第6話「回復魔法」ヴォルフリック視点
――ヴォルフリック視点――
弟を城に運ぶまでに、彼の体がだいぶ濡れてしまっていた。
早く弟を部屋に連れていき、着替えさせなければ。
城の門の前まで行くと、数十人の兵が警備していた。
彼らは私の存在に気づき駆け寄ってきた。
「見かけぬ顔だな!
貴様、何者だ!」
「待て!
男の髪の色をよく見ろ……!」
「なっ、銀髪……!?
彼は精霊の神子様なのか……?」
どうやらここには若い兵士しかいないようだ。
年配のものなら、私の存在を知っているので、話が早いのだか……。
「よく見れば、彼の腕に抱えられているのはよく見ればエアネスト殿下では?」
「確かに、エアネスト殿下のお顔だ。
しかし……髪の色が違う」
今も雨は降り続いている。
エアネストの体をこれ以上、雨に濡れさせたくない。
どう話せばここを速やかに突破出来るだろうか?
それに……エアネストの寝間着から彼の華奢な足がのぞいている。
服も雨で透けている……彼の無防備な姿をこれ以上人前に晒したくない。
私以外の者が、今のエアネストを視界にいれることが酷く腹立たしかった。
騒ぎに気づいたのか、執事やメイドが数人城から出てきた。
「と、とにかく精霊の神子様だろうと、得体の知れぬ者を城に入れるわけには……」
「控えよ!
この方は得体の知れぬ者ではない!
彼こそは第三王子ヴォルフリック殿下であらせられるぞ!」
城から出てきた使用人の中に見知った顔がいた。
「アデリーノか」
「お久し振りです。
ヴォルフリック殿下」
アデリーノは母の代から仕えている執事だ。
牢屋にも何度か差し入れを持ってきてくれた。
私が今着ている服も彼の差し入れだ。
「第三王子殿下……?!」
「聞いたことがある!
第三王子殿下は銀色の髪に紫の瞳だと……!」
「ヴォルフリック殿下は、病で塔に隔離されていたはずだろ?
なぜここにいらっしゃるのだ?」
「それに、エアネスト殿下の髪の色が違う理由は……」
「詮索は後だ。
彼の身分は私が保証する。
それより殿下方をいつまで雨に濡れさせておく気だ?」
「申し訳ございませんでした。
第三王子殿下とは知らず、数々のご無礼平にご容赦を……!」
「謝罪はいらん。
さっさとそこを通せ。
エアネストをこれ以上雨に濡れさせたくはない」
私は門番を押しのけ、城の中に入った。
ここでアデリーノに会えたのは幸運だ。
奴がいれば話が早い。
「アデリーノ、エアネストの体が冷え切っている。
彼の着替えを用意しろ。
それからお湯を沸かせ、彼の体を温めたい。
医師を呼ぶのも忘れるな」
「かしこまりました」
「エアネストの部屋は昔のままか?」
「はい。
十三年前と変わっておりません」
「そうか」
それだけ聞けば十分だ。
私はアデリーノに指示を出し、エアネストを彼の部屋まで運んだ。
◇◇◇◇◇
「エアネスト殿下!
気を失っているのですか?
それに髪が茶色い……!」
弟の部屋に入ると、若いメイドがいた。
王子の部屋に使用人がいてもおかしくはない。
だが何故だろう?
エアネストの部屋に自分以外の人間がいることに、胸がもやもやしている。
「大変、びしょ濡れだわ。
とにかく早く乾かさなくては……!
それで、エアネスト殿下を運んできたあなたはいったい?」
若いメイドは私の顔を知らないようだ。
無理もない、私が牢に入れられて十三年も経つのだから。
「口の利き方には気をつけなさい。
このお方は第三王子のヴォルフリック殿下だ」
いつの間にか私の後ろに立っていたアデリーノが、若いメイドをたしなめた。
アデリーノには城の入口で指示を出して別れたはずだが。
もう仕事を終えて来たのか?
「知らぬこととはいえ、申し訳ありませんでした!」
メイドが私に向かって頭を下げた。
「謝罪はいらん。
それよりも今はエアネストを着替えさせるのが先だ。
アデリーノ、タオルとお湯と着替えの用意は出来ているか?」
「はい。
こちらに」
彼の後ろに目をやれば、カートがあり、その上にタオルと着替えとお湯の入った洗面器が乗っていた。
流石に仕事が早いな。
「わかった。
それは私が預かる。
エアネストを着替えさせるので、お前たちは一度外に出ろ」
「ヴォルフリック殿下のお手を煩わせなくても、
エアネスト殿下のお召替えなら私がいたします」
「エアネストに触れるな!
いいからさっさと部屋を出ていけ。
医者が来たらノックで知らせろ」
そう言って私はメイドとアデリーノを部屋から追い出した。
エアネストの肌に触れていいのも、彼の一糸まとわぬ姿を見て良いのも私だけだ。
他の誰にも見せてなるものか。
私はエアネストをベッドに寝かせ濡れた服を脱がせた。
そしてタオルで彼の体を拭いた。
弟の髪に乾いたタオルを当て、乾かしていく。
彼の体はお湯で濡らしたタオルをよく絞ってから拭くことにした。
弟の足には泥がつき、小さな傷がたくさんあった。
よく見れば彼の腕や手にも、木で引っ掻いたような傷があった。
私は濡れたタオルで汚れを丁寧に拭き取った。
「私を助けるために裸足で林を抜けてきたというのか?
なんて無茶をする子だ」
城から私がいた牢屋までは、林を抜けるのが一番早い。
彼がそこまでして私を助けようと必死になってくれたのだと思うと、胸の奥が温かくなった。
十三年間忘れていた感覚だ。
「不思議だ。
そなたといると、忘れていた感覚が蘇ってくる」
エアネストの体を拭き終えた私は、アデリーノが用意したパジャマを着せた。
弟の手に触れると、彼の手は驚くほど冷たかった。
くそっ、医者はまだか?
「頼むエアネスト!
死なないでくれ!
私を助けた代わりにそなたが死ぬなど駄目だ!
そんなことは耐えられない!」
彼の手をぎゅっと握りしめる。
「そなたはこんなになってまで私を助けてくれたのに、私はそなたに何も返せないのか……!」
その時、エアネストを握りしめた手が銀色に光った。
「今の光は……?」
幼い頃、まだ私が銀髪だった頃、私は回復魔法が使えた。
もし今のが回復魔法の光りだとするならば、弟の手の傷が消えているはず。
弟の手を確認すると、彼の手にあった擦り傷が消えていた。
まさかまた回復魔法が使えるようになるとは思わなかった。
十三年前、黒髪になった時に使えなくなった回復魔法。
髪の色が銀色に戻った事でまた使えるようになったらしい。
「エアネスト、私が絶対にそなたを死なせたりしない!
生きてくれ!」
私は彼の手を握り、魔力を込めた。
「
私が呪文を唱えると、弟の全身を銀色の光が覆った。
「温かい」
しばらくすると、氷のように冷たかったエアネストの手に熱が戻っていた。
その時、部屋の扉が四回ノックされた。
「ヴォルフリック様、医師を連れて参りました」
扉の向こうからアデリーノの声がする。
「そうか、すまない。
だがもう必要ない。
エアネストは私の回復魔法で癒やした。
エアネストの体の傷は治ったし、彼の体も温かい」
どんどん体が冷えていくエアネストが心配で、医者を呼んだが、本当なら誰にもエアネストの体に触れてほしくないのだ。
「もう心配はいらない。
さがれ」
扉越しにそう伝え、扉に鍵をかけた。
アデリーノは「承知いたしました。カートにはヴォルフリック殿下の着替えも用意してあります。殿下のお体も雨に濡れております。お着替え下さい」と返事をした。
医者が「心配ないかどうかは、医師であるわしが診察して判断せねば」とか、メイドが「エアネスト殿下がご無事かどうか自分の目で確認したい」と言っていたが、アデリーノが上手く追い払ってくれた。
ようやくうるさいのがいなくなった。
エアネストと二人きりだ。
アデリーノが私の着替えがどうとか言っていたな。
鏡に映った自分の姿を見ると酷い格好をしていた。
そうだな……自分も着替えなくてはな。
せっかく着替えさせたのに、エアネストの服がまた濡れてしまう。
それにしても……本当に銀色の髪に、紫の瞳に戻っていたのだな。
髪の色は自分でも見えるが、瞳の色は自分では見えないので、鏡に自分の姿を映すまで確信が持てなかった。
牢屋にいたときは自分の姿になど無頓着だった。
あそこにいた時は、今日死んでも、明日死んでもいいと思っていた。
だが、エアネストが命をかけて守ってくれた命と、彼の全魔力を使って戻してくれた髪と瞳の色だ。
これからは大事にしよう。
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