第8話「二度目のキス」*
*キスの描写有り
これって……!
どういう状況……!?
兄様は僕に魔力を返そうとしてるの?
駄目だよそんなの!
せっかく兄様を助けたのに……!
僕は魔力なんていらない!
兄様が幸せならそれでいいんだ!
キスをやめさせたくて兄様の胸をぽかぽかと叩くけど、彼の体は全然びくともしなかった。
その間に、キスは……そのフレンチキスからもっと深いものに……ゴニョゴニョ。
永遠に感じるほど長い時間が過ぎて、ようやく兄様が僕を解放してくれた。
僕の顔には熱が集まり、耳まで熱かった。
心臓はバクバクと音を立ててるし、呼吸も荒い。
そんなことより兄様の髪と瞳の色は……?
「ヴォルフリック兄様、いきなり酷いです!
でも……良かった。
キ、キスしたあとも……兄様の髪と瞳の色に変化はありません」
キスしたあとも兄様の髪は銀色に輝き、瞳は神秘的な紫色をしていた。
「そなたの髪と瞳の色にも変化はない。
すまない。
そなたの身があまりにも不憫で、なんとかして髪と瞳の色を元に戻してやりたかった。
昨日のように口づけを交わせば、そなたに魔力を返せると思ったのだが……。
浅はかだった」
そ、そうだよね。
兄様は魔力を返そうとしただけなんだよね。
それなのに僕は、兄様とのキスを変に意識してドキドキして……馬鹿みたい。
こんなの兄様にとっては人工呼吸みたいなものなのに……!
そう言えばゲームのソフィアとヴォルフリックはどうしてたのかな?
キスする度に魔力が行き来してたんじゃ、安心してイチャイチャも出来なかったんじゃ?
そう言えば、公式が出した攻略本にこんな設定が書いてあったっけ。
ソフィアが譲渡した光の魔力は、ヴォルフリックの闇の魔力と合わさり消えました。
二度とヴォルフリックの髪と瞳の色が、魔族の色に染まることはありません。
二人がキスする度に魔力が行き来することもありません。
だからエンディング後の二人は、思う存分楽しくイチャイチャしているので、心配しないで下さい……って。
「ヴォルフリック兄様よく聞いて下さい。
僕の光の魔力は、兄様の闇の魔力と合わさり消えました。
だから僕に魔力を返そうとか思わないで下さい」
「そうだったのか……。
すまないそなたの髪は綺麗な金色だったのに……」
兄様が僕の髪を撫でる。
彼の目がとても切なげで……僕まで泣きそうになってしまった。
「価値のあるものを私の為に捨ててしまうなど……」
「兄様……?」
「この国では昔からより輝く金色の髪と、
濃い青い目の者が尊ばれる。
そなたはプラチナブロンドの髪と、濃い青い目を持って生まれた。
光属性の魔力を持ち、王太子の座を約束されていた。
それを私などの為になぜ捨てた……」
「そんなこと事を言わないで下さい!」
兄様が驚いた顔で僕を見た。
「ヴォルフリック兄様は僕にとって、とても大事な人です!!」
ヴォルフリックはゲームで一番の推しキャラで、ゲームの世界に転生した今は血のつながりはなくても僕の大切な兄だ!
「だからそんな悲しい言葉、二度と言わないで下さい!」
兄様に抱きつくと、彼は僕の髪を優しく撫でてくれた。
「私にそこまで言ってくれた者は初めてだ」
「兄様……」
「エアネスト、そなたは私に触れられるのは嫌ではないか?」
僕の髪を撫でていた兄様の手が、僕の肩に触れ、頬をなでた。
「少しくすぐったいです。
でも嫌ではありません」
むしろ……嬉しいというか……好きっていうか。
「十三年前私の髪と瞳の色が黒くなってから、
人々は私を忌み嫌い、恐れるようになった」
兄様が黒髪になってから関わった人の数は少ない。
国王が兄様の髪と瞳の色が変わったことを秘密にしていたからだ。
それでも、その少ない人の中に、黒髪になった兄様の心を抉るような言動を取る人がいたのだろう。
彼はそのとき、心に深い傷を負ってしまったんだ。
ヴォルフリック兄様の心の傷を癒やしてあげたい。
「黒髪になった私に、恐れずに話しかけてきたのは、そなただけだ。
私の目を真っすぐ見つめ、嫌がらずに私に触れてきたのも、そなただけだ」
兄様の長い指が僕の唇に触れる。
指とは言え、そこに触れられるのが恥ずかしい。
「ヴォルフリック兄様……」
牢での兄様の暮らしを想像すると、胸がズキリと痛んだ。
「ヴォルフリック兄様がどんな姿になっても、僕は恐れたりしません!
僕はずっと兄様の味方ですから!!」
兄様が口角を上げ、ふわりとほほえんだ。
それはゲームのスチル絵でも見たことがない穏やかな表情で、僕の心臓がドキンと音を立てて跳ねた。
今の兄様の笑顔、カメラやスマホがあったら、写真に撮って起きたかった!
「エアネスト一つ質問するが、そなたは私の事をどう思っている?」
「えっ……?」
「その……異性として……いや、私もエアネストも男だから同性か。
この場合なんて言えばよい……?」
兄様が何かゴニョゴニョと独り言を始めた。
「その、あれだ……。
エアネストは私の事を……恋愛対象として(すごく小さい声)……私のことが好きか?」
兄様、途中なんて言ってたのかな?
声が小さくて「私のことが好きか?」しか聞こえなかった。
ヴォルフリック兄様の事を好きか嫌いかと尋ねられたら、もちろん好きだ。
前世では大好きなゲームの一推しキャラだったし、現世では幼い頃に一緒に遊んだ優しい兄様だ。
彼を嫌いになる理由がない。
「もちろんです!
僕は兄様の事が好きです!!
この世界で一番大好きです!!」
私がそう答えると、兄様が花がほころぶように笑った。
それはそれはとても艶美な笑顔で、そんな笑顔を至近距離で見せられ、僕の心臓は破裂しそうだった。
今の兄様の表情、カメラ……いや動画で音声付きで録画しておきたかった!!
「そうかそなたは私のことが大好きなのだな。
私もそなたの事を愛おしいと思っている」
兄様が僕を真っ直ぐに見つめ目を細めた。
彼の頬は少しだけ赤く染まっていた。
「兄様にそう言ってもらえて、とても嬉しいです!」
彼に牢屋で会った時は、鋭い目で睨まれ、冷たい言葉を投げつけられた。
前世の記憶を取り戻して一日で、ヴォルフリック兄様の心を開かせる事が出来た。
兄様とは、これからもっと仲良くなっていきたいな。
彼は十三年間も牢屋に監禁され、心がとても傷ついている。
兄様は僕に心を開いていてくれているし、彼の側にいて僕が彼を支えてあげよう!
「好きだエアネスト。
愛している」
「僕もです」
なんかこの言い方だと、愛の告白をしているみたいだ。
兄弟同士のじゃれ合いなのに、そんな風に受け取るなんて、変だよね。
ヴォルフリック兄様の手が僕の頬を撫で顎に触れた。
そして兄様は、僕の顔を上に向けた。
この流れさっきもあったような……?
兄様の端正な顔がゆっくりと近づいてきた。
もしかして……またキスされちゃう??
兄様の中で光と闇の魔力が合わさって消えたから、僕にキスしても光の魔力は戻らないのはさっき説明したよね?
もしかして兄様は僕の説明をちゃんと聞いてなかったのかな?
それとも兄様って諦めが悪いタイプ?
兄様は僕の魔力が消えたことに、僕が想像している以上に罪悪感を持ってるのかな?
そんなこと、別に気にしなくていいのに……。
兄様の顔がどんどん近づいてきて、彼は瞳を閉じた。
彼にちゃんと伝えないと……!
僕にキスしても光の魔力は戻らないって!
でも口を開く前に、兄様の唇が僕の唇と重なっていた。
それはすぐに深いキスに変わって……。
兄様……駄目だよ。
こんなことしても、僕には魔力は戻らないのに……。
駄目って伝えなくちゃいけないのに、拒否……出来ない……。
ようやく兄様の唇が離れたと思ったら、彼にベッドに組み敷かれてしまった。
「兄様……?」
「エアネスト、このまま続きをしたい。
駄目だろうか?
思いが通じ合ったばかりで、いささか早急過ぎるだろうか?」
続きってどういう意味だろう?
僕が首を傾げると、兄様が頬を赤らめ、自分の手で自分の口元を覆った。
「無意識でやっているのか?
それとも私を煽っているのか?
私がこれからしようとしている事を、
そなたが誠に理解していないというのなら、
王宮の閨教育はどうなっている?」
閨教育って何?
僕がそう疑問に感じた時……。
トントントントン!
軽快なリズムでドアが四回ノックされた。
「第三王子ヴォルフリック殿下、並びに第四王子エアネスト殿下、お目覚めでしょうか?」
誰かが僕たちを起こしに来たみたいだ。
「ちっ……水をさされたな。
間が悪い奴だ」
兄様はそう言って、僕の上からどいてくれた。
「アデリーノか?
ああ私もエアネストも起きている」
この声の主が兄様にかつて仕えていて、今も兄様に尽くしている執事のアデリーノさんの声なんだね。
城内で兄様の味方だ。この声を僕も覚えておこう。
「なんの用だ?
手短に話せ」
兄様の声は少し不機嫌に聞こえた。
もしかして兄様は朝に弱いタイプなのかな?
「殿下、お目覚めでしたか。
国王陛下がお呼びです。
支給身支度を整え、玉座の間にお越しください」
父様が呼んでいる?
父様は僕が魔力を失ったことも、兄様の髪と瞳の色が戻ったことも知ってるんだろうな。
国王だし、城の中で起こった事は当然把握してるよね。
僕たちを呼び出して、何を伝える気だろう?
国王はエアネストの父親だ。だけど前世の記憶を取り戻してから会うのは初めてだから、少し緊張するな。
「謁見の際にお二人がお召しになる衣服はこちらで用意いたしました。
鍵を開けていただけますか?」
「分かった。
今から取りに行く。
しばしそこで待て」
そう言って兄様がベッドを下りた。
僕は兄様が離れて行くのを少し寂しく感じていた。
兄様がさっき話していたキスの続きってなんだろう?
いつか教えて貰えるのかな?
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