第26話「フェルスの町」
「ヴォルフリック様、エアネスト様、見えましたよ!
あれがシュタイン侯爵領の中心、シュタイン邸のあるフェルスの町です!」
御者席のハンクが叫ぶ。
馬車の窓から外を見ると、遠くに山が見えた。
山々の峰には夏だというのに雪が残っていた。
その手前に石造りの家々が並ぶ小さな町が見える。
高台にある大きな建物が、きっとシュタイン邸だろう。
◇◇◇◇◇
シュタイン侯爵領の中心にあるフェルスの町に着いたのは、王都を出て三日目の昼過ぎのこと。
溝にはまった馬車を、
襲ってきた山賊を兄様が撃退したり。
宿屋で、兄様が部屋中に清潔に保つ魔法をかけまくったり。
馬車の中で兄様とキスしたり……色々なことがあった。
その旅も今日で終わるのかと思うと、名残惜しさがこみ上げてくる。
馬車がゆっくりとフェルスの町の中を進んでいく。
僕は馬車の窓から町の様子を眺めた。
古い建物が多い。
多くの建物のレンガにヒビが入ってる。
雨風にさらされてできたと思われる穴を、木の板で塞いでいる建物もあった。
道に敷き詰められたレンガを直す予算がないのか、街に入ってから馬車がゴトゴトと揺れている。
シュタイン侯爵領については地理の授業で学んだ。
王都を立つ前に、シュタイン侯爵領について書かれた本を読んだ。
僕はシュタイン侯爵領について、それなりに知った気になっていた。
けれど馬車の窓から見える町は、本の挿絵よりはるかに貧しかった。
王都の民は、街の景観や、建物のデザイン性や、流行の服に絶えず気を配っていた。
だけどフェルスの町の人たちは、今日住む家と食べるものがあれば良い。
着る服があるだけまし……という感じに見受けられる。
建物や洋服のデザインや、料理の質にこだわるほど、この町の人たちには余裕がないのだ。
シュタイン侯爵領は冬の期間が長い。
夏でも涼しく、九月になると肌寒い。
十一月には黒く厚い雲に覆われそれは三月まで続く。
乾燥した地域なので、寒くても雪はそれほど降らない。
三月には冬が終わるが、本格的に暖かくなるのは五月を過ぎてからだ。
畑で農作物を作れる期間は五月から十一月までの間。
石灰岩を含む痩せた土地が多いので、作物の収入はあまりあてにできない。
特産品もなく、観光客を呼べる名所や遺跡もない。
加えて今年は作物の育つ時期に日照りが続いた。
なので秋の収穫は思わしくないだろう。
シュタイン侯爵領の気候と風土を生かし、特産品を作りたい。
だけど……今のところ全くアイデアが思い浮かばない。
それでも僕は諦めない!
僕は国王よりシュタイン侯爵領の領主を任された。
これからシュタイン侯爵領の事をよく知り、民の生活に寄り添い、民の生活を向上させるために力を尽くそう!
僕がそう意気込んだとき……兄様の手が僕の手に触れた。
彼は僕の手をそっと包み込んだ。
「ヴォルフリック兄様?」
彼が僕の拳を優しく開く。
僕はいつの間にか拳を強く握り締めていたようだ。
「エアネスト、あまり力むな。
何事も少しずつだ。
少しずつしか前には進まない」
兄様は僕の考えていることが全てわかっているみたい。
「そなたの傍には私がいる。
だから気負いすぎるな」
「はい、兄様」
僕は彼の手をそっと握った。
ゆっくりとシュタイン侯爵領の事を知っていこう。
民の暮らしが豊かになるように、少しずつ努力していこう。
だけどこのあと、そんな悠長な事を言っていられない出来事が起こる。
そのことを僕も兄様もまだ知らない。
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