第22話「兄様とのキスはレモン味」*
*キスの描写有り
僕は昨日一つ思い出したことがある。
それは精霊についての情報だ。
ヴォルフリック兄様の母レーア様の父親、つまり兄様にとって母方の祖父は精霊だった。
そこまでは前世の記憶を思い出した時に、一緒に思い出した。
兄様の祖父の名前や、特性は忘れていた。
彼はシュタイン侯爵領の精霊の森に住む水の精霊だった。
彼の名前はラグ。
兄様が牢屋から出たとき雨を降らせることが出来たのは、水の精霊である彼の血を引いてるからだろう。
ゲームでのヴォルフリックは闇魔法と、水魔法が得意だったのもそのへんが関係してると思う。
ある時、男爵家の一人娘のエリー様が精霊の森を訪れた。
その時二人は恋に落ち、ラグ様はエリー様と結婚する為に精霊の森から出た。
エリー様はレーア様を産むとすぐに亡くなった。
ラグ様はエリー様の死をたいそう悲しみ、精霊の森に帰ってしまった。
なのでレーア様はエリー様の祖父母に育てられた。
ラグ様は精霊の森に帰ってからも、精霊の森からレーア様を見守っていたと言う。
もしかしたら、精霊の森に行けば、ラグ様に会えるかもしれない。
「兄様見て下さい。
領都フェルスの東に精霊の森があります」
僕は地図上の精霊の森を指差した。
「兄様は精霊とコンタクトを取れるんですよね?
『今から精霊の森にお邪魔します』と連絡できませんか?」
シュタイン侯爵領の領地改革には精霊の協力が不可欠だと思っている。
兄様は謁見の間で『民衆を速やかに開放して下さい。言っておきますが、私はこの地に加護を与える精霊といつでもコンタクトが取れます』と言っていた。
兄様がいつの間にそんな能力を身に着けたのか、僕にはわからない。
でも便利な能力であることは間違いない。
兄様から連絡をもらったら、ラグ様だってきっと喜ぶはず。
「ああ、そのことか。
あれは国王にこちらの要件を呑ませる為についた、その場限りのハッタリだ」
「ええ……!」
ま、まさかあの発言がハッタリだったなんて!
兄様ってば、国王相手に大胆なことを!
「いいんですか?
そんなことをして?」
「バレなければ問題ない。
国王の子飼いの諜報員に知られたり面倒なことになるが、
連中も馬車の中の会話までは拾えないだろう」
うっかり、この話をお城でしなくてよかった。
僕は安堵の息を漏らした。
「だから、このことは私とエアネスト、二人だけの秘密だ」
兄様が自分の口に人差し指を当てた。
そんな仕草も色っぽくて……僕の胸は、ドクンと音を立ててしまう。
「はい」
二人だけの秘密……なんかドキドキする響きだな。
「ヴォルフリック兄様……これから向かうシュタイン侯爵領はとても貧しく、寒さの厳しい土地です。
兄様が共に来てくれること、嬉しく思います。
でも、僕に着いてきて本当に良かったのでしょうか……?
兄様には城で暮らす道もあったのですよ……?」
精霊とコンタクトが取れるのが嘘でも、兄様は精霊の血を引く神子。
お城にいれば出世できただろうし、美女を侍らせてウハウハな生活もできた。
ヴォルフリック兄様が民衆の前で雨を降らせたことで、精霊の神子として国民からの支持を得ている。
国王も兄様が城を出ることを許可したけど、本当はヴォルフリック兄様を手放したくなかったはずだ。
「国王は私の髪が黒くなっただけで牢屋に入れた。
それだけでなく、奴は民衆を誘導し私を殺そうとした。
そんな男の元で媚を売って働けと?
ごめんだな」
十三年の間、牢屋に入れられていたヴォルフリック兄様の心の傷は想像以上に深いようだ。
「それに私は永遠にそなたの傍にいると誓った身だ」
兄様の筋肉質の腕が僕の腰に回る。
彼と僕の体が、ピッタリと密着した。
「そなたは私に幸せになれと言った。
私が幸せを感じるのはそなたの傍にいるときだけだ。
だからそなたの傍を片時も離れたりしない。
そなたも私が傍にいることを、許可してくれたはずだ。
今さらそなたが嫌だと言っても、私は絶対にそなたのことを離さぬ」
兄様は僕の耳元でそう囁いた。
やっぱり兄様の声って艶っぽくて、とても綺麗だ。
耳元で低音のイケボで囁かれ、僕の胸は破裂しそうだった。
「僕もヴォルフリック兄様が傍にいてくれると、嬉しいです。
それにとても心強いです」
兄様は家族愛に飢えてるだけ。
だから彼の「傍にいたい」は恋愛的な意味ではない。
勘違いしてはいけないのはわかってる。
だけどめっちゃいい声で、耳元で「そなたの傍を片時も離れたりしない」とか、
「絶対にそなたのことを離さぬ」とか囁かれると、
心臓がドクンドクンと音を立ててしまう。
いつか兄様は僕との家族ごっこに満足して、僕から離れていくだろう……。
その時は兄様の幸せを願って、笑顔で送り出そう。
だけど……そんな日が来ないでほしいって気持ちもあって……。
どうか精霊様、兄様が一日でも長く僕との家族ごっこを楽しんでくれますように。
「エアネスト、王都から離れるほど道が悪くなる」
「はい?」
いきなり道の話?
「道の整備に金がかかる。
シュタイン侯爵領は貧しい土地だ。
道の整備にかける金もないだろう」
今は揺れが少なくて快適だけど、この先馬車の揺れが激しくなるのか……乗り物に酔わないように気をつけよう。
「だから……道が整備されていて、馬車の揺れが少ない今のうちに……」
兄様の端正な顔が、僕のすぐ傍まで迫っていた。
彼の口からレモンの爽やかな香りがした。
さっき舐めたキャンディの匂いかな?
僕も同じ飴を舐めたから、兄様と同じ香りがするのかな?
「そなたと思う存分、口づけを交わしたい」
「……?」
僕が返事をするより早く、兄様の唇が僕の唇を塞いでいた。
これは兄様が僕の魔力を奪った罪悪感からしていること。
兄様がシュタイン侯爵領に着いてきてくれるのも、僕の魔力を奪ってしまった罪悪感から。
彼が僕の体をぎゅーっと抱きしめるのも、家族とのスキンシップに飢えてるからだし。
だから……勘違いしては駄目だ。
◇◇◇◇◇◇
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