第4話「諦め」*ヴォルフリック視点



*キスの描写有り



――ヴォルフリック視点――





「兄様……! ヴォルフリック兄様ですよね!?」


神に愛されたプラチナブロンドの髪、魔力が高い者の象徴の濃い青の瞳。


「ヴォルフリック兄様!」


肩まで伸びたさらさらの髪、女のような華奢な体。


人を疑ったことのない無垢な瞳。


彼が城の者に愛されているのが一目で分かった。


そいつは鉄格子の鍵を開け、中に入ってきた。


「誰だ……?」


尋ねてはみたものの、私を兄と呼ぶ者は一人しかいない。


そいつは私の言葉に酷く傷ついた顔をしていた。 


だがそんなことは私の知ったことではない。


誰からも愛されているなどとは思わぬ事だな。


「兄様の弟のエアネストです!

 お忘れですか!?」


「知らん」


私が短く言い切ると、奴の青い瞳が大きく見開かれた。


「出ていけ」


こいつの顔を見ていると、無性に腹が立った。


こいつの顔には「皆に甘やかされて育ちました」そう書いてあった。


私は牢屋の中にいるというのに……、プラチナブロンドに生まれただけでこやつは皆にちやほやされている。


くだらない。


このような幼稚な嫉妬心が、まだ私の中にあったなんて知りたくなかった。


「嫌です!

 僕がここを出ていく時は兄様も一緒です!

 ここは危険です!

 僕と一緒に逃げましょう……!」


奴の白く柔らかな手が、私の手に伸びてきた。


「私に触るな!」


「ヴォルフリック兄様……」


とっさに奴の手を払っていた。


思えば誰かに触れたのは、この髪の色になってから初めてだった。


奴は泣きそうな瞳で私を見つめてきた。


そんな目で私を見るな。


そんなことをしても何も変わらない。


その時、大勢の足音と話し声がかすかに耳に届いた。


それは少しずつ近づいてきていた。


こいつが牢を尋ねて来た事と、外の騒ぎは何らかの関係があるのだろう。


もっとも私にはどうでもいい事だが。


「ヴォルフリック兄様、聞いて下さい!

 もうすぐここに民衆が押し寄せてきます!

 彼らは雨が降らないのを兄様のせいにして、兄様を袋叩きにする気です!

 今なら間に合います!

 僕と一緒にここから……」


民衆が徒党を組み私を殺しに来たか。


私に飯を投げつけた牢番は農民の出身だったな。


あの牢番が、私の存在を外に漏らしたのだろう。


そして「雨が降らないのは黒髪のせいだ!」とでも言って、民衆を誘導して来たのだろう。


この牢屋で見たことを、外で話すことは禁止されている。


牢番は命が惜しくないのか?


それとも、どうしても私を殺したいのか?


私を殺せば雨が降ると本気で思っているのか?


愚かなことだ……。


漆黒の者が呪われているだの、そいつのせいで雨が降らないだの、そんなものはただの迷信なのに。


「構わん」


「えっ……?」


「もう、どうでもよい。

 民衆が私を袋叩きにすると言うのなら好きにすればいい」


「兄……様」 


民衆が徒党を組んで襲って来ようが、闇の力を持つ私が本気を出せば敵ではない。


それでもなんの防御もしなければ、奴らの剣でも私を殺せるだろう。


もう、ここの生活にも疲れた。


私を殺したいのなら殺せばいい。


弟がそんな私のことを、愕然とした顔で私を見つめていた。


奴の瞳の端には涙が浮かんでいた。


私のために涙を流す者がまだいたのだな。


「ここだ! 地下室への入口があるぞ!」


「闇の色の髪を持つ忌み子を探せ!」


「半年も雨が降らないのはやつの呪いだ!」

 

民衆の声が地下牢に届く。


奴らはもうすぐそこまで来ているようだ。


闇の色の髪を持つ忌み子か、面白い事を言うな。


牢に入れられてから今日まで、家畜のように飯を食らうだけの存在として生きてきた。


それも今日で終わる。


全てがどうでもよいのだ。


生きる事も、私の出自も、髪の色も、何もかも。


しょせん私は死なねばここから出れぬ存在。


なら、早いほうが良いと言うものだ。


「それでも僕はヴォルフリック兄様を助けたいです……!」


弟の汚れのないひたむきな視線に射抜かれた。


直後、弟の腕が私の首に回る。


奴は私の唇に自分の唇を押し当ててきた。


……拒めなかった。


弟に純粋な瞳で真っ直ぐに見つめられ、まるで金縛りにあったかのように身動きが取れなかった。


そして気づけば、奴の口づけを受け入れていた。


暖かな光が奴と触れ合った唇を通して私の中に入り込んでくる。


その光が私の全身を包み込んでいく。


まるで母親の胎内にいるような、温かく穏やかで優しい感覚だった。


その光は私の中にこびりついていた、憎しみや、怒り、嫉妬、諦めというネガティブな感情を全て洗い流していった。


私の体から弟が離れていったとき、彼の髪は金色の輝きを失っていた。



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