第21話「レモン味のキャンディ」




王都から離れ、お城が豆粒みたいに小さくなった。


記憶を取り戻してから城で過ごした時間は数日。


なのであまり、悲しいとか、寂しいという気持ちは込み上げてこなかった。


僕は別れ際にアゼリーノからもらった袋を開ける。


中には色とりどりのキャンディが入っていた。


僕は黄色い飴を一つ取り出し自分の口に入れた。


甘酸っぱい味が口の中に広がる。


僕が口に入れたのはレモン味のキャンディだったみたい。


「兄様もお一ついかがですか?」


「私はいい、エアネストが全部食べろ」


兄様は甘いものは好きじゃないのかな?


「アデリーノがプレゼントしてくれた飴ですよ。

 食べないのは彼が可哀想です」


アデリーノは僕ではなく、兄様にプレゼントしたかったんじゃないかな?


彼はレーア様の代から兄様に仕える執事だし。


「わかったじゃあ一つだけいただく」


「何色の飴にします?」


「エアネストが食べたものと同じ色がいい」


「黄色い飴ですか?

 レモン味だからちょっと酸っぱいですよ?」


「それでもいい。

 エアネストと同じものを食べたい」


「わかりました。

 はいどうぞ」


僕が袋から黄色い飴を取り出すと、兄様が口を大きく開けた。


食べさせろってことかな?


なんかちょっと照れくさいな……。


僕は兄様の口に飴を放り込んだ。


兄様の口に飴を入れるとき、僕の指が兄様の唇に触れた。


彼とはキスを何度も交わしてるのに、指先に唇が触れるのはそれとはまた違って、僕の心臓はドキドキと音を立てていた。


兄様の唇のことを考えてたらキスしたくなってしまった。


いやいや、あれは兄様が僕から魔力を奪った罪悪感からしていることで……僕からするわけには……。


「そうだ。

 僕、シュタイン侯爵領の地図を持ってきたんです。

 今のうちに、予習しておきますね」


何かをして気を逸らせないと!


兄様の唇から目が離せなくなってしまう!


アデリーノが速やかに荷造りを終えてくれたから、出立まで時間が余ったんだよね。


僕が「シュタイン侯爵領のことを調べたいから図書室に行ってくるね」と言ったら。


彼が「今のエアネスト閣下が城内を一人で歩くのは危険でございます」と言って、僕の部屋に侯爵領に関する資料を持ってきてくれたんだよね。


この地図もその一つ。


僕は地図を膝の上に広げた。


シュタイン侯爵領は王都の北に位置している。


侯爵領は領土は広いのだが、ほとんどの土地が荒野で、特産品もない。


冬の時期は領民が薪にもことかくほどの貧しい土地だ。


どこかの時代劇の主人公みたいに、諸国を漫遊しながら、特産品作りに貢献するみたいなことをしないな。


特産品がないのも気がかりだけど、一番の問題は北の荒野だ。


シュタイン侯爵領の領地の殆どは、死の荒野トート・ハイデと呼ばれる、寒くて乾燥した大地だ。


死の荒野トート・ハイデには強いモンスターがたくさん住み着いている。


あそこには厄介なデバフをかけてくるモンスターしかいないから、冒険者も寄り付かないんだよね。


僕もゲームをプレイしてたとき、殆ど行かなかったし。


死の荒野トート・ハイデに好んで行くのは、討伐モンスターをコンプリートしたい、やりこみ勢くらいだ。


侯爵領は貧しいから冒険者を雇うお金もないだろうし。


この問題もなんとかしないとな。


特産品もなく貧しい土地だけど一つ良いところがある。


領都であるフェルスの町の東に、精霊が棲む森があることだ。  



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