第5話 水野夏菜
「で、耀太。なんで神楽坂ちゃんと仲良くなったの?」
「……たまたま」
「たまたまってなによ?」
ぐい、と夏菜が距離を詰めてくる。俺と夏菜はほとんど身長が変わらないから、こうするとかなり顔が近づいてしまう。
とっさに一歩後ろへ下がるが、その分夏菜は距離を詰めてきた。
「……だから、たまたま夏休みに会って仲良くなったんだって。そもそも、なんでそんなに気にするんだよ」
「はあ? 決まってるじゃない」
びしっ、と夏菜が俺を指差した。スタイルがよくて姿勢もいいものだから、わざとらしいそんな仕草が妙に似合っている。
「友達のことなんて、気になるに決まってるでしょ!」
こんな風に、友達、とはっきり言われることはなかなかない。
友達だから気になる……なんて言われて、雑に扱えるわけがないのだ。
夏菜って本当、昔からこうだよな。
真っ直ぐというか、思ったことをそのまま口に出すタイプというか。
夏菜のそういうところに救われた経験を持つ俺としては、眩しくて仕方ない。
「えーっと……簡単に言うと」
「別に簡単に言わなくてもいいけど?」
「……とにかく、偶然夏休みに会って、その時朱莉が神楽坂を気に入ったんだよ」
「朱莉ちゃんが?」
「そう。朱莉が好きなアニメのキャラに似てる、って理由で」
「あー! もしかして、麗香様?」
なるほどね! と夏菜は両手を叩いた。
夏菜が麗香のことを知っているのは朱莉の影響だ。夏菜に会った時も、朱莉は熱心に麗香のプレゼンをしていたから。
「そう。ほら、朱莉って誰にでもぐいぐい話しかけるだろ。それで朱莉と神楽坂が仲良くなって、流れで俺も神楽坂と話したってわけ」
「ふーん。要するに、可愛い妹を使って神楽坂ちゃんに近づいたってことね?」
「言い方が悪すぎるだろ、それは」
連絡先の交換を最初に提案したのは俺じゃなくて神楽坂だ。
「でもなんで、わざわざ昼ご飯も一緒に食べるのよ?」
「……あいつ、一緒に食べる奴いないんだって」
「えっ!?」
夏菜は派手に驚くと、両手で口元を覆った。さすがに大袈裟なリアクションじゃないだろうか。
まあ夏菜からすれば、昼飯を一緒に食べる相手がいないなんて信じられないんだろうな。
俺と夏菜は中学からの付き合いだが、夏菜が一人でいるところはほとんど見たことがない。
ショートヘアが似合う中性的な顔立ち、抜群の運動神経、運動部でキャプテンを務めたほどの社交性。
これらを持ち合わせている夏菜は、めちゃくちゃ友達が多いのだ。
「耀太」
「なんだよ」
「神楽坂ちゃんと一緒にご飯、食べてあげて」
「だから、そうするんだってば」
なにはともあれ、ようやく夏菜も納得してくれたらしい。
◆
「先輩!」
昼休みになってすぐ、神楽坂が弁当を持って教室に入ってきた。真っ直ぐに俺の席まで歩いてきてにっこりと笑う。
「お昼ご飯、一緒に食べましょう」
「ああ。ちょっと待ってくれ。俺も用意するから」
慌てて鞄から弁当を取り出す。忙しいにも関わらず、母親が出勤前に作ってくれた弁当だ。
「ね、ねえ神楽坂ちゃん。俺たちも一緒に弁当、食べていい?」
いきなり、俺の前に座っているクラスメートが神楽坂に声をかけた。そいつの度胸に感心したのか、おお……と周囲の連中が息をもらす。
「無理です。私、御坂先輩と二人で食べるので」
熱のこもらない冷ややかな声に、逃げ出したくなるような鋭い眼差し。
そうだ。これが元々、俺の知っていた神楽坂希美だ。
「先輩、どこで食べます?」
俺に視線を向けた瞬間、神楽坂の頬が緩む。あまりの豹変ぶりに周りがざわつくのも無理はない。
「えーっと……」
「教室で食べますか?」
「いや、教室はやめよう。行くか、神楽坂」
大勢に監視されながら食事を楽しむ趣味はない。俺は神楽坂と一緒に教室を出て、人気がいなさそうな場所を探した。
◆
「ここでいいか?」
「はい。でも、勝手に冷房つけちゃっていいんですか?」
俺たちがやってきたのは、四階の端にある空き教室だ。移動教室でたまに使うものの、室内が若干埃っぽくてあまり人気がない。
「いいんじゃないか? まあ、怒られたら俺のせいにしていいから」
「だめです。その時はちゃんと一緒に怒られますよ」
ふふ、と神楽坂が笑う。先程のクールな表情を思い出すと、よけいに笑顔が可愛く見える。
なんていうか、人見知りな猫が俺にだけ懐いた……みたいな?
いただきます、と手を合わせてから弁当を食べ始める。神楽坂の弁当は俺の弁当の半分くらいの大きさで、でも、中には色とりどりのおかずがぎっしりと詰まっていた。
「なあ、神楽坂」
「なんです?」
「今、一緒にご飯食べる友達がいないって言ってたよな。もしかして喧嘩でもしたのか?」
今、とわざわざ言っていたところがなんとなく引っかかった。
もちろん高校に入学してからは、とも解釈できるが、そうじゃない気がして。
「いえ。喧嘩したわけじゃないですよ。ただ……」
「ただ?」
「彼氏ができたから、彼氏とお昼ご飯を食べるようになったんです」
「なるほど……」
「あ! 勘違いしないでくださいね。彼氏できたから一緒に食べられないって最初から言われたわけじゃなくて、私がいいよって言ったんです」
慌てて友達を庇う神楽坂を見て安心した。
経緯はどうだっていいけれど、庇いたいと思うような友達がいてなによりだ。
「それでもその子は私を心配してくれたんですけど、一緒に食べる人がいるから大丈夫って言ったんです」
「で、それが俺のこと……っていうわけだよな?」
「はい。夏休み明けにいきなり彼氏ができたって言われて、その……とっさに頼れるのが、先輩しかいなくて」
いきなり過ぎましたよね、と目を逸らしながら神楽坂は苦笑した。
距離を詰めてくるわりに、俺の様子を窺っているのだと思うと放っておけなくなる。
「俺でいいなら、昼飯くらい一緒に食うから」
「本当ですか?」
「ああ」
「よかった。先輩がいて、本当に助かりました」
ありがとうございます、と神楽坂が軽く頭を下げる。揺れた黒髪からはほんのりとバニラの香りがした。
これからは毎日、神楽坂と一緒に飯を食うのか。
「先輩。これから、よろしくお願いしますね」
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