第10話 恋愛マスター
「でさあ、本当にあり得なくない!? 向こうから告白してきたくせに、元カノと浮気って! ていうかデート中くらいインスタの通知切っとくでしょ、いや隠せばいいってわけじゃないけどさあ!」
ひたすら喋っているせいで、ギャル……もとい、加賀の食事は全く進んでいない。
その代わりに俺たち三人はほとんど食べ終わってしまった。
加賀の話をまとめるとこうだ。
加賀は夏休みに三年生の先輩に告白され付き合うことになった。しかし昨日、放課後デートをしている際に彼氏のスマホに届いた元カノからのDM通知に気づいてしまった。
怪しく思った加賀がスマホを奪って確認すると、元カノと毎日のようにやりとりを続けていて、身体の関係を匂わせるようなメッセージもあったという。
「ねえ、どう思う!?」
何も言わない俺たちにしびれを切らし、加賀がずいっと身を乗り出した。
「えーっと、神楽坂も言ってた通り、別れるしかないんじゃないか?」
俺としては、それくらいしか言えない。
価値観のずれや些細な喧嘩なら修復することもできるだろうが、原因は相手の浮気だ。浮気をするような相手と付き合い続けても、またこうして同じことが起こるだろう。
「……だよね。あーあ、アタシってなんで毎回、こんなに男運ないんだろ」
「毎回?」
つい気になって聞き返してしまう。すると加賀は、うん、と頷いて一気に話し始めた。
「初めて付き合った彼氏はただのロリコンだったし、次は浮気されたし、それが嫌で真面目そうな人を選んだら裏で頭悪いって友達と馬鹿にされてたし、その次も……」
えーっと、と言いながら加賀が指を折って数えていく。
いったい何人元カレがいるのだろうと思うと、自分との経験値の差に唖然としてしまう。
こんな恋愛上級者に対して俺ができるアドバイスなんてない。まあ、失敗を重ねているという意味では、恋愛上級者から最も遠い存在なのかもしれないが。
「希来里ちゃん……き、きっと次はいい人が見つかるよ。希来里ちゃん可愛いし、いい子だし。その、希来里ちゃんを一番大事にしてくれる人を探そう?」
加賀の背中を撫でながら、神楽坂が必死に加賀を慰め始めた。
同級生と喋る神楽坂を見るのは初めてで、敬語じゃない神楽坂が新鮮だ。
「希美ちゃん……」
二人が見つめ合い、そっと抱き締め合う。
これで一件落着……と思っていたのだが、温かい雰囲気を樹がぶち壊した。
「君が今まで恋愛で失敗してきたのは、当然君にも原因があるだろう」
今まで黙っていた樹の発言に驚いたのは俺だけじゃない。神楽坂も加賀も、目を丸くして樹を見つめている。
「いろいろ原因は考えられるが、最大の過失は、君が毎回どうしようもない男を選んでいることだな」
淡々とした声で樹は言い放った。
「おい、樹……!」
樹は黙っていればそれなりに整った顔をしている。それに加え、ピンと伸びた背筋や眼鏡、低い声のせいで初対面の相手には怖く見られがちだ。
浮気されて傷ついてる子相手に、正論ぶつけるのは違うだろ! いや、樹がこういう奴なのは分かってたけど……!
と、俺は焦ったのだが、加賀の反応は予想外のものだった。
怖がるでもなく、怒るでもなく、なるほど! と両手を叩いたのだ。
「確かに、アタシの選び方が悪かったのかも……!」
「そうだと言っているだろう。誠実に愛されたいのなら、そもそも誠実な人間を探すべきだ」
「うんうん、そうだよね」
「君が今まで何を基準にして男を選んできたのかは知らないが、価値観を変えない限り、これからもクズに遊ばれるだろうな」
かなり酷いことを言っているはずなのに、加賀は頷きながら真面目に話を聞いている。あろうことか、スマホにメモまでとり始めてしまった。
「えーっとアンタ……いや、先輩、名前なんて言うんですか?」
「田代樹だ。別に、先輩とつける必要もないし、今さら敬語にならなくてもいい。一つ年が上というだけで、別に俺が偉いわけじゃないからな」
「分かった! じゃあ樹だから、つっきーって呼ぶね」
距離の詰め方えぐいな、加賀。
「で、つっきー、誠実な人ってどんな人!?」
加賀がぐいっ、と身体を乗り出しだ。表情を変えないまま樹が少し後ろへ下がる。
「そうだな。責任感があったり、真面目だったり、同性から慕われていたり……」
樹が誠実そうな特徴をいくつも挙げていく。思いついたことをどんどん口にしていっているだけなのが丸分かりだが、加賀は相変わらず真剣な顔だ。
まあいいか、とゆっくり息を吐くと、神楽坂から腕をつつかれた。黙って神楽坂へ視線を向ける。
「希来里ちゃん、元気になってよかったです」
樹たちに聞こえないように、神楽坂は小さな声で言った。加賀を見つめる眼差しが柔らかい。
それだけで、神楽坂にとって加賀は大事な友達だということが分かる。
「それと、先輩のところへ行けなくてすいません」
「……いや、俺のことは気にしないでいいから」
むしろ、今日は神楽坂が迎えにこなくてよかったのかもしれない。おかげで俺は今日、見たことがない神楽坂を少し見ることができたのだから。
◆
「お前が恋愛のアドバイスをするなんて、隣で聞いてて笑いたくなったよ」
結局昼休みが終わるまでの間、樹はずっと加賀の相談に乗っていた。
実体験もないくせにそれっぽい話を樹がするせいで、加賀はすっかり樹の話を信じていたのだ。
「馬鹿を言え。俺は恋愛マスターだぞ」
「……二次元限定の、な」
樹は大のギャルゲー好きだ。小学校高学年の時に初めてギャルゲーをやって以来、かなり熱中している。
ゲームのし過ぎで勉強を忘れる……なんてことがないのはすごいところだが、恋愛に関して知識が偏っているのは確かだ。
「それに黙っていられるわけがないだろう」
急に立ち止まると、樹は俺の両肩をがしっと掴んだ。
「二次元三次元問わず、全てのギャルは幸せになるべきなんだからな」
そう。
こいつは大のギャルゲー好きで、そして、根っからのギャル好きなのだ。
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