第7話「ヴォルフリック兄様」*
――エアネスト視点――
*キスの描写有り
暖かな日差しのふりそそぐ中庭を、幼い僕が駆けている。
幼い僕は銀の髪に紫の目の少年を見つけた。
彼の姿を視界に入れた瞬間、心臓がドキドキと音を立てた。
幼い僕は少年の元まで全力で走り、彼の胸に飛び込んだ。
「ヴォルフリック兄様、大〜〜好き!」
僕がそう言って笑いかけると、
「俺もエアネストが好きだよ」と言って、
彼は幼い僕の背に腕を回した。
幸せな瞬間だった。
ああそうか……僕は夢を見ているのか。
幼い頃のエアネストと、ヴォルフリックって仲が良かったんだな。
場面が変わってそこは薄暗い地下室。
鉄格子の中に黒髪の男が捕らえられている。
民衆が地下室に押し入り、「呪われし悪魔の子を殺せーー!」と叫んでいた。
駄目……!
ヴォルフリックを殺さないで!
彼は僕の推し……ううん、大好きなお兄様なのだから……!
◇◇◇◇◇
「兄様……!
ヴォルフリック兄様……!
そこにいては駄目……!
逃げて……!
うわぁ……っ!!」
自分の叫び声で飛び起きた。
ゲームの世界でヴォルフリックが、民衆に捕まる夢を見た。
「……夢か」
僕はほっと息を吐く。
心臓に手を当てるとまだ、ドキドキしていた。
天蓋付きベッドのある宮殿のような豪華な部屋が視界に入る。
でも家具には見覚えがあった。
ここはエアネストの部屋だ。
あれは夢じゃなかったんだ!
僕は昨日目覚めた時ゲームの世界に転生して、超絶美少年のエアネストになっていることに気づいた。
一推しキャラのヴォルフリックの幸せの為に、彼とソフィアのカプを押そうとしたけど、ソフィアは隣国の王子と結婚してて……。
それで、僕一人でもヴォルフリック兄様を助けようとして、彼が閉じ込められてる地下牢に行って……それから……。
兄様と逃げる前に民衆が地下に来てしまったから、僕の光の魔力を全部兄様に与えたんだ。
あのあと僕は気を失ってしまったけど、兄様は無事に逃げられたかな?
「ん……?」
人の温もりを感じ、自分の寝ているベッドの上をよく見る。
「ふぇっ……?」
僕の隣に人の姿があった。
「ヴォルフリック兄様……!?」
僕の隣で寝ていたのはヴォルフリック兄様だった。
「そうだ! 兄様の髪の色……!」
カーテンの隙間から朝日がさしていた。
朝日に照らされたヴォルフリック兄様の髪は、銀色に光っていた。
兄様が目を閉じているから、彼の瞳の色はわからない。
でも僕の部屋にいるって事は、危機を脱出できたみたい。
「良かった……!
兄様を助けられたんだ……!」
僕の口から安堵の息が漏れた。
銀色に戻った兄様は、誰かに迫害されることはもうないだろう。
兄様が闇落ちするルートを回避出来た。
「ヴォルフリック兄様の顔……よく見るととても綺麗……」
兄様の顔を間近でじっくりと観察する。
彼はとても彫りの深い顔立ちをしていた。
長いまつ毛、形のよい高い鼻、染み一つない白い肌……神様に愛されて造形されたと言っても過言ではない顔の作り。
どうしよう……惜しが美形過ぎる!
「ん、エアネスト……?」
その時、ヴォルフリック兄様が目を覚ました。
「兄様、おはようございます」
僕の存在に気づいたヴォルフリック兄様の目が、大きく見開かれた。
彼の瞳はアメジストのような美しい紫色だった。
兄様の髪だけでなく、瞳の色も元に戻ってたんだ。良かった。
あれ? いま兄様が僕の名を呼んだ?
兄様と牢で会った時、彼の態度は冷たかった。
だから名前を呼ばれただけでもすごく嬉しい。
「そなたの声を聞けて安堵している。
中々目を覚まさないから不安だったのだ」
兄様の「そなた」呼びが聞けるとは思わなかった。
「貴様」とか「お前」とかじゃないから、兄様に嫌われてないよね。
「本当に……そなたは無茶をする」
ヴォルフリック兄様は僕が髪を撫でる。
なんかくすぐったいな。
そのあと、兄様に抱きしめられた。
兄様の胸板厚いな。
腕も太くてしっかりしてる。
推しに抱きしめられるのって……凄く照れくさい。
僕の心臓はドキドキと音を立てていた。
「あの……兄様?」
「もう、あんな無茶はしないでくれ」
そう言ったヴォルフリック兄様の声はとても優しかった。
兄様は僕を心配してくれたみたいだ。
牢屋で会った時の兄様の声はとても冷たかったから、この変化は嬉しいな。
「あの……僕、気を失ってしまって、あのあとどうなったんですか?」
「そうか、そなたは知らぬのだな。
実はあのあと……」
ヴォルフリック兄様の話を纏めると、僕とキ、キスしたことで兄様の髪の色は銀色に、瞳の色は紫に戻ったらしい。
あのあと牢屋に民衆が押し寄せて来たけど、みんな兄様の髪と瞳の色を見て態度を豹変させた。
「精霊の神子様」と言って、皆で兄様を拝んだらしい。
そのあと、兄様が「雨よ降れ」と言ったら偶然雨が降ってきて、民衆は落ち着いたようだ。
僕の着替えとかタオルとかは、昔兄様に仕えていた執事のアデリーノが用意してくれたらしい。
アデリーノが、兄様の顔を知らない若い兵士や使用人に、兄様が第三王子ヴォルフリックであることを伝えてくれたみたい。
だから十三年振りでも、兄様は堂々と城の中を歩くことが出来た。
それから僕の着替えとか、治療は兄様がしてくれたみたい。
そう言えば僕の手や足に出来た擦り傷が治ってる。
僕は昨日着ていたのとは別のパジャマを着てるのは、兄様が着替えさせてくれたからなんだ。
ということは、兄様に裸を見られたってこと??
エアネストは筋肉ムキムキでも、細マッチョでもない。
彼の体は、十八歳になっても女の子の服を着ても違和感がないくらいヒョロくて細い。
そんなヒョロヒョロの体を兄様に見られたのかぁ……!
恥ずかしい……!
「一時はそなたの体が冷え切って大変だったのだぞ」
「ごめんなさい、心配かけて」
兄様は僕の事を心配して着替えさせてくれたんだ。
今は恥ずかしいという気持ちは一旦置いておこう。
兄様は銀色紫眼に戻ったことで、上位の回復魔法が使えるようになったみたい。
銀色紫眼だと回復魔法が使えて、黒髪黒目だと闇魔法は使えるけど回復魔法は使えないみたい。
ゲームでもそうだったけど、属性によって使える魔法は違ってくるからね。
そう考えると、どっちの姿でも使える体を清潔に保つ魔法って便利すぎない?
そこはもう制作陣がファンサービスの為に用意した特殊呪文だと思って、深く突っ込まないようにしよう。
「私の為に魔力を失うなど、そなたはどうかしてる」
ヴォルフリック兄様が僕の頬を撫でた。
綺麗な顔で至近距離で見つめられると、心臓がバクバクしてしまう。
兄様の形の良い唇に視線が向いてしまう。
昨日、この唇と僕の唇が重なってたんだよね?
あれは魔力譲渡の為で、人工呼吸みたいなもので、人助けで、深い意味は……!
駄目だ! 兄様と視線を合わせているとおかしくなりそうだ!
僕は兄様から視線を逸らした。
「ごめんなさい。
でも僕はヴォルフリック兄様をどうしても助けたかったのです」
推しが闇落ちして、死亡するエンドなんて見たくないよ。
「その為にそなたは魔力を失った。
魔力だけでなく金色の髪と深い青い瞳も失ってしまった」
兄様が悲しそうな目で、僕の髪を撫でた。
そうか今の僕って金髪碧眼じゃないんだ。
ゲームのソフィアは、ヴォルフリックに魔力を譲渡したあと、濃い茶色の髪と灰色の瞳になっていた。
今の僕の髪と瞳の色って何色なんだろう?
鏡で確認してないからわからないや。
「この色では変ですか?」
「いや、おかしくはない。
私は好きだ」
推しの「好きだ」が尊い!
「ならいいです。
兄様が好きだと言ってくれるなら、僕は気にしません」
他の誰になんと言われようと、兄様が気に入ってくれているなら、それで十分だ。
兄様を心配させないようにニコッと笑ってみせる。
「エアネストは私の髪の色は好きか?」
「もちろん大好きです。
兄様の髪の色が黒でも銀でも、変わらずに大好きです」
前世のSNSやイラスト投稿サイトでは、黒髪のヴォルフリック派と、銀髪のヴォルフリック派に別れていた。
僕はどっちのヴォルフリックも大好きで、美麗イラストをスクショしてコレクションしていた。
推しの両方の姿を生で見れてしまった。
眼福過ぎる。
「そうか……。
なら私が黒髪になっても嫌わないな」
「えっ……?」
それはどういう意味……?
「エアネスト、そなたに魔力を返そう」
ヴォルフリック兄様が僕の顎に手を添える。
兄様に顎を上げられた次の瞬間、兄様の唇と僕の唇が重なっていた。
◇◇◇◇◇
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