第4話

 意識的に、文芸評論家やしょっちゅう同時代の文化やら芸術とかについて一定の意見を述べる立場の人のように、系統的な読書や情報の収集をしていないし、なにかメモを取ったりすることも皆無で、徒手空拳に、アドリブの漫談をしているような行き当たりばったりなのが自分の現状です。


 「まるでかんがえてな~い」というCMだか流行語があった、ような気がするが?ボクも必要に駆られないと無為徒食になってしまうから、「考えるためのトポス」をしつらえて、書きながら考えています。


 「文学は真実を描くもの」と、あいまいな定義をしたが、私淑する筒井康隆氏は、「真実の文学」というタイトルで、「良識にからめとられている既成の文学は、そも人間には、差別が大好きで、他人の不幸を喜び、 残酷な見世物を喜んだりする悪辣さがあるのを描写できなくなっていて、キチガイと思われているギャグSFだけがそういう真実を語っている」という趣旨の宣伝文?を書いていた。


 見識であり、「巧言令色鮮し仁」という、論語の言葉も同じ意味だと思う。

 「巧言令色」だけの文学ならないほうがいいが、それは結局いくら究極的な真実のエッセンス、知恵の結晶とは言え、聖書や般若心経が、「文学」ではなくて、読んでもちっとも面白くない。頭の体操や情報収集?同時代感覚のアップデートとか、あるいは精神の健康のための娯楽にすらならないのと同じことで、いろんな機能やフェイズを兼ね備えた一つの清新でユニークな芸術品、そういえるものでないと、ボクのイメージの「文学」ではない。

 筒井氏も、べつのところでは「やっぱり文学へのロマンチックなあこがれがあって…」というようなことは率直な本音として書いている。


 <続く>

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