第23話「最初の街、宿屋」*
*キスの描写有り
日が西の山に陰った頃、僕達を乗せた馬車が大きな街に着いた。
街道沿いには大きな街か宿駅しかない。
小さな町や村の住人は、町の周りをよそ者がうろつくのを嫌がるので、街道から離れた所に集落を作られる。
その代わり、近隣の町の住民が街道沿いで宿駅を運営し、旅人をもてなしている。
「ヴォルフリック殿下、エアネスト閣下。
今日はこの町で休み、明日の朝早く出立いたしましょう」
馬車が止まり御者席にいるハンクが、客席に向かって大声で声をかけてきた。
あの音量で話さないと客席に声は届かないらしい。
馬車の振動音とかもあったし、キャビンでの僕と兄様の会話はハンクには聞こえてなかったはず。
兄様との会話をハンクに聞かれていたら恥ずかしすぎるから、彼に客席での会話が聞こえてなかったことを願う。
「ヴォルフリック殿下、エアネスト閣下?」
客席から返事がないので、ハンクがもう一度尋ねてきた。
僕は返事を出来ずにいた。
ハンクの問いに返事ができないのには理由がある。
兄様に座席シートの上に押し倒されて、彼と口づけを交わしていたからだ。
世間的には僕と兄様は腹違いの兄弟ということになっている。
その兄弟で口づけしてるなんて、おかしいと思われてしまう。
兄様が僕の魔力を奪った罪悪感から僕にキスしてるなんて、他の人には言えないし……。
だから兄様、僕から唇を離して……!
このままだとハンクの問いに答えられないよ!
僕は兄様の肩をバンバンと叩いたが、兄様が解放してくれる気配はない。
兄様の唇が僕の唇から離れたのは、ハンクに声をかけられてから、だいぶたってからだった。
「わかった」
兄様がハンクに返事をする。
ハンクはこの間をどう捉えただろう? おかしな勘ぐりをしてないといいけど……。
ハンクは兄様の返事を聞いて馬車を動かした。
僕達を乗せた馬車が宿屋の敷地の中に入って行く。
僕はその間に乱れた髪と衣服を整えた。こんな格好のままじゃ馬車を降りられないよ!
「ヴォルフリック殿下、エアネスト閣下、お疲れ様でした」
ハンクが客席のドアを開ける前に、僕は髪と衣服を整え終えることができた。
だけど……それでも僕は馬車を降りることができなかった。
兄様とのキスで腰が抜けてしまい、立てなかったのだ。
キスは兄様にとってはただの罪滅ぼし、人工呼吸のようなものなのに……!
そのキスで腰を抜かすなんて恥ずかしすぎる!
「エアネスト閣下、どうかされました?」
ハンクが不思議そうな顔で尋ねてくる。
僕は俯くことしか出来なかった。
自分の顔が熱い……!
きっと、今の僕は凄く赤い顔をしてるに違いない。
こんな顔で外に出れないよ。
「エアネストに構うな。
彼は私が部屋まで運ぶ。
お前は先に宿に入り部屋を二つ取れ。
ツインルーム一つと、シングルルーム一つだ」
「かしこまりました」
ハンクが馬車を離れていく。
ツインルームとは個人用のシングルベッドが二つ置かれてる部屋のことだ。
シングルルームとは、個人用のシングルベッドが一つ置かれてる部屋だ。
ツインルームは兄様と僕、シングルルートにはハンクが泊まるんだろう。
「エアネスト、フードを被れ」
兄様が僕のフードを引っ張り、頭にかけた。
旅にはフード付きのマントが必要だろうと、旅立つ前にアデリーノが着せてくれたものだ。
僕のはフード付きマントは白、兄様のは藍色だ。
「顔まで隠れるよう、もう少しフードを目深に被った方がよいな」
兄様が僕のフードを眉の前まで引っ張った。
「ヴォルフリック兄様が僕にフードを被せるのは、僕の髪と瞳の色がみっともないからですか?」
謁見の間で王妃に、濃い茶色い髪と灰色の瞳を馬鹿にされたことを思い出してしまった。
最初に自分の顔を鏡で見た時は、地味なくらいがちょうどいいと思った。
知らなかったんだ。
魔力なしがこの世界でこんなにも蔑まれているなんて……。
やっぱり街の人も、僕の髪と瞳の色を見て見苦しいと思うのかな?
そんな僕と一緒にいたら、兄様もそのうち……恥ずかしいと思うようになるのかな……?
「そうではない。
私はエアネストの髪の色も瞳の色も好きだ。
そなたがどんな髪と瞳の色をしていても、私がそのたへの愛情を失うことはない」
「では、なぜ僕にフードを被れと……」
「そなたが可愛すぎるからだ」
「えっ……?」
「そなたの目鼻立ちが整いすぎている。
それに顔からも仕草からも育ちの良さが滲み出ている。
宿屋には多くの客がいる。
中には質の悪い客も混じっているだろう。
そのような者たちの注意を引くのは避けたい」
兄様は僕のことを心配して、フードを被るように言ってくれたんだ。
それなのに僕ってば卑屈な捉え方をして……。
自己肯定感が低すぎるよ。
「無論、そなたのことは全力で守る。
だが、ここは城でも領地の屋敷でもなく旅先の宿だ。
万全を期していても、万が一ということもある。
わかってくれるな?」
「はい。
兄様は僕のことを思ってしてくれたことなのに、わがまま言ってすみません」
「気にするな。
それと……今のそなたの顔を他の者に見せたくないんだ。
そなたは自分では気づいていないかもしれないが、そなたの頬は赤く色づき、瞳は艶っぽく輝いている。
そのような色っぽい顔をしたそなたを、私以外に見せたくない」
今の僕ってそんなだらしない顔をしてるの?
馬車の中で兄様とずっとキスしていたせいかな?
僕は自分の顔を手で覆った。
「エアネスト、私には見せてもいいのだぞ?」
「兄様……意地悪言わないで下さい」
そんなこと言われたら、兄様にだって顔を見せられないよ。
「あまり遅くなるとハンクが心配する。
そろそろ馬車を降りよう。
私もフードを被る」
兄様が藍色のフードを目深に被った。
「兄様まで髪を隠す必要がありますか?」
「銀の髪と紫の目は目立つ。
そんな理由で騒がれたり、人が集まってきては迷惑だ」
僕が尋ねると兄様は、煩わしそうに答えた。
彼の綺麗な髪と目を隠すのはもったいない気もする。
だけど「宿屋に精霊の神子がいるぞ」と噂になり、人が大勢集まってきたら困る。
兄様はフードで髪を隠した方が良いのかもしれない。
「エアネスト、馬車を降りよう」
「兄様……僕、長く馬車に揺られ過ぎたせいで……腰に力が入らなくて……」
兄様とのキスで腰が抜けたとは言えない。
僕がそう伝えると、兄様がお姫様抱っこしてくれた。
兄様は僕の顔を見て、妖艶に笑っていたから……多分僕が歩けない理由を察していたと思う。
兄様にお姫様抱っこされるのはこれで三回目。
何度やってもやっぱり緊張する。
兄様は僕をお姫様抱っこして部屋まで運んでくれた。
彼はフードを目深に被っていたから、宿屋に入っても特に騒がれることはなかった。
その代わり宿屋ですれ違った人に「新婚さんかしら?」「部屋までお姫様抱っこして運ぶなんてラブラブだな」と冷やかされてしまった。
◇◇◇◇◇◇
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