第40話 処刑②

「感謝するぞ。心から感謝する……最後にひとつ、明かしておこう。貴方の父、ステファン殿の最期だ。私は彼を殺していない。もっと卑怯なことをしようとした。貴方を動揺させ動きを封じるために、ステファン殿を人質にしようとした。それを知ったステファン殿は、護衛を務めていた側近に自分を刺し貫かせたのだ。彼にしてやられた私は、間抜けよりは冷酷な卑怯者になる方がましと考え、自らの意思で彼と護衛を殺めたことにした」


 マルセルの言葉は、ヴィルヘルムに強烈な衝撃をもたらした。

 思わず、傍らに立つエルヴィンを振り返る。共に父親の最期の真実を知ったエルヴィンも、驚いた表情でヴィルヘルムを見返す。


「ああ、その騎士はステファン殿の側近の息子か。なるほど確かに顔が似ているな。あの側近の忠義は見事だった。あれは誰にでもできることではない……ステファン殿と側近の最期は、それが真実だ。表の歴史には残らずとも、貴方たち息子には知っておく権利があるだろう」


 マルセルはそこで、深い深いため息を吐く。


「思えば、側近に己を殺させたステファン殿のあの行動が、私たちの勝敗の決め手だったのかもしれないな。あれさえなければ、私はきっと貴方に勝っていた」

「……ええ、私もそう思います」


 ヴィルヘルムは寂しげな微笑を浮かべた。

 臣下と領民の血を流さずに事態を解決するため、僅かな望みに賭けて敵のもとへ赴いた父ステファンが、無惨に殺された。そのことへの衝撃がなければ、父の遺体を前に湧き起こった感情がなければ、きっと自分はこれほど強い決意を抱くことはできなかった。

 決意を持たないまま、人質にされた父を目の当たりにしていたら。きっとリシュリュー軍とまともに戦うことはできなかった。そうなれば、勝者はマルセルだった。

 フルーネフェルト男爵領の征服を成し遂げたマルセルが、その後己の野望を叶えた可能性は、決して低くはないだろう。

 父ステファンは、己の命と引き換えに勝利したのだ。


「父の最期を教えてくれたこと、感謝します。マルセル殿」


 ヴィルヘルムが言うと、マルセルは気にするなとでも言うように首を小さく振った。

 フルーネフェルト男爵家の当主として、父と兄、騎士と領民を殺めたマルセルを許すことはできない。決して許しはしない。

 しかし、野望を抱いた一人の人間としては、ヴィルヘルムは彼の覚悟と潔さを好ましく思った。


・・・・・・


 刹那の中でマルセルとの対話を振り返ったヴィルヘルムは、そして剣を振り下ろす。

 エルヴィンの指導で振り方の練習をしていたおかげもあり、この日のために刃がよく研がれていたこともあり、見事に一撃でマルセルの首が落ちる。


 ヴィルヘルムにとって、初めて自らの手で人を殺した瞬間だった。


 前領主の斬首を受けて、広場には今日一番の歓声が巻き起こる。爆発的な歓声の中で、ヴィルヘルムはマルセルの首を拾い上げ、一度高々と掲げる。

 そして、速やかにマルセルの首と遺体が片づけられる。ヴィルヘルムはアノーラを演台に呼び、隣に寄り添わせる。新たな領主とその妻として、二人で群衆の前に並ぶ。


「今日、リシュリュー伯爵家の歴史は終わった! この地は新たに、フルーネフェルト家のものとなった! この私、ヴィルヘルム・フルーネフェルトこそが、この地の新たな領主である……そしてここに宣言する! 私は今日より、フルーネフェルト伯爵を名乗ることを!」


 事前に考え、側近たちとも話し合った上での決断を、ヴィルヘルムは語る。

 今後さらに勢力を広げていく上で、家名の格は軽視できない。男爵家を名乗りながら、子爵以上の貴族に自分の支配を納得させるのは難しい。

 なので、伯爵を名乗る。本来は皇帝家に認められずして陞爵することはできないが、帝国が崩壊し始めた今、手続きの正当性の価値も薄れていく。見栄よりも実力が重視される時代の中では、爵位に見合う力を持ち、周囲の貴族たちに認められれば、名乗りには相応の権威が伴う。

 いずれは一国の君主を名乗るつもりである以上、まずは自分が伯爵に値すると周囲に認めさせなければならない。そのための手は、既にいくつか考えてある。


「フルーネフェルト伯爵家の当主として、ここに誓おう! 私は妻と、臣下たちと、そして領民諸君と力を合わせ、この地を守り発展させていくと! 諸君の庇護者として、より良い未来をこの地にもたらすと!」


 ヴィルヘルムが宣言すると、群衆は目を輝かせながら手を振り、新たな為政者に応える。まだ何も成していない新領主を、期待感だけで熱烈に歓迎する。

 その様を見ながら、ヴィルヘルムは彼らを愛しいと、そして怖いと思った。


・・・・・・


 マルセル・リシュリューの公開処刑が終わった後は、重臣たちの追放準備が進む。

 明日の正午までに追放される予定の重臣たちは、フルーネフェルト伯爵領となったこの地を去るために急ぎ荷物をまとめる。重く嵩張るために彼らが運びきれない私財や、運びようのない私財――屋敷などは、フルーネフェルト家が接収することとなる。

 同じく追放される代官――マルセルの従姉は、私財をまとめるため、これまで治めていた都市に帰る。彼女が都市の運営予算を盗み出さないように、追放までの監視役としてフルーネフェルト家の騎士率いる小部隊が同行する。

 慌ただしく準備が進む様を横目に、ヴィルヘルムが訪ねたのはマルセルの妻、ロクサーヌ・リシュリューの私室だった。


「本当によろしいのですか?」

「ええ、私は毒を飲んで自害し、あの人と同じ墓で眠ります」


 問われたロクサーヌは、毅然とした態度で言う。

 実家に帰るのでも教会に入るのでもなく、マルセルの後を追って世を去る。彼女のその決断をヴィルヘルムが聞いたのは、昨日の夜のことだった。彼女の真意を確認するため、こうして彼女と直接話す時間を作った。


「理由を聞いても?」

「……一人で眠りにつかせたら、あの人が可哀想。だから伴侶として、これからもあの人の隣に寄り添ってあげることにしたの」


 そう言って、ロクサーヌは優しげな笑みを浮かべる。


「あなたにとって、あの人は家族や臣下や領民を殺した憎き侵略者なのでしょう。でも私たち家族にとって、あの人は善い夫で、善い父親だったのよ……私がどうしてあの人のもとに嫁いだか、ご存知でいらして?」


 ヴィルヘルムは静かに首を横に振った。ロクサーヌについては、実家が帝国東部の南東地域にあることしか知らない。


「私は五人姉妹の末子でね。生前の両親の愛を誰よりも目一杯に受け取ったからって、家督を継いだ長姉から一方的に恨まれて、落ちぶれたリシュリュー伯爵家に嫁がされたのよ。嫌がらせを兼ねて、故郷から遠い地に捨てられたの……暗い気持ちでこの地へ来た私に、だけどあの人は優しかった。私にとって喜ばしくない結婚だったことをあの人も理解していて、だから精一杯に尽くしてくれたの。私と、生まれた娘がもっと幸せになるように、領地を富ませようと頑張ってくれたの。だから、私もあの人を愛したの」


 語りながら、ロクサーヌは左手薬指の指輪を愛しそうに撫でる。


「あの人がいないのなら、私はもういいわ。娘にももう伝えて、あの子も理解してくれた……だから私は、夫の傍にこれからも寄り添います。娘は教会に入らせます。私の実家に行っても、あの子に安息はないでしょうから」

「……それが貴方の決断なのであれば、尊重しましょう。貴方が必ずマルセル殿と同じ墓に入り、安らかに眠れるようにします」


 ヴィルヘルムの言葉に、ロクサーヌは優雅に一礼し、感謝を示した。

 そして、ヴィルヘルムは彼女の部屋を去る。彼女の傍仕え――明日には追放される使用人によって扉が閉じられる。次に扉が開くとき、ロクサーヌは既に息絶えていることだろう。

 これから自分は、多くの敵を作り、戦い、そして殺す。

 敵も人間であり、家族がいる。建国の野望のために、自分は誰かの伴侶を、親を、子を殺していく。何百何千と、もしかしたら何万と殺していく。

 その事実を、ヴィルヘルムは明確に自覚する。目を逸らすことはしない。




“一般的に、ロベリア帝国崩壊に伴う動乱の時代は、神聖暦七三七年から始まったとされている。しかし実際には、その前年である七三六年より、一部の野心的な帝国貴族――主に身軽な中小貴族たちが暗躍を始め、なかには武力衝突にまで及ぶ者たちもいた。「動乱の前哨戦」などと呼ばれるこれらの戦いの中で、最も早く姿を消した貴族家の一つがリシュリュー伯爵家であった。

             ――ユーリ・キサラギ『動乱の足跡』より”

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