第9話 いつもと違う昼休み
「……なあ、耀太。まだ飯食べないのか?」
昼休みが始まって約20分。しびれをきらした樹が、俺の席にやってきて尋ねた。
いつもならとっくに神楽坂がきてくれているはずなのに、今日はまだ神楽坂がきていない。
「今日は神楽坂、休みとか、他の奴と食べてるんだろ」
「だったら連絡があるはずなんだよ」
2学期が始まって約1ヶ月。神楽坂とはほぼ毎日昼食をともにしているが、神楽坂が委員会の集まりがあるからと一緒に昼食を食べられない日もあった。
でもその日は、きちんと前もって連絡をしてくれていた。
今日みたいに何の連絡もなく神楽坂がこなかった日は、今までに一日もなかったのだ。
「前の授業が長引いてるとか……」
「さすがに長引き過ぎだろう」
樹がはっきりと断言する。俺だって内心ではそう思っているから言い返すことはできない。
「そんなに気になるなら、御坂くんが神楽坂ちゃんの教室に行ったら?」
いきなり会話に入ってきたのは瀬戸だ。夏菜と話をしながら、器用に俺たちの会話にも聞き耳を立てていたらしい。
「……なんか、他学年の教室行くのって緊張しないか?」
「私はしないな」
瀬戸と違って俺は緊張する。それに相手は神楽坂だ。俺みたいな奴が教室に行ったら注目されるに決まっている。
俺が目立つのはいいけど、神楽坂に迷惑をかけるわけにはいかない。
「明日はくるかもしれないし、とりあえず今日はもうご飯食べれば?」
そう提案したのは夏菜だ。運動部らしく、夏菜の弁当は俺の二倍はある。
夏菜は夏休みの大会で三年生が引退して以降、女子剣道部のキャプテンを務めている。かなりの練習量で、食べなければやっていけないらしい。
「……それもそうか」
もし神楽坂が連絡を忘れただけだとすれば、教室まで押しかけても邪魔なだけだろう。
よし、と俺が弁当に手をつけようとした瞬間、がしっ、と樹が俺の肩を掴んだ。
「俺は今から教室へ行くのを勧めるぞ」
「え?」
「なぜなら、なんとなく俺が気になるからだ」
悪びれもせず言うと、樹は俺の腕を掴んで強引に立ち上がらせた。俺と同じ帰宅部のくせして妙に力が強い。
「俺も一緒に行く。それならいいだろう」
「……いや、それは別に……」
「いいから行くぞ」
樹は俺を引きずるようにして歩き始めた。優等生らしい見た目とは裏腹に、野次馬根性のたくましい男だ。
◆
神楽坂は一年一組だ。一組の教室は階段を下りてすぐ隣にある。
目立ってしまうかと思っていたが、昼休みは廊下に人が多いため、上級生が廊下を歩くくらいで目立つことはなかった。
とはいえ、どうやって神楽坂に話しかけるかという問題がある。
廊下近くの席に座ってる生徒に神楽坂を呼んでもらう? それとも大声で神楽坂を呼ぶ? あるいは、勝手に教室に入るとか?
とりあえず、まずは神楽坂が教室にいるかどうかを確認しなければ。
廊下の窓からそっと教室を覗き込む。すると次の瞬間、耳を塞ぎたくなるほど大きな声が教室から聞こえてきた。
「マジでさあ、本当にあり得なくない!? 意味分かんないんだけど! ねえ!? 希美もそう思うよね!?」
希美? 希美って……神楽坂のことか?
慌てて声がした方へ視線を向ける。するとそこには、ピンク色の髪をした女子生徒がいた。そして彼女の正面には神楽坂がおとなしく座っている。
……もしかして神楽坂の友達って、この子?
ピンク色の髪は綺麗に巻かれていて、制服のスカートはかなり短くしている。
どこからどう見ても、ギャルとしか言いようがない。
「本当浮気するなんて許せないんだけど。もう、本当に……!」
叫びながらギャルは机を叩き、しまいには机に突っ伏して泣き出してしまった。ギャルを気にして周りが静かになっているせいで、余計に彼女の声が響く。
「あ、えっと、その……うん、本当にあり得ないと思う。そんな人、別れるべきだよ」
困惑した様子の神楽坂がそう口にすると、ギャルはがばっと顔を上げた。そして神楽坂の肩を掴み、希美~! と叫ぶ。
「……樹」
「……予想外の状況だったな、これは」
おそらくこのギャルが神楽坂の友達で、ギャルは彼氏に浮気されて傷ついている。
そしてその話を聞いているから、神楽坂は俺の教室へこられなかったのだ。
「帰るか」
友達の悩みを聞いている最中に割り込むわけにはいかない。そう思って俺は立ち去ろうとしたのだが、そういうわけにはいかなかった。
「御坂先輩!?」
神楽坂本人が俺に気づいたからである。
振り向くと、神楽坂だけでなくギャルも俺たちを見ていた。
「あー! あれが御坂先輩って人!?」
相変わらず声が大きい。神楽坂が頷くと、ギャルは神楽坂の手を掴み、一緒に俺たちのところへやってきた。
神楽坂とは全然系統が違うけど……この子も美人だな。
「ちょうどよかった! 先輩たちもアタシの話聞いてくんない!?」
「……え?」
普通こういう話って、初対面の人間にはしないもんじゃないのか? いや、そんなことを気にするタイプなら、そもそも教室で騒いだりしないのかもしれない。
「ね! いいじゃん、決まり。今日は四人でご飯食べよ! ね、希美!」
「え? あ、えっと……あの、いいですか?」
神楽坂が困りきった瞳で俺を見つめてくる。この顔に弱い俺はもちろん断れない。
でも俺、恋愛相談なんて全然できないぞ……。
「もちろんだ。俺たちでよかったら、いくらでも話を聞こう」
堂々と答えたのは樹である。俺と同じで、彼女がいたことなんて一度もないくせに。
「なあ、耀太?」
「……あ、ああ。その、俺たちでよければ話は聞くよ」
「やった、ありがと!」
ギャルがにっこりと笑って、俺たちに手を差し出してきた。
「アタシ、
ついさきっきまで浮気されたことを嘆いていたとは思えないほど、明るく眩しい笑顔だった。
神楽坂と友達になるには、これくらいの強引さがないと悪かったのかもな。
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