第9話「着替え」*



*キスの描写有り



ヴォルフリック兄様が扉を開けると、執事が広蓋ひろぶたを二つ重ねて持っていた。


彼が兄様の母親の代から兄様に仕えている執事だね。


彼の顔をしっかりし覚えておこう。


兄様の味方はきっと僕にとっても味方だ。


「ヴォルフリック殿下は上の広蓋ひろぶたに入った衣服を、エアネスト殿下は下の広蓋ひろぶたに入った衣服をお召しください」


広蓋ひろぶたとは時代劇とかで、着物が入ってるうるしや柿渋で塗られた木や竹で出来た箱のことだ。


「分かった。

 助かる」


兄様がアデリーノから広蓋ひろぶたを受け取った。


「着付けをするものを用意しました」


アデリーノの後ろにはメイドが二人控えていた。


兄様の着替えを彼女達のどちらかが手伝うのかと思ったら、何故か胸の奥がもやもやした。


僕だって前世の記憶を取り戻す前は、メイドさんに着替えを手伝ってもらっていた。


王族や貴族ならそれが普通だ。


なんで……今になって、こんなに胸がざわざわするんだろう?


兄様の体を他の人に見せたくない。


誰にも兄様の体に触れてほしくない。


これってもしかして子供っぽい独占欲かな?


十三年振りに再会した兄様を独り占めしたい的な感覚。


それか推しのプレミアムポスターを手に入れた時の感覚だ。


誰にも見せたくないし、触れさせたくない感じ。


そうだ!


そうに違いない!


「メイドはいらぬ。

 自分の服は自分で着れる。

 それからエアネストの服は私が着せる」


兄様は扉を閉め、鍵をかけた。


「兄様、僕自分で着替えたことがないのですが」


前世では自分で着替えてたけど、現世ではメイドが着替えさせてくれた。


前世で着ていた服ならともかく、この世界の服の着方はわからない。


これから国王に謁見するのに、間違った服の着方をするわけにもいかない。


「心配いらない。

 エアネストの着付けは私がする」


「ヴォルフリック兄様は着付けができるのですか?」


「牢屋に着替え手伝ってくれるメイドや執事がいるとでも思うか?」


そう言った兄様は少し寂しそうな顔をしていた。


「ごめんなさい。

 配慮が足りませんでした」


兄様の気持ちも考えず、無神経なことを言ってしまった。


「気にするな。

 牢屋では自分のことは自分でするしかなかっただけだ。

 だがそれにも慣れてしまえば、なんとも思わなくなる」


僕がもっと早く前世の記憶を思い出していたら、もっと早く兄様を牢屋から出してあげられたのに……。


「それに私には体を清潔に保つ魔法があったから、体を常に清潔に保てた。

 こんなふうにな」


兄様が僕に魔法をかけてくれた。


お風呂に入ったようなさっぱりとした感覚がした。


昨日お風呂に入らないで寝てしまったから助かる。


「自分に魔法をかけた時はシトラスミントの香りがしたが、エアネストからはフローラルな香りがするな」


兄様が僕の髪に顔を寄せ、匂いを嗅いでいた。


自分の匂いを嗅がれるのって恥ずかしいな。


牢屋で気を失ってしまったから仕方ないとは言え、お風呂に入らないまま兄様と添い寝したり、抱き合ったり、キス……したりしてたんだ。


今頃になって恥ずかしくなってきた。


僕、変な匂いしなかったよね?


「この魔法は便利でな、他にもベッドや部屋や食器や衣服を清潔に保つ魔法もある。

 体や衣服やベッドを清潔に保つ魔法は、そなたとの事後にも使えるな。

 そうは思わないか?」


兄様が僕の耳元で囁く。


声が……! 兄様の声がイケボ過ぎて尊死しそうだ……!


兄様の声優さんは、僕が前世で一番好きだった声優さんなんだよね!


その低音の良い声を耳元で聞くことが出来るなんて……!


僕の耳が幸せ過ぎる!


それはそうと……。


「兄様、事後ってなんですか?」


何をした後の事なのだろう?


「くっ……!

 質問も、そなたの顔も声もピュア過ぎて、危うく気を失うところだった……!」


兄様は自分の口を手で押さえ、悶絶していた。


ええ……?


僕はそんなに変なこと言ったかな?


「本当に城でのエアネストの閨教育はどうなっているんだ?

 よく今までこんな無垢でいられたものだ。

 まぁ、私としては幼い頃のままの可愛らしいエアネストでいてくれて嬉しいのだが」


兄様が僕の頭をポンポンと撫でてくれた。


「僕、そんなに無知でしょうか?」


「そう膨れるな。

 悪い意味で言ったのではない。

 私は無知なそなたも好きだ。

 焦らずとも良い。

 私が一から全て教えてやるのでな」


彼はそう言って僕の唇に自分の唇を重ねた。


兄様ってば、諦めが悪いな。


何度キスしても僕に魔力は戻らないって伝えたのに。


それとも国王と謁見する前に、どうしても僕の事を金髪に戻したいのかな?


兄様にとってこれは人工呼吸と同じなのに。


僕の心臓は兄様とキスする度に、激しく鼓動してしまう。


こんなこと繰り返していたら……いつか兄様のこと、兄としてみれなくなっちゃいそう。





◇◇◇◇◇




いつまでも国王を待たせてもいられないので、着替えることにした。


兄様のキスは一回、一回が長いんだよね。


別にいやじゃないし……むしろ嬉し……げふん、げふん! い、今は着替えに集中しないと!


これから国王に謁見するんだから、しゃんとしないと!


「兄様って器用ですね」


兄様は自分の着替えを終えると、僕の着替えを手伝ってくれた。


広蓋ひろぶたに入っていた僕の服は、白のシャツに、水色のジュストコールに、白のアスコットタイ。


ジュストコールの襟と袖口には、金の刺繍が施されていた。


兄様の服は、白のシャツに、紺のジュストコールと紐ネクタイストリングタイ


兄様のジュストコールの襟と袖口にも、金の刺繍が施されていた。


牢屋にいた時の漆黒の衣服もクールでかっこよかったし、部屋で目覚めた時のパジャマ姿も綺麗だったけど……やっぱり正装したヴォルフリック兄様が一番素敵だ。


どうしよう……!


正装してる兄様の姿なんて、スチル絵でも見たことないよ〜〜!!


眼福過ぎる〜〜!!


兄様は器用に僕に服を着せていく。


めちゃくちゃ手際が良い。


自分で服を着るのと、人に着せるのって違うと思うんだけど、何でも器用にこなせる人っているんだな。


兄様が時々、手を止めて僕の事をじっと見てくるんだけど、あれにはなんの意味があるのかな。


ボソボソと「……したい」とか「やりたい……」とか言ってるみたいだけど、何をしたいのかな?


「着付けは終わった」


「ありがとうございます」


着付けが終わっとき、兄様の顔は少し赤かった。


他人を着替えさせるのって、大変なんだね。


「僕も兄様を見習って自分で着替えられるように、頑張ります!」


兄様にだから照れずに着替えさせて貰えたけど、知らないメイドさんとかにしてもらったら、きっと緊張してしまう。


いつまでも兄様に着替えを手伝わせたら、悪いもんね。


「そなたはそのままでいい。

 エアネストの着替えはこれからも私が手伝う。

 だからそなたは何も覚えなくてもいい」


「どうしてですか?」


僕だって自分の服ぐらい、一人で着られるようになりたいのに。


「そなたに服を着せるという私の仕事がなくなるからだ。

 だからそなたは服の着方など覚えなくてもいい」


それはどういう意味だろう?


もしかして、十三年振りに家族と再会した兄様は家族愛に飢えているのかな?


お兄ちゃんムーブをかましたいとか?!


弟の着替えを手伝ってあげる優しい兄を演じたいとか?


もう……僕は兄様の記憶にある五歳の子供じゃないのに。


兄様の中で僕は、小さな男の子のままなんだろうな。


でも家族愛に飢えている兄様を邪険にしたらいけないよね。


ヴォルフリック兄様がお兄ちゃんムーブをかましたいなら、何も出来ない僕も可愛い弟を演じてあげよう。




◇◇◇◇◇



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