第25話「抱擁」
僕は兄様に言われた通り、目を閉じ、両手で耳を塞ぎ、ゆっくりと数を数えた。
「一、二、三、四……」
ヴォルフリック兄様、どうかご無事でいて下さ。
「十一、十二、十三……」
ゲームのヴォルフリックは、闇魔法とバスタードソードの使い手だった。
魔王城で彼に全滅させられたプレイヤーは数しれず。
「二十五、二十六、二十七……」
今の兄様は僕が光の魔力を譲渡したことにより、銀色の髪と紫の髪に戻ったから、もう闇魔法を使えない。
だけど、兄様が剣の名手であることに違いはない。
きっと盗賊なんて、あっという間にやっつけてくれるはずだ。
それでもやっぱり……不安はある。
「五十一、五十二、五十三……」
今の兄様は闇魔法を失った代わりに、水魔法が使える。
もしかしたら風魔法も使えるかもしれない。
攻略本にヴォルフリックは闇属性になる前は、水魔法と風魔法が使えたと書かれていた気がする。
「七十六、七十七、七十八……」
大丈夫だと思うけれど……不安でたまらない。
兄様、どうかご無事でいてください!
「九十八、九十九、百……!」
百まで数え終えた僕は、そっと目を開けた。
耳を覆っていた手を離し、車外の様子に耳をそばだてる。
だが馬車の外からは何も聞こえない。
剣と剣がぶつかり合う音も、盗賊の怒号、呪文を詠唱する音も何も聞こえない。
どうやら戦いは終わったようだ。
兄様はご無事でしょうか?
「ヴォルフリック兄様……?
ハンク……?」
二人共どうか無事でいて……!
その時馬車の扉が外から開いた。
僕はロングソードを握りしめ、ドアを開けた人物を見据える。
ドアを開けたのは御者のハンクだった。
ハンクの人の良さそうな顔が見えて、僕はホッと息を吐いた。
「ハンク無事でよかった!
ヴォルフリック兄様はどこ?」
ハンクはしわの多い顔を、さらにくしゃくしゃにしてにこりと笑う。
「ご安心ください、エアネスト様!
ヴォルフリック様はご無事ですよ!
いや〜〜、ヴォルフリック様はお強いのなんの!
あっという間に山賊を蹴散らしてしまいました!!」
ハンクが興奮した様子で話す。
僕はハンクの話を聞き、馬車から飛び出した。
ハンクから兄様は無事だと聞かされても、自分の目で確認するまでは安心出来なかったからだ。
馬車から降りると山賊達が倒れているのが見えた。
木々がなぎ倒され、山賊たちが草の上に転がっている。
状況から想像するに、彼らは風魔法で一掃されたようだ。
兄様はやはり水魔法の他に風魔法も使えたようだ。
街道に一人だけ立っている人物が見えた。
銀色の長髪を靡かせたその人は、剣を鞘に収めたところだった。
「ヴォルフリック兄様!」
僕はそう叫び、彼の元に走った。
「兄様!
無事で良かった!」
僕は兄様の胸に飛び込んだ。
「エアネスト……!?
私が戻るまで馬車から降りるなと言っただろ?」
「ごめんなさい!
でも兄様が心配だったのです!」
しゅんとうなだれる僕の頭を兄様が優しく撫でてくれた。
「案ずることはない。
これぐらいの人数なら私ひとりで対処できる」
兄様がそう言って微笑む。
彼の穏やかな表情を見て、兄様が無事であることをようやく実感した。
ハンクから聞かされても、実際に彼の姿を目にするまでは不安が拭えなかったのだ。
「ヴォルフリック兄様、お怪我はありませんでしたか?」
「心配いらない」
「良かった……!
兄様が無事で本当によかった……!」
僕の頬を涙が伝う。
「すまない。
そなたを不安にさせてしまった」
彼の指が僕の涙を優しく拭う。
兄様の生存が確認できたのが嬉しくて、僕は彼にしばらく抱き着いていた。
彼は僕が落ち着くまで、僕の頭を優しく撫でてくれた。
僕と兄様が抱き合ってる間に、ハンクが山賊たちに縄をかけていた。
ハンクはとても機転が利くようだ。
「山賊の手をしっかりと縛り、彼らを馬車につなぎ、馬車の後ろを歩かせましょう。
次の街に着いたら、彼らを自警団に引き渡します」
山賊をここに放置すると、山賊の仲間が助けに来る可能性が高い。
馬車に繋いで街まで連行した方が良さそうだ。
「しばらくは徐行運転することになります」
「やむを得んな」
「王都から離れ、道も悪くなって参りました。
これからどんどん道が悪くなり、山賊が襲ってくる確率も増えます。
ヴォルフリック殿下も、エアネスト閣下もどうか油断なされませんように」
ハンクの言葉に胸がドキリとした。
ここはもう安全な王都ではない……そんな事はわかっていたはずなのに。
心のどこかに油断があったことを、認識させられた。
これから向かうシュタイン侯爵領は、エーデルシュタイン国で一番貧しい土地だ。
馬車に護衛もつけずに走らせていたら、襲われても文句は言えない。
鴨がねぎを背負って歩いているようなものだ。
これからはますます気を引き締めなくてはいけない。
「案ずるな。
この先何がでてもエアネストに指一本触れさせない」
兄様が優しく微笑み、僕の肩に手を置いた。
「及ばずながらわしも力になります」
「はい。二人共頼りにしています」
僕には兄様もハンクもいてくれる。
彼らを信じ、旅を続けよう。
兄様が
魔法の補助を受けたハンクが馬車を軽々と持ち上げ、車輪を穴から出した。
兄様が水魔法をかけて山賊を叩き起こした。
彼らには次の街まで歩いてもらわないといけない。
兄様は山賊を見張る為に馬車の外を歩くそうだ。
少しの間でも彼と離れるのは寂しい。
でも泣き言は言ってられない。
僕はこれから向かうシュタイン侯爵領の当主なのだから、もっとしっかりしなくては!
「さあ、気を取り直して出立いたしましょう」
ハンクの掛け声と共に、馬車は再び動き出した。
幸い、馬車を二時間ほど走らせたところに次の街があった。
その間、山賊が仲間を取り返す為に襲って来ることもなかった。
僕たちは無事、自警団に山賊を引き渡すことに成功した。
思わぬところで寄り道をくってしまった。
でも悪者を捕らえることが出来て良かった。
◇◇◇◇◇◇
少しでも面白いと思ったら、★の部分でクリック評価してもらえると嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます