夜の公園で

俺は急いで、マンションの外に出ると、なんとか佳奈に追い付いた。

佳奈の様子を確認すると、顔色もいつもと同じ色に戻っていて、落ち着きを取り戻したように俺は感じた。


俺は佳奈がいつも通りに戻った事に安心すると、今日の佳奈の行動について再び考えた。

いつも受け身な事が多い佳奈が俺に抱きついてきたり、恋愛の話でもすら恥ずかしがるのに、胸を見ても良いと言ったり、今日は普段の佳奈からは想像出来ない行動ばかりで、まるで別人なのではないかと、思う程、様子がおかしい。


ちゃんと何かあったのか、と問いただした方が良いのだろうか、と俺が考えていると、急に右手に温かくて柔らかい感触が訪れた。


俺が勢い良く確認すると、佳奈の左手が俺の右手をしっかり握っていた。

一体何事だ、と思い、佳奈に視線を移すと佳奈は俺の事を見て、微笑んでいた。


「俊樹君、そんなに慌ててどうしたの?」


「いや、だって、急に佳奈が手を繋いできたから……」


俺の言葉に佳奈は不思議そうな顔をして、首を傾げた。


「俊樹君、いつも私の手を握ってくれていたよね?」


「いや、握ってはいたけど、あれは小さい頃の話だろ?」


なんで佳奈はこんなにも落ち着いているんだ、と思い、佳奈の様子を窺うと、佳奈の顔が少し赤くなっている事に俺は気付いた。


佳奈も恥ずかしいのだ、と思うと、俺は少し落ち着きを取り戻す事が出来た。

そして、今日一日中、振り回され続けた事もあって、少し佳奈に仕返しをしよう、と俺は考えた。


「そう言えば、俺の家に泊まりに来た時、佳奈が、『怖くてトイレに行けないから、一緒に付いてきて』って言われた時も手を繋いだな。あの時の佳奈、震える位、怖がっていたな。今も怖いから手を繋いだのか?」


俺が少しからかう様に言うと、佳奈の顔が一気に赤く染まった。

佳奈にやられっぱなしだった俺は、ようやくお返しが出来た、と満足していると、佳奈が慌てて口を開いた。


「私はもう高校二年生だよ。夜の道くらい、怖くないもん!」


俺の言葉が癇に障ったのか、勢い良く否定する佳奈が可愛らしく感じ、悪戯をしたい欲求が俺の心の中に芽生えてきた。


俺は良くない、と思いながらも、その悪戯をしたいという気持ちには抗えず、「わっ」と、言って、佳奈を驚かせた。


「きゃあ!」


佳奈は大きな声を出して驚くと、俺の腕を引き寄せて、なんと抱きついて来たのだ。


「やっぱり、怖いんじゃないか」と、言ってからかおうとしていた俺は、その佳奈の行動にとても焦った。


先程、抱きつかれた時と勢いがまるで違うので、佳奈の豊かな膨らみが、より強く俺の腕に押し付けられて、俺は激しく動揺した。


俺が慌てていると、佳奈と目が合った。


佳奈は涙目だったが、俺と目が合うとニヤッと笑って、「俊樹君がいけない事をしたからだからね」と、注意された。


まさしくその通りだ、と思った俺は、「驚かせて、ごめん」と、素直に謝った。


佳奈は俺の態度に満足をしたように頷くと、「今度はしっかり握っててね」と、手を握り直した。


そうされてしまうと、悪い事をしたという気持ちもあって佳奈の手を振り解く事は出来ない。


俺は、「分かった」と、言うと佳奈と手を繋いで、コンビニまで向かうのだった。


佳奈の買い物が終わるのを俺はコンビニの外で待っていた。


「俊樹君、お待たせ」


しばらく時間が経って、佳奈がコンビニから出て来た。

佳奈の手元を見ると、ペットボトル一本とシュークリーム一個だけしか入っていないとは思えない程膨れたビニール袋が握られていた。


その事を不思議に思った俺はつい、「そんなにお腹が空いていたのか?」と、佳奈に尋ねた。


「……俊樹君、もしかして私の事を食いしん坊だと思ってる?」


佳奈は俺の視線がビニール袋に向いている事に気付くと、慌てて手を横に振って俺の言葉を否定した。


「これはね、コンビニまで一緒に来てくれたお礼だよ」


佳奈はそう言って、俺にビニール袋の中身を見せた。

ビニール袋にはペットボトルが二本とシュークリームが二つ入っていた。


「コンビニに付いて行ったくらいで、お礼なんて別にいいのに」


「いいの、いいの。私が俊樹君と食べたいと思ったのもあるし、あっちのベンチで食べよう?」


そう言って、佳奈はコンビニの隣にある公園を指差した。


買ってもらった手前、断るのも良くないだろうと思い、俺は、「分かった。佳奈、ありがとう」と、言って、佳奈と共に公園に向かった。


俺がベンチに座ると、間をまったく空けずに俺のすぐ隣に佳奈が座った。

佳奈の体温や息遣いを間近で感じ、俺は自分の心臓の鼓動が佳奈に聞かれていないか、心配になった。


「……佳奈、少し近くないか?」


「えーと、少し寒くて」


佳奈は昔からそれ程身体が強い訳ではないので、俺は少し心配になった。

そこで、俺は自分が羽織っていたカーディガンを脱ぎ、佳奈の肩に掛けた。


佳奈は驚いた表情を浮かべると、「良いの?」と、俺に尋ねた。


「風邪を引いたら大変だからな」と、俺が答えると、佳奈は、「ありがとう」と、言うと、何故かさらに俺に身体をくっつけて来た。


「なんで、もっとくっついてくるんだ!?」


俺が驚きながら尋ねると、佳奈は幸せそうに笑って、「嬉しいから!」と、答えた。


佳奈の表情を見て、なんだか俺まで嬉しくなり、気付けば、たまには良いか、という気持ちになっていた。


その後、二人で食べたシュークリームはいつもより美味しい気がしたのだった。


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