第41話 現状報告

 公開処刑の翌日。マルセルとロクサーヌの遺灰がリシュリュー家の墓に納められ、令嬢が領内辺境の教会に送り出され、追放される者たちがランツを去っていった後。


 ランツの屋敷の広間で、ヴィルヘルムは騎士叙任式を執り行っていた。

 叙任されるのは、決戦を生き残ったラクリマ傭兵団の傭兵四十四人のうち、幹部をはじめ騎乗戦闘の心得のある者たち。ヴァーツラフやアキームなど合計十二人。


「――我、ヴィルヘルム・フルーネフェルトは、フルーネフェルト伯爵家の当主として、ここに並ぶ十二人を騎士に任ずる。これは神の御前にて交わされた誓約である」


 片膝をついて首を垂れるヴァーツラフたち全員の肩に、家宝の剣で触れた後、ヴィルヘルムは宣言した。

 この宣言をもって、ヴァーツラフたちは正式に、フルーネフェルト家に仕える騎士となった。

 ヴィルヘルムの傍らに並ぶのは、アノーラやエルヴィン、ハルカやナイジェル、カルメン、ジェラルド、そして聖職者たち。昨日の公開処刑に立ち会った顔ぶれが、そのまま集まっている。彼ら全員が、ヴァーツラフたちの騎士叙任の証人となっている。

 広間の後方には、叙任を受けない団員たちも並んでいる。彼らは今後、フルーネフェルト伯爵領軍の兵士として雇用され、正規軍人の立場と安定した給金を得る。


 ちなみに、団員たちの家族も、既に領外から呼び寄せられている。所帯持ちの団員は決して多くはないため、家族の人数は総勢で六十人ほど。皆、今後はフルーネフェルト伯爵領の領民として暮らすことになる。先の決戦で伴侶を失った者たちも、見舞金として生活を立て直せる程度の金額をヴィルヘルムより与えられ、この地で新たな人生を送る。

 騎士となる者たちの家族は、叙任式に立ち会っている。ヴァーツラフの妻と二人の子も、家長が根無し草の傭兵から、貴族に仕える騎士となる様を見届けている。

 彼の子供は六歳になるという娘と、まだ五歳にも満たない息子。息子の方はいずれヴァーツラフの後継者になることを期待されており、そして娘の方は、行儀見習いを兼ねてフルーネフェルト伯爵家の屋敷に預けられ、将来に貴族令嬢となるための修行をすることになっている。まだ幼いことを考慮して、母親とは頻繁に会えるようにした上で。

 これは、ヴァーツラフが今後もヴィルヘルムを裏切らないための人質確保も兼ねている。数日前にヴィルヘルムが提案すると、彼も裏の理由を察したのか、フルーネフェルト伯爵家に逆らう意思がないことを示すように即時了承した。


「騎士ヴァーツラフ。約束は果たされ、僕たちは主従の契りで結ばれた。これから共に歩む道の先で、僕は一国の主に、君は一国の軍勢を率いる将軍になるだろう……君たちの忠誠を信じている。君たちの働きに期待している。忠誠には庇護を、働きには恩賞をもって報いよう」

「貴方様は我らが主。必ずや、閣下より頂く信頼と期待にお応えしてまいります」


 首を垂れたまま、ヴァーツラフは答えた。

 こうして、ラクリマ傭兵団はその活動の歴史に幕を閉じ、団員たちは新たに創設されるフルーネフェルト伯爵領軍の主力となった。


・・・・・・


 追放刑に処されなかったリシュリュー伯爵家の臣下は、文官がおよそ三十人、そして軍人が総勢で七十人弱。

 このうち、フルーネフェルト伯爵家に仕えることを決めたのは、文官が二十四人、軍人は騎士がティエリーをはじめ十一人、兵士が三十三人だった。それ以外の者たちは職を辞し、別の人生を選んだ。

 旧リシュリュー伯爵領軍の兵士のうち、先の決戦に参加した者たちには、多少の退職金を握らせた上で辞めるよう促した。

 自領の軍人や民の心情を考えると、たとえリシュリュー伯爵家と近しい関係でないとしても、直接侵攻に臨んだ者たちを兵士として歓迎するのはさすがに厳しいと考えてのことだった。彼らも残るのは気まずいと考えたのか、渡された退職金に納得し、全員がこの地を去っていった。

 残留したティエリーたちは、リシュリュー伯爵家への忠誠心は薄かったとはいえ、元は敵軍の軍人であったために信用度で劣る。彼らには今後の戦い――例えばフルーネフェルト伯爵領の西にある小貴族領群を傘下に収めるための戦いなど――で一際の奮戦をさせ、必要十分な忠誠心があることを証明させるつもりでいる。


 ヴィルヘルムとしては、譜代の騎士たちのような強い忠誠心を、彼らにまで求めはしない。よほど理不尽なものでない限りは命令に従い、規律を保ち、立場相応の働きを示してくれれば十分だと思っている。忠誠を誓う理由は給金や褒賞のためでも、栄達のためでも構わない。

 文官たちについても。彼らが残った理由は、単に生活のために慣れた仕事を続けたいのか、あるいは出世の機会に釣られたのか、おそらく多くの者はそのようなところ。建国という自分の野望に共感して仕官を決意した者は、皆無ではないと思いたいが、いても少ないはず。

 それでもいい。主がどのような野望を抱いているか分かった上で仕えると決めてくれたのであれば、今は十分。主従として年月を重ねながら、より強い信頼関係を築ける者がいれば幸甚だと、ヴィルヘルムはそう思っている。


 こうして臣下の整理が一段落した後、ヴィルヘルムは一度ユトレヒトに戻り、フルーネフェルト伯爵家の屋敷で臣下たちとの会議を開いていた。

 集まっているのはアノーラと、武官の代表としてエルヴィンとヴァーツラフ、文官の代表としてハルカ、ナイジェル、家政の責任者としてヘルガ。そして御用商人カルメンと、フルーネフェルト劇場の代表としてジェラルド。

 場所は子供の頃から暮らしてきた屋敷の会議室。旧リシュリュー伯爵家の臣下もいない。ヴィルヘルムとしては安心できる空間だった。


「それでは、まずは私から、財政面の話をさせていただきますね」


 ハルカが起立し、書類を手に語り始める。


「リシュリュー伯爵家から接収した財産と、伯爵家の重臣たちが運びきれずに残していった財産を合わせると、およそ二億三千万ターラーになります。旧リシュリュー伯爵領の運営に必要な予算を差し引いても、一億五千万が残ります。まだ現金化できていない不動産なども含む概算ですが……これらの余剰資金は兵力増強と、旧リシュリュー伯爵領民への減税に使われる予定です」


 リシュリュー伯爵領では、税収の多くを占める農業税がフルーネフェルト男爵領よりも高い。より正確に言えば、フルーネフェルト男爵領の農業税が帝国の平均よりもやや低い。数年前、領内の収穫量増加に伴い、ステファンが経済活性化を見込んで税を下げた結果だった。

 なのでヴィルヘルムは、来年より旧リシュリュー伯爵領の農業税も一割ほど減免し、フルーネフェルト伯爵領全体で農業に関する税率を統一することにした。

 一時的な税収減少は余剰資金で補填できる。旧リシュリュー伯爵領にもクローバーを活用した農法を導入すれば、そう遠くないうちに農業収穫量そのものが増加し、税収はむしろ増える。そして税率が減れば、領民の可処分所得が増える。

 国を築いた後も、直轄領の税が軽ければ民は豊かになり、結果としてフルーネフェルト家の力も強まる。そのように考えたからこそ、ヴィルヘルムは減税を決めた。領内経済を活性化しようとした亡き父や、前世で自分が生きた国の失敗も参考にしつつ決断した。

 もちろんこの減税には「新しい領主様は善い領主様」という実感を旧リシュリュー伯爵領民に与える狙いも込められている。

 ちなみに、ヴィルヘルムはマルセルのように、家格の維持に大金を注ぎ込むつもりはない。どうせこれからは社交の機会も大幅に減り、華やかさよりも強さが求められる。贅沢品が必要な場合はリシュリュー伯爵家から奪った品々で間に合わせ、威信の誇示は武をもって行う。


「旧リシュリュー伯爵領の行政面の管理については、こちらから監督役を送った上で、基本的には向こうの文官たちに任せます。私も定期的に様子を見にいきます。管理職が一斉にいなくなって人手も減ったので最初は混乱も起こるでしょうが、税の回収と、街道や橋の管理だけは最低限行うつもりです」


 治安維持を除けば、領主貴族の最も大きな仕事は税の管理と、公共設備――特に交通を支える街道と橋の管理。究極的には、この二点がしっかりしていれば領内社会は回る。なので、一時的に他が疎かになっても、まずはその二点に集中するようヴィルヘルムはハルカに命じていた。

 税や公金の横領は、金額によっては死罪。そう宣言した上で、リシュリュー伯爵家から鞍替えした文官たちは全員を昇進あるいは昇給させている。彼らも基本的には真面目な官僚なので、待遇を改善された上で危ない橋を渡る愚か者はおそらくいない。


「後は、えっと……ひとまず私からは以上です」

「では、次は私から」


 そう言って立ち上がったのは、ナイジェルだった。


「帝国中央部に送っていた部下たちの報告によると、宮廷はほとんど機能不全に陥っているそうです。宮廷貴族たちはそれぞれの派閥に分かれて政争をくり広げ、帝国軍も各派閥に分裂し、今後は宮廷貴族たちの私兵になり果てるものと思われます。また、第一師団の将軍シュヴァリエ侯爵は自身に忠実な将兵を引き連れて帝都を離れ、独自に動き出しているそうです」

「帝国東部で勢力を拡大したいフルーネフェルト家としては、中央部の混乱はむしろありがたいことだよ。宮廷貴族たちの四つ巴の争いにシュヴァリエ侯爵も加わるとなれば、戦いは間違いなく長引く。彼らが東部の動乱に干渉する余裕はないだろう……皇帝家が機能不全なら、僕が勝手に伯爵を名乗り出したこともお咎めなしだね」


 ヴィルヘルムがいたずらっぽい笑みを浮かべて補足すると、集った一同から笑いが起こる。


「次に今後の外交方針ですが、フルーネフェルト家としてはルーデンベルク侯爵家とノルデンシア公爵家の双方に接触し、フルーネフェルト家の躍進に対する両家の反応を見る予定です」


 再びナイジェルが口を開き、ヴィルヘルムの決めた方針を説明する。

 ヴィルヘルムはルーデンベルク侯爵家とノルデンシア公爵家のいずれかと手を結びたいと考えているが、後者の場合、その友好関係は永続的なものになり得ない。

 亡きマルセルがフルーネフェルト男爵領への侵攻に臨んだのは、ノルデンシア公爵家から助力を得たことがきっかけ。侵攻に深く関与した公爵家と、ヴィルヘルムは仲良く共存していくつもりはない。もし一時的に公爵家と手を結ぶとしても、建国後は容赦なく敵対するつもりでいる。自分の代でそこまで至るかは分からないが、最終的には滅亡させる。


「まずは距離的に近しいルーデンベルク侯爵家と、速やかに接触するつもりです。私がフルーネフェルト家の使者として赴きます……ちなみに、私は今後、正式にフルーネフェルト伯爵家の外交官を務めることになりました」


 ナイジェルが愛嬌のある照れ笑いを見せながら言うと、臣下たちからは拍手や称賛の言葉が送られた。ヴィルヘルムも、アノーラと一緒に拍手をしてやった。

 これまでのフルーネフェルト家は外交の機会も少なく、せいぜい近隣の貴族家に時おり使者を送る程度。その役目はステファンの名代として、エーリクやノルベルト、政治色の薄い用件の際はヴィルヘルムが担っていた。

 しかし、動乱の時代に入れば戦いの機会と同程度に外交の機会も増え、正式な外交官が必要不可欠となる。そこでヴィルヘルムが抜擢したのがナイジェルだった。

 ナイジェルは貴族家の従士として一通りの礼儀作法を身に着けており、人当たりがいいので他家の要人と会わせる役割に向いている。長年にわたって情報収集を担ってきただけあって、頭の回転も速い。帝国東部や中央部の地理にも詳しい。彼以上の適任者はいなかった。

 今後、ナイジェルは外務全般の責任者となり、フルーネフェルト家の協力者である行商人たちも統括しながら、外交実務と情報収集を担うこととなる。


 ナイジェルと入れ替わりで、今度はエルヴィンが立ち上がる。


「次は私から、軍事に関して簡単に報告を。創設時点でのフルーネフェルト伯爵領軍の兵力は、騎士が三十六人と兵士が五十五人。ここに、フルーネフェルト伯爵領内で募った新兵を加え、さらには騎士ヴァーツラフの伝手で信用のおける傭兵を勧誘し、領軍の規模を拡大する計画です」


 今後の勢力拡大において、軍事力は最重要。先陣を切って突撃できる攻撃部隊や、フルーネフェルト家を守る親衛隊、徴集兵たちの小隊長や分隊長となる叩き上げの正規兵が必要となる。

 フルーネフェルト家の手勢は増え、正式に領軍を創設するに至ったが、数としてはまだまだ心許ない。なのでヴィルヘルムは、領民から募兵し、傭兵を正規軍人として登用することで、常備兵力の規模を拡大しようと考えていた。

 旧ラクリマ傭兵団は、そのまま精鋭の攻撃部隊として育てる。そして手っ取り早い戦力増強の手段として、ヴァーツラフに「行儀のいい傭兵」の知り合いを勧誘させる。

 自家の護衛はエルヴィンをはじめ譜代の騎士たちで固め、いずれそこに信用度の高い者――旧フルーネフェルト男爵領民などを加えるつもりでいる。

 その他の一般部隊は、働きを見て信用度を判断した上で、ティエリーなど外様の臣下に指揮権を預けるつもりでいる。

 こうすれば、将来的には軍部の権力がエルヴィン、ヴァーツラフ、その他の者たちに分割されることになる。誰かの発言力が高まりすぎる事態や、常備軍の主力が一致団結して裏切る事態などをある程度予防できる。

 これだけ一気に軍拡を為せば、おそらくは抱える兵力規模が領地の人口に不釣り合いなものとなるが、それも一時的なこと。将兵を雇い続ける費用については、軍資金もあるのでしばらくは心配ない。勢力を拡大していけば、税収や事業収益で十分に兵力を維持できるようになる。


「領軍とは別で、戦時に素早く民兵を徴集する体制なども、閣下よりご発案をいただき具体的な計画を立てています。平時から成人男子を定期的に集め、部隊分けして訓練を施し、戦時も迅速かつ機能的に徴集兵を動かせるようにする予定です。都市部とその近郊で、早ければこの冬より試験的に開始します」


 説明を終え、エルヴィンは着席する。

 その後、ヘルガやカルメン、ジェラルドからも細かな報告がいくつかなされる。全員の報告が一段落すると、内政、外交、軍事、家政、商業など各部門で調整すべき事項について、話し合いが進められる。

 その話し合いも一段落した、ちょうどそのとき。会議室の扉が叩かれ、入室許可を求める呼びかけがあった。ヴィルヘルムが許すと、入室した騎士は敬礼し、口を開く。


「会議中に失礼いたします。先ほど、ランツより重要報告が届きました……ジルヴィア・ルーデンベルク侯爵が、フルーネフェルト閣下との面会を求め、数日中にランツへ参上されるそうです」

「……そうか、向こうから来るか」


 思っていたよりも早かった。そう思いながら、ヴィルヘルムは呟くように言った。

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