第55話 西進⑥ 戦後処理(前)
さらに翌日。フルーネフェルト伯爵家のルールモント別邸となった屋敷の会議室に、ヴィルヘルムは各貴族家の当主を集めた。
ラウレンス・ファルハーレン男爵、メルヒオールより爵位を継いだ若きキールストラ子爵と後見人の先代キールストラ子爵夫人、クラーセン男爵、マウエン男爵、オッケル女爵。
六人を会議机に座らせ、ヴィルヘルム自身は最上座に座りながら、傍らには護衛と補佐役を兼ねたエルヴィンを控えさせる。
これから始まるのは、征服された各家がフルーネフェルト家に臣従する条件を決める会議。
「四家の当主諸卿、そう身構えなくていい。僕が提示する臣従の条件は、これまでロベリア帝国貴族として生きてきた僕たちが皇帝家から求められていたものと、そう変わらない」
各家を従わせる新たな主家の当主として、今日からはあえて尊大な口調でヴィルヘルムは語る。
フルーネフェルト家に抗議し、敵対した四家の当主たちは、やや緊張した様子でヴィルヘルムの言葉を聞く。ヴィルヘルムの伯父であり、最初から味方についているラウレンスだけは、彼らの様子を他人事として眺めながら、気楽そうな顔をしている。
「帝国貴族の皇帝家に対する義務は、忠誠と、その証明としての軍役。対価として安堵される権利は、領地における徴税権をはじめとした内政全般の自治権。僕が勢力を拡大し、いずれ建国を成す中で傘下に収める貴族たちへの要求も、基本的には同じものだ……ただ、フルーネフェルト家より西の四家に対してだけは、少し形を変えて義務を果たしてもらいたい。ずばり言うと、税の上納を求める」
ヴィルヘルムの言葉に、四家の当主たちは顔を見合わせた。
「諸卿の領地は人口規模が小さい。そして、今後僕が南へと勢力を広げていく上で、戦場は諸卿の領地からどんどん遠くなっていく。手勢に加えて徴集兵を連れ、軍役の義務を果たすのは、諸卿にとって相当な負担になるはずだ。なので、一定の金や物資を出してもらい、それをもって軍役の代わりとしてほしい」
他国に対抗して自立を維持するためにも、傘下の貴族たちに言うことを聞かせるためにも、何を置いても必須なのが暴力――すなわち軍事力。軍事力をできるだけ掌握することが、強い君主家を作り、中央集権を成すために最も重要。前世の歴史を見ても、これはひとつの真理であるとヴィルヘルムは考えている。
西にある貴族領群には金や物資を収めさせ、それを原資に直轄領における常備軍の規模を拡大させ、戦時のための徴集体制も整える。ヴィルヘルムとしては、各家に兵力や武器、馬などを常備させて戦時に動員するよりも、各家から金を取ってフルーネフェルト家が直接備える軍事力を増すかたちをとる方が、兵力をコントロールしやすいために都合が良い。
そして、こうしておけば四家の財力や軍事力を削って反乱の芽を摘むこともできる。ユトレヒトから離れた要所となるルールモントと岩塩鉱山の安全性も増す。四家の当主たちとしても、身辺警護と治安維持のためにごく僅かな手勢を維持し、戦争用の軍事力は主家であるフルーネフェルト家に一任する方が楽になる。これは両者にとって利益のある提案だった。
ヴィルヘルムとしては、今後もし可能な場面があれば、下った貴族に対して同じような臣従の条件を突きつけるつもりでいる。なかなかそう上手くはいかないだろうが。
「具体的には、各家の税収の一割を現金あるいは麦で納めてもらう。ただし、マウエン男爵家については五分でいい。他家よりも優遇することと引き換えに、土壇場で寝返ってもらったからね。僕は約束を守る人間だよ」
マウエン男爵が気まずそうな顔を見せ、他の三家の当主たちは微妙な表情を彼に向ける。
これで、四家の中で最も抱える人口が多い状況となったマウエン男爵家は、裏切りの前例もあって他の三家から敬遠される。結果、四家が団結してフルーネフェルト家に逆らってくる可能性が小さくなる。
「上納の額については、各家の過去三年の税収の平均をとって定める。もちろんキールストラ子爵家に関しては、ルールモントの税収は除く。今後はどの家も農業からの税収が基本となるだろうから、凶作の年には減額なども考慮しよう。豊作の年に割増しで上納することは求めないので安心してほしい。上納額は五年ごとに、過去五年の税収の平均をとるかたちで改定する」
このように定めれば、各家が上納額の増加を嫌って意図的に領地の開発を止めたり、ある年だけ極端に領地運営の手を抜いたりするようなこともない。着実に開墾と人口増加に努め、自家の収入を増やそうとするはず。それは結果としてフルーネフェルト家の利益にもなる。ヴィルヘルムはいずれクローバーを用いた農法についても彼らに詳細を明かし、彼らの領地を発展させた上で自身の税収も増やすつもりでいる。
「今は亡きマルセル・リシュリュー伯爵などは、西進して僕たち小貴族家を傘下に収め、もっと容赦のない要求を突きつけるつもりだったようだ。それと比べれば、僕の求める条件はごく常識的な範囲のものだと思う……君たちの方から、何か意見はあるかな?」
「……では閣下、キールストラ子爵の後見人として、ひとつお願いが」
発言したのは先代キールストラ子爵夫人だった。ヴィルヘルムが頷いて促すと、夫人はさらに続ける。
「先代当主である我が夫メルヒオールは、止むを得なかったとはいえ戦場から真っ先に退避したために、徴集した領民たちを見捨てたかたちとなり、結果としてキールストラ子爵家は求心力を損ないました。そのため、我が家が今後安堵される領地について、民に当代子爵の誠意を示して求心力を回復するために、一割の減税を行いたいと考えています。上納額について、減税後の税収を基準に定めていただくことはできないでしょうか」
問われたヴィルヘルムは考える。
経済のためにも民のためにも、税は少ないに越したことはない。領主の誠意を見せるために減税を行う、というのはヴィルヘルムの価値観にも沿うものであり、夫人の考え方は個人的に好ましかった。
実際に減税をしているかは、後々少し調べれば分かる。そのことは夫人も理解しているはずなので、嘘を言って上納額を誤魔化そうとしている可能性は考えなくていい。
「いい心がけだね。認めよう」
「ありがとうございます、閣下」
ヴィルヘルムが笑顔で答えると、夫人は恭しく一礼し、子爵も母に倣った。
その後、ヴィルヘルムたちはいくつか細かい事項について話し、より実務的な部分の話し合いについてはハルカたち文官に引き継ぐことで同意し合う。
「では、最後にひとつ言っておきたい……諸卿に限ってそのようなことはないと信じたいが、これからは動乱の時代。僕も貴族としては未だ成り上がりの身だからこそ、下剋上を警戒しないわけにはいかない。そこで君たちに、あらかじめ伝えておく。武力による反乱に対しては容赦しない。反乱を起こした貴族家の当主は公開で斬首し、一族は領地と全財産を没収の上で我が支配域から追放する」
ヴィルヘルムがそれまでと変わらない口調で言う一方で、四家の当主たちは緊張を示した。リシュリュー伯爵家の末路を見れば、これが脅しではないことは彼らにも分かる。
「そして、他家が反乱を企んでいることに気づいた者、他家から反乱を持ちかけられた者は、僕へ密告してほしい。密告するだけでいい。密告の内容が事実となって反乱が発生し、それが鎮圧された後、接収した財産と領地の一部を密告者に分け与えよう」
密告が真実であると自ら証明する必要はなく、ただ密告するだけでその家は大きな利益を得る。こう言っておけば、ヴィルヘルムがよほどの圧政を為して四家の当主たちを追い詰めない限り、二家以上が手を組んで逆らうことが極めて難しくなる。そして、反乱が実際に起こることを利益分配の条件としておけば、虚偽の密告などを行う者もいない。
一連の戦いを通して、マウエン男爵家が裏切り者になり果てたり、クラーセン男爵家が結果として時間稼ぎの犠牲にされたりと、四家の間には新たな禍根も生まれた。この上で密告を奨励されれば、フルーネフェルト家がよほど弱らない限り、四家が協力して反旗を翻すことはない。信用できない他家と手を結んで危険な賭けに出らずとも、堅実に領地運営に臨んでおけば、軍役さえ免除されて平穏に生きることができるのだから。
これで、現在のフルーネフェルト伯爵領の西側一帯、そして重要な直轄地たるルールモントと岩塩鉱山の安全は確保された。
「僕から伝えるべきことは以上だ……元は同じ一族から派生した六家、今後も力を合わせ、互いに利益を共有しながら動乱の時代を生き抜こう」
笑顔を作ってそのように語り、ヴィルヘルムは会議を締める。四家の当主たちに退室を許し、そして今度はラウレンスと向き合う。
「さて、ヴィルヘルム。いや、フルーネフェルト伯爵閣下。私は何をもって臣従の証とすればいいでしょうか?」
「あはは、私的な場では今まで通りの口調で、ヴィルヘルムと呼んでもらって構いませんよ……伯父上に税の上納を求めるわけにはいきません。ファルハーレン男爵領については、これからも今まで通りに治めてください。そして、伯父上には私の補佐役の一人として、ひとつ仕事を担ってもらいたいと思っています……しばらくの間、ランツの代官をやってもらえませんか?」
ヴィルヘルムの言葉に、ラウレンスは小さく片眉を上げてみせた。
「なるほど、ランツか……」
「今年はまだいいとしても、来年には徴税作業があります。いずれはユトレヒトを拠点に直轄領全域の徴税を行えるようにしたいですが、旧リシュリュー伯爵領での徴税に関しては、まだしばらくはランツを拠点にしなければなりません。となると、さすがに僕から全権を預かる代官が不在というのは無理があります……そして南に勢力を広げていく上で、侵攻準備の拠点にするのは地理的にランツの方が都合が良い。政治的にも軍事的にも、今しばらくランツは要衝となります。なので、信頼できる伯父上に代官を務めてもらいたいのです」
ヴィルヘルムには家族親族が少ない。特に、拠点であるユトレヒトを恒常的に離れて動ける者が足りない。今のところただ一人の家族であるアノーラには、今後ユトレヒトの屋敷を空けることが増える当主に代わって領都の統治を担いつつ、世継ぎを産み育てるという重要な役割がある。
ランツを預けるとしたら、最もあてにできるのが伯父のラウレンスだった。
新たに直轄地となったルールモントと岩塩鉱山に関しては、親族とはいえ他の貴族家の人間であるラウレンスに現段階で預けるのはさすがに不安がある。そちらの代官は後々適当な譜代の臣下を充てるとして、ひとまずの掌握はハルカに任せる。ラウレンスをランツの代官にするのは、ハルカをランツの行政実務から解放してルールモントに注力させるためでもあった。
「もちろん、代官職を任せるにあたり、フルーネフェルト伯爵家から相応の給金を支払います。代官になればランツの富裕層との交流なども生まれますから、それなりに役得もあるでしょう。なかなか割のいい仕事だと思いますが、どうですか?」
「私がランツの代官になれば、我が家の収入は大幅に増えることになるか……うちの嫡女も領地運営の仕事は一通り覚えているから、ファルハーレン男爵領を任せておく分には問題ない。この申し出、是非とも受けさせてもらうよ。全身全霊で務めることで、フルーネフェルト伯爵家への忠誠を証明させてほしい」
「よかったです。そう言ってもらえると思っていました」
にこやかに言ったラウレンスに、ヴィルヘルムも笑顔で返した。
ラウレンスの娘、すなわちヴィルヘルムの従姉は、ヴィルヘルムの四歳上。年齢的にも能力的にも、何ら問題なくファルハーレン男爵領の領主代行を務められる。ヴィルヘルムとしても、それも見越してラウレンスにこのような打診をしている。
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