第16話 考え過ぎ?

「……あー、もう、ぜんっぜん分かんない!」


 握っていたシャーペンをテーブルに投げ捨て、夏菜は頭を抱えた。その後、コップに入っているなんだか分からないジュースを一気に飲み干す。

 確か、オレンジジュースとコーラ、それからジンジャーエールと烏龍茶を混ぜたものだ。


 テスト勉強をするために、俺と夏菜は学校近くのファミレスにやってきた。教室や図書室でもいいかと思ったのだが、やる気が出ないと夏菜が主張したからだ。


 ファミレスの方が集中できないんじゃないか?


 ドリンクバーで作り出した不味そうなジュースに、山盛りのポテトが乗った皿。どう見ても、テスト勉強をしにきたとは思えない。


「分からないとこがあるなら教えるけど」

「……もう、全部が分かんない」


 夏菜は涙目で俺を見つめた。夏菜がこんな表情をするのは勉強をしている時くらいだろう。


「やっぱり英語だよなぁ」


 夏菜が最も苦手とする科目が英語だ。数学や物理は得意だが、夏菜は壊滅的なまでに英語ができない。


「とりあえずテストに出るって決まってる教科書の例文は和訳も含めて全部覚えておいた方がいい」

「……それ、意味ある?」

「赤点を回避するという意味では」


 夏菜は盛大に溜息を吐き、やっぱりそうだよね、と呟いた。

 テスト範囲に指定されている教科書のページ数はそれなりに多くて、全部覚えるのは面倒だ。しかも、定期テスト対策にしかならない虚しい対策である。


「夏菜ならできるって。なんやかんや、一緒のクラスになれてるわけだしさ」


 二年のクラスは、一年の時に受けた全ての定期テスト・模試の結果から総合的に判断される。

 理系トップのクラスになれた夏菜は、去年もそこそこの成績はあったはずなのだ。


「去年は、物理90点、英語23点みたいな時もあったの」

「それは本当に……極端だよな、夏菜って」


 大変だとは思うが、少しだけ羨ましい。俺はどの教科もそこそこという感じで、これといった得意科目がないから。


「耀太」

「ん?」

「この英文、どういう意味か教えて」


 夏菜がシャーペンで教科書を指す。教科書を覗き込むために近づくと、嗅ぎ慣れないバニラの匂いがした。


 香水か? これって。


「耀太? どうかした?」

「あ、いや……」


 指摘するようなことでもないだろう。夏菜が香水に興味を持ったっておかしくない。甘ったるいバニラの香りというのが、夏菜の好みからずれている気はするけれど。


 というかそういえば、いつもより唇の色が赤いような……?


「人の顔じろじろ見て、なに?」

「……なんか、いつもと雰囲気違う気がして。その、勘違いだったら悪いんだけど」


 夏菜は出会った当時から、あまりメイクやお洒落……女子らしいものには関心がないのだと思っていた。

 朱莉が熱心にみらちぇんの話をした時も、ファッションにはそこまで興味がない、というようなことを言っていたのだ。


 まあ、高校生になれば趣味も変わるよな。


「今頃気づいたの? 朝からなのに」


 夏菜は不貞腐れたように言うと、不味そうなジュースをわずかに飲んだ。さっきからほとんど減っていないあたり、やっぱり不味いのだろう。


「テスト期間だから、メイクとかしてみたの」

「テスト期間だから?」

「朝練で落ちないでしょ」

「……なるほど」


 メイクが汗でどのくらい落ちるのかは分からないが、朝練があるならメイクをする気にならないのは想像できる。


「で、どうなの? 新鮮でいい感じだと思う? それとも、私らしくない?」

「別に、らしくないとか思わないけど」

「ふうん?」


 疑わしそうな眼差しを俺に向けながら、夏菜は器用にペン回しをしてみせた。


「耀太さあ、神楽坂ちゃんと付き合ってんの?」

「はあ?」


 いきなりの質問に思わず大きな声が出てしまった。

 俺のことをよく知らない相手から聞かれるならまだ分かるが、まさか夏菜からこんな質問をされるとは。


「付き合ってないって。からかってる?」

「……ああいう子がタイプなんだ?」


 俺の質問には答えず、夏菜は質問を重ねた。

 あんまりからかうなって、と返事をしようとしてやめた。俺を見る夏菜の目が、思っていたよりもずっと真剣そうだったから。


「こうやってゆっくり話すの、久しぶりだよね」


 夏菜の言う通りだ。昼休みを神楽坂と過ごすようになってから、夏菜と話す機会はかなり減った。


「もし耀太に彼女ができたら、こうやってファミレスで勉強もできなくなるのかな」


 頷くことも、否定することもできなかった。実際、その時になってみなければ分からないから。


「なんちゃって。ちょっと、そんな顔しないでよ。まさか、本当に彼女できそうなわけ?」


 夏菜は大声で笑うと、不味そうなジュースを一気飲みした。


「っていうか、サボり過ぎた。勉強が嫌で、つい全然関係ない話しちゃった。ほら耀太、ここ教えて」

「あ、ああ」


 本当に、勉強が嫌でつい……なのだろうか。

 バニラの匂いやメイクにも、テスト期間だから、という理由しかないのだろうか。


 考え過ぎだよな。

 夏菜なら、言いたいことがあればはっきり言うだろう。


「よーし。今から2時間は気合入れて勉強するぞ!」


 そう言って夏菜は、いつも通りの笑顔を浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る