第56話 西進⑦ 戦後処理(後)
「しばらくの間、ということは、いずれ私は別の仕事を任されることになるのかな?」
「そのつもりです。僕は今後、もう少し南までフルーネフェルト家の直轄領を増やすつもりでいます。それらの地域と旧リシュリュー伯爵領からの徴税実務について、伯父上にお任せしたいと思っています。その過程で、旧リシュリュー伯爵家の官僚から何人か頼りになる部下を選び出してもらいたい。そして数年以内には、その部下たちを連れてユトレヒトに移り、直轄領からの徴税機能をユトレヒトに集約してもらいたいのです……そうして最終的には、僕が建国する国の徴税長官として、国家運営において極めて重要な徴税実務を統括してもらえればと思っています」
「なんと、一国の長官職を私に与えてくれるのかい?」
やや大仰に驚いてみせるラウレンスに、ヴィルヘルムは頷く。
「はい。子供の頃から伯父上には可愛がってもらいましたし、僕が成り上がりを開始したばかりの今のうちから全面的に味方になってもらいましたから。この恩はしっかりお返ししますよ。ファルハーレン家の爵位についても、いずれは役職に相応のものに格上げし、今後も代々要職を担ってもらえればと思っています。立場に相応しい仕事量を任せることはなりますが、その職務をもってフルーネフェルト家への貢献とし、臣従を為してもらえればと」
宮廷における役職。そして小さいとはいえ、収入源となる領地。前者は義務であると同時に褒美でもある。後者に関しては、領地の立地や当主の立場を活かせば今後は目に見えて発展し、それに伴って税収も増える。これだけのものを安堵されれば、初代君主の外戚としては十分に重んじられていると言える。
ヴィルヘルムとしては、信用のおける親族を宮廷に迎え、要職を任せる人手を確保できる。このままではハルカの負担が重くなりすぎるために、それなりの立場があり、領地運営の実務に詳しい人材が必要不可欠。まだ弱小とはいえ貴族家の当主であり、自領を何年も治めてきたラウレンスならば、ヴィルヘルムの求める働きをしてくれる。
そしてもうひとつ、利点がある。内政に関する権力を譜代の臣下であるハルカと外戚であるラウレンスに分散させることで、互いを監視させ、不正を防止することができる。
ハルカやラウレンスが裏切るとはヴィルヘルムも思っていない。その子の世代くらいまでは、おそらくは問題ない。しかし、孫以降の世代となると、ヴィルヘルムが直接見守ることができないのでどうなるか分からない。
純粋な官僚として数代にわたってフルーネフェルト家に仕えるハルカの家と、自前の領地を持つファルハーレン家は、立場も価値観も大きく異なるのでそう簡単に癒着はしない。結託して不正に及ぶ可能性は低い。永遠に腐らない官僚機構を作ることは不可能だとしても、腐敗を先延ばしにして国を長生きさせるために、打てる手は打っておきたかった。
「ただ、それとは別で、戦時には領地規模に相応の軍事的な助力をお願いしたく。領地を安堵する関係上、他の領主貴族たちに課す義務を完全に免除するというのは、なかなか難しいと思うので……」
「もちろんだとも。軍役は最も基本的な貴族の義務だからね」
ヴィルヘルムが申し訳なさそうな顔をしてみせると、ラウレンスは快く頷いてくれた。
「それにしても、ありがたい話だ。帝国では無名の小貴族に過ぎなかった私に、こんな明るい将来が待っているとは……持つべきものは、才覚溢れる甥だな」
「伯父上のためにも、建国に向けて邁進します。どうかこれからも助けてもらえれば幸いです」
「もちろんさ。ここまでくれば、我がファルハーレン家もフルーネフェルト家と一蓮托生。神の御許から見守っている妹のためにも、これからは君の臣下として全力を尽くそう」
ヴィルヘルムとラウレンスは笑顔で握手を交わし、話し合いを終えた。
・・・・・・
それからの数日で、ヴィルヘルムはルールモントと岩塩鉱山の掌握を進めた。
ラウレンスをはじめとした男爵家当主たちは軍勢と共に帰還してもらい、フルーネフェルト伯爵領から動員した徴集兵たちも帰らせた。同時に、ユトレヒトからハルカをはじめ数人の文官を呼び寄せ、自身も領軍と共にルールモントに留まり、キールストラ子爵家から統治を引き継ぐために細かな仕事に臨んだ。
キールストラ子爵家に仕えている官僚たちの整理も、数日でほぼ完了する。
子爵領軍の五十人のうち、領軍隊長である騎士は主家と共に出ていくことが決まっている。その他の軍人たちのうち、ルールモントに残留してフルーネフェルト伯爵領軍に加わることを決めたのは騎士が五人と兵士が二十人。多くはルールモント出身者だが、なかには仕え慣れたキールストラ子爵家に付き従って故郷を去る決意をした者も、逆に都市部で暮らすことを望み、家族ごとルールモントへ引っ越してまでフルーネフェルト家に仕えることを選んだ者もいる。
この二十五人を統括するため、ヴィルヘルムは後々譜代の騎士を一人ルールモントに残し、当座の指揮を任せることにした。
文官については、追放される筆頭文官の他に数人がキールストラ子爵家に付いていくことを選んだ。それ以外の十数人は、全員がフルーネフェルト家に雇用されて引き続きルールモントで働くこととなった。
鉱山運営については、採掘の実務を担う技術者集団や、事務を心得た文官たちがいるため大きな問題はない。事務的な統括のために後々代官を置いた上で、ランツの管理から解放されたハルカが補佐を担う予定となっている。
また、キールストラ子爵家は鉱山の警備と採掘された岩塩の輸送のために、五十人から成る傭兵集団――ヴァーツラフの言うところの「行儀のいい傭兵」たちを雇用していた。彼らは給金を支払う雇用主に従うため、多少の昇給をした上でフルーネフェルト家が引き続き雇うことにした。いずれは正規軍人として迎えてもいいと、ヴィルヘルムは個人的に考えている。
ルールモントと岩塩鉱山の主が変わったことについて、ヴィルヘルムは都市の広場に立ち、新領主として自ら布告した。併せて、旧リシュリュー伯爵領のときと同じように、減税を行う旨の布告も。
それに対する住民たちの反応は上々だった。メルヒオールの敗北と逃走のせいでキールストラ子爵家に対する住民たちの評価が急落していたことで、新たに現れて減税を宣言したヴィルヘルムは彼らに歓迎された。
ルールモントから徴集され、戦場から壊走して未だ帰還できていない住民の保護回収にヴィルヘルムが努めていることも功を奏した。保護回収と言っても、やっていることは将兵を伝令に出し、適当な農村などに逃げ込んだ者たちに戦争が終わったことを伝え、ルールモントに連れ帰るだけなので大した負担はない。それで住民の評価を得られるのであれば安いものだった。
結果として、未帰還者もほぼ全員がルールモントに帰り、家族と再会できている。本格的に冬が始まるまでには、ルールモントから動員されたおよそ四百人の全員が帰還を果たす見込みとなっている。
諸々の仕事が一段落し、ヴィルヘルムが自領に帰還する目途が立ったのは、十一月も末に近づいた頃だった。
「十二月の半ば、雪が降り始めるまでに征服を完了できれば上出来だと思っていたけれど……四家の方から動き出してくれたおかげで、結果として早く済んだね。メルヒオール殿に感謝しないと」
帰還の前日。臣下たちとの話し合いの場で、ヴィルヘルムは呟く。
「これも、君たち三人が迅速に軍を統括してくれたおかげだ。ありがとう」
「いえ、我々は務めを果たしただけです」
エルヴィン、ヴァーツラフ、ティエリーの三人にヴィルヘルムが言うと、代表してエルヴィンが生真面目な顔で答える。
軍人は戦うだけが仕事ではない。彼ら指揮官たちは、行軍から野営に至るまで、全ての軍事行動において極めて有能だった。エルヴィンが領軍隊長として全体を統括し、ヴァーツラフとティエリーが補佐を担当。彼らの下で、その他の正規軍人たちが実務を担当。その結果、徴集兵たちを含めてフルーネフェルト軍をまとめ上げ、行軍させ、夜には野営地を設営させ、出発時にはそれを片付けさせ、戦場においては秩序をもって戦わせることができた。
今回の戦いを通して、フルーネフェルト軍は外征の経験を得た。
「それにカルメンも。君のエレディア商会なしでは、侵攻は叶わなかったよ」
「お役に立てて光栄です、閣下」
話し合いに同席していた御用商人のカルメンは、微笑を浮かべて言う。
進路周辺の村や都市から物資を買い集め、輸送してくれたのは、酒保商人の役割を務めたエレディア商会だった。彼女たちのおかげで、フルーネフェルト軍は人も馬も最後まで飢えたり凍えたりすることなく軍事行動をとることができた。
エレディア商会も、今回の侵攻を通して酒保商人としての経験を得た。軍勢への補給は商人が担うこの世界で、御用商人が外征を支えるノウハウを心得ていることは、ヴィルヘルムとしても非常に心強い。
「後のことはハルカ、しばらく任せるよ。できるだけ早く代官を送って、君も帰還できるようにするから」
「ありがとうございます。帰るまでに、ルールモントの行政と岩塩鉱山の運営が一通り回るようにしておきますね」
部下たちと共にもうしばらく残留するハルカは、にっこりと笑いながら答えた。彼女ならば有言実行してくれるのは確実なので、ヴィルヘルムも何も心配はしていない。
「さて……それじゃあ、僕も帰る準備を済ませないとね」
話し合いを終えたヴィルヘルムは、そう呟いて伸びをする。
ユトレヒトを発っておよそ四週間。これほど長い間アノーラと離れていたのは人生で初めてのこと。彼女がひどく恋しかった。
・・・・・・
帰路では何事もなく、ヴィルヘルムとフルーネフェルト伯爵領軍は無事にユトレヒトへ帰還を果たした。
「お帰りなさいませ、フルーネフェルト伯爵閣下。大勝利とご無事での帰還、心より嬉しく思いますわ」
「出迎えに感謝するよ。留守を守ってくれてありがとう」
臣下や使用人たちと共に出迎えを務め、領主夫人としての態度で言ったアノーラに、ヴィルヘルムも屋敷と領地の主として応じる。
出迎えの列を解散させ、屋敷に入り、私的な空間である居間まで移動したところで、アノーラが抱きついてくる。
「……お帰りなさい、ヴィリー。無事で本当によかったわ」
「ただいま、アノーラ。会いたかった」
愛する伴侶と抱擁し、口づけを交わす。夫婦として純粋に再会を喜び合う。
「ルーデンベルク侯爵家の宴の報告は聞いたよ。大過なく終わったようでよかった」
ヴィルヘルムが西への侵攻を行っている間に、ルーデンベルク侯爵家の屋敷では宴が開かれ、周辺の貴族領から当主の名代、外交官らが集まった。アノーラはナイジェルを連れ、ヴィルヘルムの名代としてその宴に参加した。
宴におけるフルーネフェルト伯爵家の目的は、新興の有力貴族としての顔見せ。ルーデンベルク侯爵家との協力関係の表明。そして、今後の自家の方針――さらに勢力を伸ばし、建国を成すつもりであることの明言。出席者たちとの交流をアノーラは無難にこなし、フルーネフェルト伯爵家としての立場を明言したと、書簡による報告はヴィルヘルムのもとにも届けられていた。
「特に大変でもなかったわ。集まったのはルーデンベルク侯爵家と友好的な貴族家の代表ばかりだったから。宴の目的自体、ルーデンベルク家との友好関係の確認と、情報交換が主だったようだし……私は新顔として、可愛がられるばかりで楽しかったわよ」
そう言って、アノーラはクスッと笑う。
「きっとあなたの方がずっと大変だったはずよ。色々あったでしょうから、詳しい話を聞かせて頂戴?」
「……まあ、そうだね。色々あったよ」
おそらくは気遣いもあって話を聞いてくれようとする妻に苦笑を返しながら、ヴィルヘルムは侵攻について詳細を語る。夕食までのひととき。夕食中。そして食後のひととき。落ち着ける和やかな空気の中、時系列にそって侵攻の過程を語ることで、自分が野望のために他領への侵攻を成したという事実を心の中で消化していく。アノーラは話に聞き入り、相槌や質問を適宜挟み、ヴィルヘルムが心で消化するのを助けてくれる。
「……今回は、自軍に犠牲を出さずに侵攻を終えることができた。だけどそれは、敵側が準備不足だったことと、ファルハーレン家という心強い味方が外部にいたこと、そして敵側の各貴族家とフルーネフェルト伯爵家に圧倒的な力の差があったことで叶った結果だ。冬明け以降は、きっとこう上手くはいかない」
ヴィルヘルムが侵攻の全てを語り終えたときには、二人はベッドの中にいた。アノーラの胸に頭を抱かれながら、ヴィルヘルムは呟くように最後の言葉を語った。
「大丈夫よ、ヴィリー。私はあなたの絶対の味方。あなたがどこで何をしても、帰ってきたあなたを、今までと同じように抱き締めるから。それだけはこの先も永遠に変わらないから……」
アノーラはヴィルヘルムの耳元に、優しく語りかける。
「……うん。ありがとう。愛してる」
何があっても。たとえこの先、凄惨な戦闘を伴う侵攻を自分が為したとしても。この手がどれほど敵味方の血で濡れても。彼女は自分を優しく迎えてくれる。
安堵を噛みしめながら、ヴィルヘルムはアノーラの背に手を回す。彼女と抱き合い、唇を重ね、そして肌を重ねる。
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