第14話(樹視点)もしかしたら

「ねー、つっきー、アタシらどこ行く?」


 加賀が笑顔で俺の顔を覗き込んできた。近い。あまりにも距離が近すぎる。

 身長の問題でがっつり加賀の谷間が目に入って、とっさに視線を逸らした。


「あ! 今、つっきー見てたでしょ?」

「……い、いや、その……悪い」

「別に怒ってないって。見てたか見てないか聞いただけじゃん」

「……見てた」

「なにそれ! つっきーって面白いよね!」


 質問に答えただけなのだが、加賀は大声で笑い出してしまった。こんな時、どんな顔をすればいいのか分からない。

 俺はギャルゲーが好きだ。ギャルが好きだ。ゲームでは何人ものギャルと付き合ってきたし、結婚も何回かはした。

 だが、現実のギャルと二人きりでデートをしたことなんてない。


「そうだ。デートだし、手とか繋いじゃう?」


 いきなり加賀が俺の手を握った。柔らかい手のひらの感触は、ゲームじゃ絶対に味わえないものだ。


 どういうつもりなんだ? 俺をからかってるのか?


 加賀は浮気をしたという彼氏とは別れた。最近は昼休みに会うだけじゃなくメッセージアプリでのやりとりもしていて、俺と仲良くしようとしてくれていることも分かる。

 でも、目的が分からない。


「つっきー、行きたいとことかある? いつも買い物だったらどこ行くの?」

「本屋……とか」


 一番行くのはアニメショップなのだが、さすがにそれは口にしなかった。それに、このショッピングモールにはオタク向けの店はない。


「いいじゃん! 本屋行こうよ」

「……加賀は本なんて読まないんじゃないのか?」

「失礼! その通りだけどさあ」


 もう! と言って加賀は頬を膨らませた。わざとらしいその表情があざとすぎて眩暈がする。


 加賀、マジで可愛い。


「でも、だからこそ行きたいわけ。一人でも行くところなら、別に一人の時に行けばいいし。ほら、行こ!」


 俺の返事も聞かず、加賀は本屋に向かって走り出した。もちろん、俺の手を握ったまま。





「で、つっきーは普段なに見るの?」

「まあ、参考書とか問題集が多いな。普通の小説も読むが」


 主に読んでいるのはギャルが出てくるライトノベルだが、一般書も読んでいる。趣味が読書だと言っても問題がないくらいには。


「へえ。つっきーって頭よさそうだけど、やっぱり頭いいの?」

「自分で言うことではないが、成績は学年一位だ」

「自分で言ってんじゃん!」


 しまった。ちょっとでも加賀にいいところをアピールしようとして、普通に自慢をしてしまった。


「もっと自慢してよ、つっきーのいいところ」

「え?」

「その方が、いっぱいつっきーのこと知れるし!」


 親指を立てて加賀がにっこりと笑った。ピンク色の髪がふわりと揺れて甘い匂いがする。


「ね? 他になんかないの? 自慢!」


 他の人の邪魔にならないように、加賀は俺を本屋の外へ連れ出した。店前のベンチに座って、ねえ、と再び顔を覗き込んでくる。


 自慢してよ、なんて言われたのは生まれて初めてだな。


「……俺は昔から、結構頭がいい」

「だよね。学年一位だし、そもそもつっきーって一組だし」


 うちの学校では、二年からは文理ごとに成績順のクラスになる。

 俺と耀太は理系の成績トップのクラスだ。


「あとは……そうだな。わりと金持ちだ。家が病院でな」

「え、そうなの!?」

「ああ。父親が医者なんだ」

「へえ、すごいじゃん。他は?」

「……それくらいだな」


 昔から勉強に関しては厳しく育てられたおかげで成績はいい。それに、勉強だって嫌いじゃない。

 冷静に考えればまあ、条件としては悪くない男だろう。


 もしかして加賀も、俺のそういうところが気に入ったのか?


 初めて知ったようなリアクションをしているが、案外そうかもしれない。実際、中学の時に一度だけ告白された時、その子は裏で俺の家のことを言っていた。


「つっきーさあ」


 加賀は俺の目をじっと見つめた後、わざとらしく溜息を吐いた。


「そんなんじゃ、いい恋はできないよ?」

「……は?」

「お金目当ての子ばっかり集まっちゃうってこと。もっと違うこと言いなよ。たとえば……」


 喋りながら、加賀がどんどん顔を寄せてくる。

 唇が触れそうなほど近い距離にどぎまぎしていると、唐突に加賀が俺の眼鏡を外した。


「普通に格好いい顔してること、とか」


 悪戯が成功した子供のような声で加賀が笑った。何も言えずにいると、でもそれもだめか、と加賀が溜息を吐く。


「それじゃ今度は、顔目当ての子が寄ってくるだけだしね」

「……顔目当てで俺に近づく奴はいない」


 少し強引に眼鏡を奪い返し、再びかける。眼鏡がないと視界がぼやけて落ち着かないのだ。


「えー、絶対嘘だって。アタシ、つっきーの顔好きだし」

「本気で言ってるのか?」


 別に、不細工だと自分で思っているわけじゃない。けれど怖そうだとか、愛想が悪いと言われることが多いのは自覚済みだ。

 少なくとも、華やかでモテる顔立ちではない。そしてたぶん加賀が今まで付き合ってきたのは、そういう男たちだろう。


「マジだよ、マジ。つっきー、眼鏡なかったらもっとモテるんじゃない? 度、かなり強いでしょ」

「まあ、目は悪いからな」

「コンタクトにすればいいのに。いや、でもそれ、アタシは嫌かも」


 俺と目を合わせ、加賀は柔らかく笑った。


「アタシね、今まで浮気されたり、雑に扱われてばっかりだったから……今度はちゃんと、特別扱いしてくれる人がいいの」


 俺の反応を見ずに立ち上がり、加賀は再び本屋へ入った。振り向いて笑顔を浮かべ、俺を手招きする。


「つっきー、なんかおすすめ教えて!」


 今まで……か。

 浮気したという元カレの話は聞いたが、具体的に誰かまでは聞いていない。


 加賀って、何人元カレがいるんだ?


 胸の中に、黒い靄のようなものが広がっていく気がした。

 もしかしたら本当に、恋が始まろうとしているのかもしれない。

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