第6話 忘れ物
「おい、耀太。神楽坂、きてるぞ」
「えっ?」
神楽坂は毎日、昼休みに俺の教室にくるようになった。
でも今はまだ2限が終わったところだ。神楽坂がくる時間じゃない。
「ほら」
しかし、神楽坂は廊下でこちらを見ている。昼休みと違って、教室に入っていいかどうかを悩んでいるのだろう。
樹が教えてくれなかったら、なかなか気づけなかったかもしれない。
「ありがとう」
樹に礼を言い、慌てて教室を出る。相変わらずクラスメートからの視線を感じるが、声をかけてくる奴らはもういない。
神楽坂が俺以外の男子にはかなり塩対応だということを学習したのだろう。
「どうしたんだ、神楽坂?」
「急にすいません。先輩にお願いがあって」
「お願い?」
「体操服を忘れちゃったので、貸してもらえませんか?」
「……え?」
「今日の4限、体育なんです」
お願いします、と両手を合わせて神楽坂が頭を下げた。
いや……体操服って、さすがにまずくないか?
体操服のデザインに男女で差はない。サイズは違うだろうが、パンツの腰部分にはゴムが入っているから問題なく着られるだろう。
「……友達は同じクラスだから頼めないし、先輩以外いないんです」
潤んだ瞳での上目遣いは破壊力抜群だ。
「……分かった」
幸いなことに俺は洗濯済みの体操服を持っている。しかしそれは、俺が今日体育で使うためだ。
俺の体育は6限。つまり俺は、神楽坂が着た後の体操服を着ることになる。
「ただ、俺も体育があるからその後に体操服を着ることになる。それでもいいか?」
「あっ、先輩、そういうの嫌ですか?」
「いや俺はいいんだけど……神楽坂がどうかなと」
「私は何の問題もないですよ?」
なんでそんなことを気にするんですか、とでも言いたげな神楽坂にはこれ以上何も言えない。
神楽坂がなぜ嫌がるかのかを俺が熱弁するのも変な話だろう。
「じゃあ持ってくるから、ちょっと待っててくれ」
「はい!」
体操服の入った袋を持ってきて神楽坂に渡す。ありがとうございます、と頭を下げて、神楽坂は慌ただしく去っていった。
◆
「御坂くん、神楽坂ちゃんに体操服貸したの?」
教室に戻ると
ていうか、瀬戸が聞いてくるのかよ……。
幼さが残る可愛らしい顔立ちに黒髪のボブヘア、守りたくなるような小柄な身体と大きな胸。
中学時代から、瀬戸はモテるという意味では無双していた。
「……神楽坂が、体操服忘れたって言ったから」
瀬戸と俺の席は隣同士だ。気まずい質問だからといって逃げることはできない。
そっか、と頷いて瀬戸が読みかけの文庫本を閉じる。
「そういう時は普通、御坂くんが他の女子に声をかけるものかと思ったんだけど」
「……あ」
「私も、言われたら貸すし」
確かに、冷静に考えればそうすればよかった。
瀬戸じゃなくても、夏菜に借りることだってできたはずだ。神楽坂だって本当は俺じゃなくて女子に借りたかっただろう。
「ミスった……!」
「本当に? 御坂くんが神楽坂ちゃんに貸したかったんじゃないの?」
立ち上がって、瀬戸が俺の顔をじっと見つめてくる。丸い瞳に見つめられるとなんとなく気まずくて、すぐに目を逸らしてしまった。
「御坂くんはああいう女の子が好きなんだって思ったんだけど、違う?」
瀬戸が真顔で俺に質問を重ねた。もっと笑っていたら、からかっているだけだろうと分かる。でもこんな顔をされたら、瀬戸がどういう気持ちなのかが分からない。
瀬戸って、なに考えてるか分かりにくいんだよな……!
無表情なわけじゃない。でもどこか飄々としていて、本音を掴みにくい。
そういうちょっぴりミステリアスなところもいい……というのを言っていた男は、中学の卒業式で呆気なく瀬戸に振られていた。
「やっぱり御坂くんって、年下好きなんだ」
「いや別にそういうわけじゃないから!」
「ふーん。だって、夏菜」
くるっ、と瀬戸が顔を後ろへ向けた。いつの間にか瀬戸の後ろには夏菜が立っていて、俺をじとっとした目で見つめている。
「神楽坂ちゃんが着た後の体操服着るの、楽しみにしてるんでしょ。後で体操服の匂い、嗅ぐつもりなんじゃないの?」
「俺がそんな変態に見えるか?」
「見えないことはないけど」
「誤解だ、100%」
本当に? なんて言いながら夏菜は俺の顔を覗き込んできた。瀬戸も引き続き、俺の顔をじっと見つめている。
「……モテる男は大変だな、耀太」
ぽん、と俺の肩に手を置いたのは樹だ。振り向くと、口元に手を当てて笑っている。
客観的にこの状況を見ればそうかもしれない。
学校一の美少女に体操服を貸し、学校一モテる女子と同性人気も高い中性的な美人に事情聴取されているのだから。
「お前、勘違いされるような言い方するなよ」
夏菜には友達だと何度も言われているし、瀬戸は俺が夏菜の友達だから話しかけてくるだけだ。
神楽坂には懐かれているかもしれないが、それは俺がたまたま神楽坂のみらちぇん好きを知ったからである。
断じて、俺がモテているからじゃない。そんな勘違いをするほど俺は間抜けな男ではないのだ。
「ところで、だ」
急に小声になると、樹は俺の耳元に口を寄せた。
「神楽坂が着た体操服を着た感想、後で俺にも聞かせてくれ」
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