第67話 対アプラウエ軍⑤

 両軍がいよいよ接触してからの白兵戦、その序盤は、フルーネフェルト軍――その最前衛を務めているラクリマ突撃中隊の独壇場となった。


「さあ来い! 貴様らみたいな素人兵士、まとめて薙ぎ払ってやる!」


 吠えながらハルバードを振り回すのは、先の冬にラクリマ突撃中隊に加わった元傭兵団長ゴルジェイだった。熊のような大男である彼の怒声を聞いただけで、対峙する敵徴集兵たちは後ずさる。

 ゴルジェイとマーカスの傭兵団は、ラクリマ突撃中隊に加わってから今日までに、全員分の新たな兜――鉄で補強された革製の兜の上から、布状の鎖帷子を被せた例の装備を与えられ、この戦場でも身につけている。ゴルジェイはこの兜に、さらに牛の角のような装飾を施していた。

 見栄え以上の効果はない角だが、ゴルジェイのような大男が異形の兜で顔を隠し、さらに角まで生やしていれば、より化け物じみた印象を与える。そんなゴルジェイが、空気を切り裂く轟音を響かせながらハルバードを振れば、まともな戦闘訓練も受けていない徴集兵たちは立ち向かうこともままならない。

 おまけに、ゴルジェイの傭兵団には、団長である彼の意向として、体格のいい筋骨隆々の大男ばかりが団員として所属していた。それが現在はそのままラクリマ突撃中隊の先頭集団を担い、揃って異形の兜を身に着け、鬨の声を上げながら殴りかかる。アプラウエ軍の徴集兵たちは次々に吹き飛ばされ、蹴散らされ、そもそも武器をぶつけ合う前に逃げ出していく。もはや戦闘とも呼べない有様だった。


「抜かるな! このまま押し込め! 敵を壊走に追い込んでやれ!」


 ラクリマ突撃中隊の全体指揮をとり、敵陣に真正面から殴りかかるゴルジェイたちの突破力を利用しながら戦列を前進させるヴァーツラフの指示に、元傭兵たちは威勢よく応える。ヴァーツラフの周囲では、アキームをはじめとした側近たちが守りを固めて着実に前進。マーカスの隊も、近接戦闘を担う仲間たちの後ろに続きながら、器用に矢を放ち続ける。

 さらに後ろには領軍の歩兵たちが続き、負傷し、あるいは疲弊したラクリマ突撃中隊の将兵に代わって戦列を埋める。そして、フルーネフェルト軍の徴集兵たちも前衛の前進に倣う。

 敵側の徴集兵たちからすれば、不利な状況で懸命に戦っても、尽きることなく後から後から敵軍が湧いてくる状況。腹を空かせ、あるいは体調が悪い中でこんな戦いを強いられれば、士気を維持できるはずがない。

 アプラウエ軍が崩壊を開始したのは、それから間もなくのことだった。フルーネフェルト軍の前衛、ラクリマ突撃中隊を基幹とした正規軍人たちの猛攻に耐えかねて、彼らは壊走し始める。後方ではアプラウエ伯爵領軍の正規軍人や雇われた傭兵たちが督戦隊まがいのことをしているはずだが、敵徴集兵たちとしては、後ろから追い立てる味方よりも、正面から迫りくるフルーネフェルト軍の方が恐ろしいようだった。


 そうして正面ではフルーネフェルト軍が勝利しつつある一方で、アプラウエ軍もそのまま無抵抗では敗けてくれない。後方に控えていた騎兵部隊、およそ四十が動き出す。

 当初の偵察では、敵は六十人程度の騎士を動員していたはず。数が減っているのは、一部が本陣直衛に割かれているだけでなく、騎士からも体調不良者が出たためか。

 敵騎兵部隊は加速しながら、丘の斜面がより緩やかな、フルーネフェルト軍左翼側へと迫る。


 しかし、彼らがそのまま側面攻撃を果たすことはできない。このような事態を想定し、フルーネフェルト軍の側面には、騎乗突撃に対応する部隊が控えている。

 まず反撃するのは、冬のうちに急ぎ増産され、あるいは買い集められたクロスボウを装備した、およそ四十人の徴集兵から成る部隊。彼らは隊長を務める正規歩兵の命令に従い、迫りくる敵騎兵部隊へ一斉に矢を放つ。

 クロスボウ兵たちが射撃を終え、急ぎ下がるのと同時に、今度は八十人から成る長槍兵部隊が防御陣形を作る。前後二列を作り、石突を地面に突き立てるようにして強固に構え、槍衾を構築。

 徴集兵による部隊がこれほど効果的な部隊行動をとれるのは、冬の間に訓練を受けたため。クロスボウと長槍を与えられた徴集兵たちは、訓練において頭がいい、あるいは度胸があると見込まれて選ばれた精鋭だった。


 クロスボウの一斉射で騎士や馬が少なからぬ損害を負い、既に三十騎を割り込んでいるアプラウエ軍の騎兵部隊は、当初より勢いの衰えた突撃を敢行するも、槍衾の突破に失敗。下手に正面から突っ込んだ先頭集団はあえなく串刺しとなり、後続の騎士たちは怯んで足を止める。突撃を受け止めた長槍兵部隊の側も損害が皆無とはいかないが、崩れることなく持ちこたえる。

 そうしてアプラウエ軍の騎兵部隊が一時止まった隙を、フルーネフェルト軍も見逃さない。ティエリー率いる二十騎ほどの騎兵部隊は、敵騎兵部隊が自陣の左翼側に狙いを定めた時点で動き出しており、丘を下る勢いも利用して凄まじい破壊力を内包しながら敵騎士たちに迫る。

 この騎乗突撃を受ければ全滅必至と考えたのか、無事な者が二十騎強まで減ったアプラウエ軍の騎兵部隊は、馬首をめぐらせて退却を開始。フルーネフェルト軍の周囲から、敵騎兵部隊の脅威は去った。


 切り札になり得る騎兵部隊も効果を発揮できず、早くも策が尽きたアプラウエ軍は、これ以上何ら有効な手を打てない。最前列から徐々に壊走の流れが広がった徴集兵たちは完全に烏合の衆と化して散り散りになり、その後ろにいた傭兵たちも敗北を悟って逃げ出す。

 残る領軍正規歩兵たちはさすがに簡単に逃げ去りはしないが、多勢に無勢の状況で、勢いづいている敵軍と激突しては勝ち目はない。決して練度は低くないはずだが、実戦慣れしているラクリマ突撃中隊の猛攻には敵わない。最後方にいた弓兵部隊も、既に損害が大きく、近接戦では全く真価を発揮できない。

 瞬く間に損害を拡大させた敵正規軍人たちは、さほど持ちこたえられずに投降。アプラウエ軍の主だった戦力を無力化させ、フルーネフェルト軍の勝利は確定した。

 戦闘が終結したとき、ヴィーヴォ・アプラウエ子爵と直衛の騎士たちは既に戦場から逃げ去っており、その姿はなかった。


・・・・・・


「これほど少ない損害で勝利できたのも、ラクリマ突撃中隊が最前衛で奮戦してくれたおかげだ。今回もよくやってくれた、ヴァーツラフ」

「いえ。指揮官として当然の働きをしたに過ぎません」


 事後処理が進む中で、側近たちからの報告がなされる司令部天幕。ヴィルヘルムが労いの言葉をかけると、ヴァーツラフは謙虚な返事をする。


「ゴルジェイとマーカスも、素晴らしい活躍だったよ。君たちを迎え入れてよかった」

「ははは、そう言ってもらえると、気合入れて戦った甲斐がありましたよ!」

「……」


 ヴァーツラフが伴っている二人の部隊長は、それぞれ個性のある反応を見せる。ゴルジェイは豪快に笑いながら言い、その隣ではマーカスが静かに一礼する。


「そしてティエリーも。君の指揮のおかげで、敵騎兵部隊を迅速に撃退できたよ。さすがの実力だね」

「恐縮に存じます。今後も働きをもって忠誠を示してまいります」


 慇懃に答えるティエリーは、もはやフルーネフェルト伯爵家の側近の一人として認められている。

 今回の戦いの全体を見ても、フルーネフェルト軍の損害は少なく済んだ。死者は数十人。重傷者も百人に満たない。各部隊が連係して敵弓兵部隊や騎兵部隊を早々に無力化させ、ラクリマ突撃中隊が最前衛を担った結果だった。

 一方で敵側の死者も、意外なほど少ない。最前衛に立ったヴァーツラフやゴルジェイたちは、敵徴集兵の殲滅ではなく、怖気づかせ、痛めつけて追い払うことを目的として立ち回っていた。まったく殺さないのは不可能だったとしても、おそらくはこちらの将兵に殺された敵徴集兵よりも、逃亡を防ごうとする敵正規軍人や傭兵部隊に斬られた者の方が多い。

 派手に撃退されたように見えた敵騎士たちも、重装備であったために案外死んでいない。負傷しただけの者や、馬をやられて倒れただけの者も多く、死んだ者は十人に満たない。

 フルーネフェルト軍の努力と、アプラウエ軍の元々の士気の低さのおかげで、ヴィルヘルムはこれから傘下に加えるアプラウエ子爵領の者たちを極力殺さずに済んだ。


「……問題は、子爵当人だね」


 逃げ去ったヴィーヴォの顔を思い浮かべながら、ため息交じりに呟く。

 アプラウエ子爵領も南部まで行けば、こちらは正確な地図を持っていないため地の利はヴィーヴォの側にある。まず間違いなく、捕縛する前に領都レコッサに逃げ込まれる。

 人口八千を数えるレコッサとその周辺を確保しておけば、アプラウエ家ももう一戦する程度の余力はある。次は事前の小細工をすることも叶わず、真正面から戦って打ち破るしかない。

 とはいえ、あの戦場でヴィーヴォを捕えることは難しかった以上、この状況も仕方のないことだった。


「とりあえず、軍を南進させる準備を進めながら、アプラウエ子爵領の北部を掌握していこう。占領地の民からも徴集兵を募って戦力の強化を」

「御意。エレディア商会と連係し、直ちに進めてまいります」


 ヴィルヘルムの指示に、領軍隊長のエルヴィンが答える。

 これから占領地となる北部の民には、北部一帯を見捨てて逃げ去ったヴィーヴォの卑劣さが喧伝され、ヴィルヘルムが誠意と慈悲を持った為政者として新たに君臨することが宣言される。例のごとく、民の支持を得るための減税についても併せて布告される。

 そうして手懐けた旧アプラウエ子爵領北部の民からも兵を募り、兵力を増しつつさらに南進。ヴィーヴォが再戦に臨んでくるのであれば受けて立つ。


 ヴィルヘルムがそう考えながら、占領地の掌握とさらなる南進の準備を進めさせていた数日後。アプラウエ子爵家より、交渉を求める使者が送られてきた。

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