第3話 二人だけの秘密

「お兄ちゃん、またお姉ちゃんに会いたいんだけど!」


 神楽坂と別れてからずっと朱莉はこの調子だ。楽しかったのはいいことだが、俺に言われても困る。


「お兄ちゃん、同じ学校なんでしょ? なんとかできないの?」

「そう言われてもなぁ」


 妹の頼みならできる限り叶えてやりたい。だがしかし、神楽坂は学校1の美少女で、圧倒的高嶺の花だ。

 今日みたいな奇跡がなければおそらく、卒業まで一言たりとも話すことはなかっただろう。


「俺が頼むよりたぶん、朱莉がメッセージで話した方がまた会える可能性は高いぞ」

「……分かった。頑張ってみる。それにしてもお姉ちゃん、本当に美人だったよね。リアル麗香様だったもん」


 はぁ、と朱莉がうっとりと息を吐く。推しに似た美少女が持つ破壊力は妹にとってすさまじかったらしい。


「あんな美人がもしお兄ちゃんの彼女になったらなぁ」

「朱莉、さすがにそれはあり得ないからな」

「分かってるって」


 その返事も失礼な気がするが、まあ仕方ない。事実だ。

 連絡先を交換することはできたが、きっとやりとりをすることもないだろう。





「……は!?」


 風呂上がりに何気なくスマホでネットニュースを見ていたら、いきなり神楽坂から電話がかかってきた。

 突然のことに混乱しつつも、とりあえず電話に出る。


『あ、あの……突然すいません。神楽坂です』

「あ、ああ……その、間違い電話とかじゃないよな?」

『はい。御坂先輩で間違えてないです』


 電話越しに神楽坂の声を聞くのは変な気分だ。耳元で囁かれているような感じがして落ち着かない。


 それにしても神楽坂が、いったい俺に何の用なんだ?


『いきなりすいません。でもその、先輩にお願いしたいことがあって』

「俺に?」

『はい。今日のことなんですけど……私がみらちぇん好きなの、誰にも言わないでほしいんです!』

「……なんだ、それか」

『え?』

「元々、誰かに言うつもりはなかったぞ」


 どうやら俺の予想は当たっていて、神楽坂も周囲にバレるのが嫌で遠くのゲーセンに通っていたらしい。

 わざわざ俺に口止めの電話をしてくるあたり、本気で隠したいんだろう。


「俺だって、あんまり周りに言われたくないしな」

『……そう、だったんですか』

「でも、改めて言ってくれて助かった。ありがとう、神楽坂」


 電話越しでも、神楽坂が安心しているのが分かった。

 神楽坂みたいな可愛い子がみらちぇんで遊んでいるのは別にいいと思うのだが、やはり本人は気になるらしい。


『私も今日先輩に会ったこと、誰にも言いません』

「ああ、頼む」

『今日のことは、私たち二人だけの秘密ですね?』

「……そういう言い方、あんまりよくないと思うけどな」

『どうしてです? 事実じゃないですか』


 ふふ、と声を上げて神楽坂が笑う。楽しそうでなによりだ。


「朱莉、神楽坂とまた話したいって言ってたぞ」

『本当ですか? 私もです。実はもう、結構メッセージではやりとりしてるんですよ』


 それはよかった。朱莉も今頃喜んでいるだろう。

 朱莉にとって今日は、夏休みのいい思い出になったに違いない。


『あの、先輩』

「なんだ?」

『先輩はどうですか? 私とまた話したいとか……思ったりしますか?』

「え?」

『私、学校ではみらちぇん好きなこととか……その、ちょっとアニメが好きなこととか、そういうの全部隠してて、だから素で話せる友達っていないっていうか……』


 ああ、そういうことか。

 無表情なのもクールだとか言われてるのも、好きなものを隠して誤魔化しているからだ。

 俺には分からないけれど、神楽坂ほどの美人なら、俺とは比べ物にならないほど周りの視線を感じるだろうから。


「俺でよければいつでも話し相手になるぞ。まあ、話を聞くくらいしかできないけど」

『……それで十分です』

「まあ、アイスとかジュースくらいなら、たまに奢れる」

『そういうの、いいですってば』


 はは、と神楽坂が楽しそうに笑った。昼間の笑顔を思い出して安心する。

 学校で見かける神楽坂も当然綺麗だったけれど、俺は自然に振る舞っていた今日の神楽坂の方が好きだ。


『夏休みが終わるの、ちょっと嫌じゃなくなってきたかもです』

「それはよかった」

『先輩はどうですか?』

「……そうだな、少しは」


 昨日までの俺は夏休みが終わるのが嫌で嫌でしょうがなかった。でも今は、悪くないか、くらいには思える。

 廊下ですれ違った時神楽坂に手を振って、たまには二人で話したりもできるかもしれない。

 それを想像すると、俺の学校生活も悪くないような気がしてくるのだ。


『そうだ。先輩って、みらちぇんのアニメ見てるんですか?』

「まあ、朱莉と一緒にな」

『朱莉ちゃんは麗香様が好きって言ってましたけど……先輩は推しとかいます?』


 推しか。正直、あまり考えたことはない。そもそも俺は朱莉と違って、みらちぇんのオタクというわけではないのだ。

 でもアニメは全部見ているし、キャラクターも把握している。


「そうだな……」


 みらちぇんにはいろんなタイプのキャラクターがいる。元気いっぱいの主人公とか、ちょっとツンデレな相棒とか、セクシーなお姉さんとか、中性的なお姉さまとか。


「……俺も、麗香様かもな」


 朱莉が麗香推しなせいで、俺は頻繁に麗香についてプレゼンを受けている。それにいいキャラクターなのも本当だ。


「見た目だけじゃなくて、ほら、どんどん素直になっていく過程が応援したくなるっていうか」

『わ、分かります! 自分の好きに正直になって、変わりたい、変わるんだって頑張る姿にいつも勇気をもらえるんです!』


 それに……と神楽坂が早口でまくし立てる。

 黙って聞いていると、神楽坂は5分くらい喋り続けた。


『あっ、すいません。つい夢中になっちゃって』

「いや、いいって」

『ありがとうございます。でもその、そろそろ切りますね。もう夜ですし』

「ああ」

『先輩、おやすみなさい』

「おやすみ」


 なんとなく俺からは電話を切れなくて、神楽坂が電話を切ってくれるのを待った。

 電話が切れるとすぐに、『電話に出てくれてありがとうございました!』と神楽坂からメッセージが届いた。

 ありがとう、という麗香のスタンプと一緒に。


 ベッドに寝転がって目を閉じる。先輩、と笑う神楽坂の顔が頭に浮かんで、なんだか無性に恥ずかしくなった。

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