第3話「第三王子ヴォルフリックの過去」ヴォルフリック視点



――ヴォルフリック視点――



私はエーデルシュタイン王国の第三王子として生を受けた。


母はこの国の第二王妃だった。


私の母は、私を産むとすぐに亡くなった。


母は精霊と人のハーフで、精霊の血を引く者にしか現れない銀色の髪と紫の瞳を持っていたそうだ。


私も母と同じ髪と目の色を持って生まれた。そんな私を誰も彼もが崇めたてた。 


ある者は私を見て「銀髪紫眼の者に生きてお目にかかれるとは! ありがたや!」と言って手を合わせ、ある者は「この国が豊かなのは精霊の血を引くあなた様のお陰です」と世辞を述べた。


国王も私を敬い、愛してくれた。


第一王子のワルフリートは、わかりやすく媚を売ってきた。


第二王子のティオは、なぜだか私を避け目を合わせようともしなかった。


第三王妃は息子の王位継承の邪魔になる私を嫌っていたが、その息子である第四王子は私に懐いていた。


だから母がいなくても困ることはなかった。


それに母上付きの執事が城に残り、私に仕えてくれた。


全て上手くいっていた。


幸せな日々が続いていた。


私が九つの時、髪と目が黒く染まるまでは……。


それはある新月の夜だった。


そいつが突然私の部屋に現れた。


夜のような黒の髪と黒檀の目を持つ男で、彼は自らを「魔王」と名乗った。


幸か不幸か、国王と執事のアデリーノも部屋の中にいた。


魔王が手をかざすと私の銀色の髪は漆黒に染まり、瞳は烏木うぼくのように真っ黒に変わった。


「お前は我の子だ………! 

 その髪と瞳の色が何よりの証……!

 忘れるなそれがお前の本当の色だ……!」


そう言って魔王は私の前から姿を消した。


どうせ父親と名乗るのなら、そのまま私を連れ去れば良いものを。


魔王はわざわざ国王に托卵した事実を伝え、私を城に置き去りにした。


国王は母の裏切りを知り、怒り狂い、母の私物を全て燃やしてしまった。


彼は私のことも殺そうとした。


私には魔王の血が流れている。


殺そうとするのは当然だ。


しかしそれを止めたのが執事のアデリーノだった。


彼は「ヴォルフリック殿下には精霊の血が流れています。殺してはなりません。精霊の怒りに触れることになります。そうなればこの国はどうなることか……」と言って国王を説得した。


それでも納得出来ない国王を「それにいつか、ヴォルフリック殿下の髪が銀色に戻るかもしれません。精霊の血を引く王子の利用価値を陛下もご存知でしょう?」執事はそうやって言いくるめた。


私は城の外れに立つ建物の地下に監禁されることになった。


扉は鉄格子、常に鍵がかかっている。


国王は「お前の髪と瞳の色が元に戻ったらそこから出してやる」と言った。


私は国王に愛されていたのではない。


精霊の血を引いていたので利用されていただけだと、その時思い知らされた。


城で私をちやほやしてきた連中も、おそらくそうなのだろう。


私は人間の醜い部分を一度に見せられた。


そしてそれからの私は、牢の中で毎日決まった時間に餌を与えられるだけの生き物になった。


風呂はなかったが、体を清潔に保つ魔法が使えたので、身体が汚れることはなかった。


執事がたまに訪ねて来ては、チョコレートのような菓子を置いていった。


「貴方様の髪と瞳の色が変わったことは、陛下とわたくしの二人しか知りません。

 髪と瞳の色が変わればまたここから出れます」


奴はそう言っていたが、なんの慰めにもならなかった。


魔王が直に私の髪と瞳の色を変えていったのだ。


簡単に元に戻るとは思えない。


私の体が成長する度に、執事は服や靴を差し入れに来た。


私のことなど放っておけばよいのに、愚かな奴だ。


暗い地下にいると、精神まで闇に落ちていく気がした。


誰かを恨まずにはいられなかった。


私を捨てた国王も、魔王の子と知りながら私を生んだ母も悪かった。


ずっとずっとずっと……そうして生きてきた。







そうして何年も過ぎた……。


「もう半年も雨が降っていない」


牢番が漏らす声が耳に入った。


「黒髪の貴様の呪いだろ!!

 お前のような呪われた存在がいるから国に不幸が起こるんだ!

 陛下もなぜこのような者を生かしておくのか……!」


兵士はそう言って、私に飯を投げつけた。


奴は私が牢屋に入れられてから雇われたので、私が第三王子であることを知らない。


いや、私がいる建物に配属されている人間は誰も私の正体を知らない。


ただ国王に命ぜられ、飯を持ってくるだけの存在だ。


「精霊の血を引く神子様がいれば、雨が降るのに……!

 精霊様、どうかご加護を……!」


牢番の嘆きが、地下の石壁に吸い込まれるように消えていった。


精霊の血を引く神子がいれば雨が降る……?


そんなものは言い伝えだ。


黒髪であれば異形や不吉と言って恐れ、銀髪であれば精霊の血を引く神子と崇める。


くだらない。


人間とはまことに下らない生き物だ。








数日後、そんな私の元を珍しい人間が訪ねて来る。


彼によって私の運命は大きく変わることになる。




◇◇◇◇◇◇




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