第12話 デート

「なあ、おい。俺の格好、変じゃないよな?」

「その質問、今ので5回目だけど」

「仕方ないだろう。気になるんだから」


 ああ、と樹が頭を抱えた。俺も緊張しているのだが、樹があまりにも緊張しているせいで落ち着いてきた気がする。

 今日はダブルデートの日だ。神楽坂が加賀に声をかけると、あっという間に予定が成立した。


 昼ご飯を食べて、その後はショッピングモールをぶらぶらする……という予定だ。映画を見る、というプランも考えたが、別行動のとりやすさを優先した。

 今日は休日だから、俺も樹も私服だ。無難な服を選んできたつもりだが、デートに適しているかは分からない。


「安心していいと思う。わざわざ今日のために買った服なんだろ?」

「……ああ。しかも、マネキンが着ているのをそのまま買った。もしダサいと言われても、俺のセンスじゃなく店員のセンスだ」


 着こなしの差じゃないか、とは言わない。それに実際、今日の服は樹によく似合っている。シンプルな薄紫のシャツに黒いパンツ。落ち着いた服装で、大人っぽい雰囲気の樹にはぴったりだ。


 待ち合わせ時間まであと10分。そろそろ神楽坂たちもやってくるだろう。





「お待たせしました!」


 どこか他の場所で待ち合わせていたようで、神楽坂と加賀は一緒にやってきた。当然ながら、二人とも私服姿である。

 白いブラウスに黒いスカートの神楽坂と、ミニ丈のシャツにスリットの入った赤いスカートの加賀。

 どちらも制服姿の時とは印象が違う。


「すいません、お待たせしてしまって」

「ううん。まだ時間あるし」


 ちら、と樹の様子を観察する。樹の視線は真っ直ぐに加賀に……わずかに見える加賀の腹部に注がれていた。

 おい、と小声で咎め、樹の背中を軽く叩く。気になる気持ちは分かるが、凝視するのはデリカシーに欠ける。


「あっ、御坂先輩」


 俺が樹と喋っていると、いきなり神楽坂に手を握られた。


「ダブルデートなんですから、先輩は私の隣を歩いてください」

「……この手は?」

「デートなんですから、手くらい繋ぎましょう」


 そう言うと、神楽坂は白い頬を赤く染めた。そして急いで俺の耳元に口を寄せ、小さな声で囁く。


「私たちがデートっぽい雰囲気を出さないと、希来里ちゃんたちもやりにくいじゃないですか……!」


 なるほど。確かにその通りだ。

 それにしても友達のためにこんなことまでやるなんて、神楽坂は優しいな。





「じゃあ、この後……どうします?」


 昼食後、そう言い出したのは神楽坂だ。もちろん、打ち合わせ通りである。


「私ちょっと見たいお店とかあって……御坂先輩さえよければ、一緒にどうかなって思ってるんですけど」

「俺でよければ付き合うよ」


 二人で目を合わせた後、ゆっくりと視線を樹たちに向ける。四人で行動しようと言われてしまったら、それを断る方法は思いつかない。

 しかし、それは杞憂だった。


「了解。じゃあアタシはつっきーと二人でちょっとぶらぶらしようかな。後でまた合流して、甘い物でも食べよ?」


 ね? と加賀が神楽坂を見つめる。ひょっとしたら神楽坂は、事前に加賀に根回しをしていたのかもしれない。


「……耀太」


 樹が困ったような顔で俺を見る。まさか加賀と二人きりになるとは想像もしていなかったのだろう。


「また後でな、樹」


 樹はなにか言いたそうな目で俺を見たが、結局何も言わなかった。





「……どうしましょう、御坂先輩」


 樹たちと別れると、神楽坂は困惑した表情で俺を見つめた。

 あくまでも樹と加賀を二人きりにするのが目的だったから、特にやることがないのだ。


「えっとその、一応みらちぇんのカードは持ってきてるんですけど」


 神楽坂が鞄から公式カードケースを取り出した。妹が持っているものと同じデザインだ。


「ゲームセンターでも行くか?」

「で、でもあの二人、ゲームセンターにきたりしませんかね?」

「……なくはない、かもしれないな」


 加賀は分からないが、樹は結構ゲームセンターで遊ぶのも好きだ。だとしても加賀を誘うとは思わないが、油断して遭遇してしまうのもまずい。


 というか神楽坂、加賀にもみらちぇん好きは隠してるんだな。かなり仲がよさそうなのに。


「じゃあ、普通にショッピングでもするか? 神楽坂、なんか気になる店とかある?」

「いや、特には……あっ」

「お。なにかあったか?」

「そういえばここ、星空ワークスってお店が入ってたなって……あの、お洋服のお店なんですけど」

「行ってみるか? 俺、服のことなんて分かんないけど」

「い、いいんですか!?」


 神楽坂は瞳を輝かせて俺を見つめた。よほどその店に行きたかったらしい。


「ああ」

「ありがとうございます。その、えっと……中に入らなくても、外から眺めるだけでいいので」

「普通に入ればいいのに。なにかあるのか?」

「……えっと……行けば、なんとなく分かると思います」


 神楽坂はそう言うと、俺の手を握ったまま歩き出した。

 もう樹たちはいないのに、それでも神楽坂は俺の手を握っている。


 これじゃ、普通にデートだな。


 彼女なんていたことないから、女の子とデートするのは初めてだ。

 それを意識した瞬間、俺の鼓動はいつもより速くなってしまった。

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