、どうでしょう。なにか予定、ありましたか?」

「いや……樹」


 振り向いて、樹に頭を下げる。悪いとは思うが、神楽坂の誘いは断れない。

 樹もそれは分かっていたようで、軽く肩をすくめただけだった。



 ◆



 クラス中の視線を集めながら荷物をまとめていると、不意に夏菜と目が合った。

 今日から部活が再開するらしく、部活に備えて昼食をとっている最中だ。


「神楽坂、ちょっとだけ待っててくれ」

「……はい」


 夏菜の席へ行くと、夏菜はじっと俺を見つめた。相変わらず大きな弁当はもう、既に半分以上空になっている。

 夏菜の隣に座る瀬戸の弁当は、夏菜の半分くらいのサイズだ。


「どうかした?」

「いや、テストどうだったかと思って。今回、結構一緒に頑張ったしさ」


 今朝だって、最後の一日を乗り切ろう! とハイタッチをした。そんな夏菜に声もかけずに帰るのは、なんだか悪い気がしたのだ。


「赤点は回避できた……と思う」

「よかった。部活参加できなくなったら、大変だもんな」


 キャプテンが参加できない……というのは大問題だろうが、それ以上に夏菜が不憫だ。夏菜が真剣に剣道に取り組んでいるのはよく知っているから。


「部活、今日も頑張れよ」

「……ありがと」


 じゃあまた、と言いかけたところで、ねえ、と瀬戸に呼び止められた。


「御坂くん。土曜日、空いてる?」

「……え?」

「女子剣道部、学校で練習試合があるんだって。私はどうせ部活だし、ちょっとだけ抜けて夏菜の試合を見ようかと思ってるんだけど」


 にこっと瀬戸が笑った。


「よかったら、一緒に夏菜を応援しない?」


 そういえば、夏菜の試合を見たことはない。練習している姿は時折見かけるけれど。

 土曜日は特に予定もないし、応援に行くのは問題ない。むしろ行ってみたい。


 でもなんで、わざわざ瀬戸は俺を誘ったんだ?


「どうかな、御坂くん?」


 立ち上がると、瀬戸は俺のすぐ近くまできた。

 その瞬間、あのバニラの香水の匂いがした。


「そっ、それ、私も行きます」


 神楽坂がいきなり俺と瀬戸の間に入り込んできた。なんだか、瀬戸を威嚇しているように見える。

 見た目で言えば絶対に瀬戸が小動物のはずなのに、なぜか俺には神楽坂の方が小動物に思えてならない。


「いいですよね、瀬戸先輩も、御坂先輩も」


 神楽坂の声はいつもより低く、少しだけ冷たい気がした。それに気づいているのかいないのか、瀬戸はにこにこと笑顔で頷く。


「もちろん。夏菜だって、応援してくれる子は多い方がいいよね?」


 瀬戸が振り返って夏菜を見つめる。夏菜は俺とおそろいの困惑しきった表情をして、そのまま頷いた。

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