第11話 アタシと始めてみない!?

「あー! つっきー、おはよ!」


 ホームルームが始まる10分前、教室に加賀がやってきた。その後ろには神楽坂が立っていて、少し戸惑ったような表情で加賀を見つめている。

 そんな神楽坂とは裏腹に、加賀は堂々とした様子で教室に入ってきた。


「ねえ、つっきーってば!」


 樹の目の前にやってきた加賀が、樹の机をパン、と叩く。ゆっくりと顔を上げた樹はいつも通りに見えるけれど、俺には分かる。


 あいつ、めちゃくちゃ動揺してるな。


「……なんだ?」


 落ち着きなく眼鏡を触りながら樹は加賀を見つめる。


「アタシ、彼氏と別れてきた! で、つっきー、アタシ考えてみたんだけど」


 周りがざわついているのに加賀は一切気にした様子がない。神楽坂はおろおろとした表情で、俺と目が合うと安心したように微笑んだ。

 神楽坂に手招きされ、周囲の視線を感じつつ神楽坂の隣へ向かう。


「誠実な人って、つっきーのことなんじゃない!?」


 昨日樹は、加賀に対して誠実な人を見つけるべきだと言っていた。

 そして加賀は今、樹が誠実な人なのではないかと言っている。


 これってつまり、そういうことなのか?


「というわけでつっきー」


 加賀はにっこりと笑い、樹に向かって真っすぐに手を差し出した。


「アタシと友達から始めてみない!?」

「……始めるって、なにをだ?」


 ようやく口を開いた樹の声はかなり震えていた。それも仕方ない。樹は二次元のギャルは数えきれないほど攻略してきたものの、三次元のギャルにこんなことを言われるのは初めてなのだから。


「決まってんじゃん! 恋!」


 眩しい笑顔で加賀が言い放ったのと同時に、ホームルーム開始5分前を告げるチャイムが鳴った。慌てた神楽坂が加賀の手を引っ張る。


「き、希来里ちゃん、とりあえずいったん教室に……」

「あ、うん。ついてくれてありがとね! じゃ、つっきーも御坂先輩もまた後で!」


 大きく手を振りながら加賀が去っていく。その後ろを神楽坂は小走りでついて行っていた。


 ……神楽坂、振り回されてそうだな。


「樹、おーい、樹」


 動かなくなった樹の耳元で何度か名前を呼んでやる。

 ゆっくりと深呼吸を繰り返した後、樹は俺の肩をがしっと掴んだ。


「これは夢か?」

「現実だ」

「信じられない。殴っていいか?」

「逆だろ」

「いや、本当にどういうことなんだ? ギャルは普通にあんなこと言うのか? でも恋って言ったよな、恋って」


 頭を抱え、ああ……! と呻きながら樹はその場にしゃがみ込んだ。興味津々な視線を向けつつも誰も話しかけてこないのは、樹の挙動があまりにもおかしいからだろう。


「耀太」

「……なんだよ」

「加賀がどういうつもりなのか、神楽坂に聞いておいてくれ。頼む」


 必死な形相で頼まれて断れるほど、俺は親友に冷たくない。なにより、俺もいきなりの展開に驚いている。


「分かった。神楽坂には俺から聞いておいてやるから」





「で、神楽坂、どういうことなんだ?」


 1限が終わってすぐ、俺は神楽坂の教室にやってきた。昼休みまで待っていたら、樹がもたないと思ったからだ。

 幸いなことに今、加賀は教室内で友達と楽しそうに話している。


「えっとその……たぶん、さっき希来里ちゃんが言ったままの意味なんです」

「……樹のことが好き、ってことか?」

「いやその、好きとまではいかないかもしれないんですけど……」


 目を合わせ、俺たちは同時に息を吐いた。友達の恋愛というのは、予想外に精神を摩耗してしまうものらしい。


「あの、先輩。田代先輩って、どんな人ですか? もし希来里ちゃんと付き合ったら、希来里ちゃんのこと、幸せにしてくれそうな人ですか?」


 神楽坂の目は真剣だ。

 きっともう、加賀が恋愛で傷つくところを見たくないのだろう。


「ああ。その点に関しては安心していいと思う。ちょっと変な奴だけど、人を傷つけるようなことはしないよ」


 よかった、と神楽坂が頬を緩める。そして、あの、と俺の制服の裾を握った。

 手より掴みやすいだけかもしれないが、どうしても庇護欲を刺激されてしまう。


「私たちで二人のこと、応援できないですかね?」

「えっ?」

「なんかこう、その……タイプも違う二人ですし、応援があった方が、仲良くなれるんじゃないかって」

「……それは、そうかもしれないな」


 加賀はかなりコミュニケーション能力が高いから、俺たちがなにもしなくてもぐいぐい樹に話しかけられるだろう。

 でも樹はそうじゃない。それに二人はあまりにも性格が違う。二人を知っている俺たちがサポートした方が、スムーズに進展するだろう。


「ですよね。そこで一つ提案があるんですけど、ダブルデートしませんか?」

「ダブルデート?」

「はい。希来里ちゃんと田代先輩と、私と御坂先輩で」


 四人で出かけるのはいいアイディアだと俺も思う。

 けれどそれをダブルデートと称されると、なんだか俺までどぎまぎしてしまう。神楽坂は別に、そんなことは考えていないのだろうけれど。


「どうですか? 先輩」

「神楽坂がいいなら」

「じゃあ、しましょう、ダブルデート。どこに行くのがいいですかね? ダブルデート中、二人っきりにする時間もどうにか作りたいですよね?」


 笑顔で神楽坂は言っているが、ちゃんと分かっているのだろうか。

 樹たちを二人きりにするってことは、その間俺たちが二人きりになるのだということに。

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