第38話 線引き

 ランツを占領し、領内各地にいる伯爵領軍の残存部隊や各都市の代官へ書簡を送った数日後。彼らは勧告に応じ、続々と来訪した。


 各都市の代官たちとは、到着した順に個別に面会した。

 二つの小都市の代官たちは、それらの都市がまだ村だった頃から続く大地主家の当主。家系図を遡ればリシュリュー伯爵家との血縁関係も皆無ではないが、今では血の繋がりは極めて薄く、伯爵家の親類というよりは土着の名家としての側面が強い。

 彼らにとっては、都市とその周辺地域を守ってくれるのであれば、領主が変わろうとどうでもいいこと。ヴィルヘルムが、少なくとも今までよりも税を重くするつもりがないことを知ると、恭順の意思を示してくれた。

 そして、領内第二の都市を治めていたマルセルの従姉は、私財を持ってこの地を去ることにすんなりと同意した。このまま都市に籠城しても来年にはルーデンベルク侯爵家が報復に来る以上、抵抗するよりも家族と共に逃げる方が賢明と判断してくれたようだった。

 三人の代官には、マルセルの公開処刑が終わるまでランツに滞在してもらうこととし、ヴィルヘルムは彼らへの対応を終えた。


 そして領軍の残存部隊については、彼らが全員揃ってから、騎士身分の者たちと屋敷の広間で面会した。


「僕がフルーネフェルト男爵家の当主、ヴィルヘルム・フルーネフェルトだ。まずは、君たち全員が投降勧告に応じてくれたことに感謝する」


 自分の趣味ではない豪奢な椅子に座り、傍らにはエルヴィンを控えさせ、ヴィルヘルムは伯爵領軍の騎士たちに言う。


「さて、この数日君たちの同僚に色々と質問した結果、面白い話を聞いたんだが……君たちはマルセル殿から冷遇されていたために、我がフルーネフェルト男爵領への侵攻計画から遠ざけられていた、というのは本当かな? 騎士ティエリー、教えてくれ」


 ヴィルヘルムが名指ししたのは、居並ぶ騎士たちの中では最も格上である四十代ほどの騎士。ティエリーと呼ばれたその騎士は軽く一礼し、口を開く。


「はっ。冷遇、と呼ぶべきか私には判断出来かねますが、我々がどちらかといえば、リシュリュー伯爵家と遠い立場にいることは事実です」


 ティエリーの返答に、ヴィルヘルムは小さく笑みを浮かべる。

 あらかじめある程度予想していたことだが、捕虜とした領軍騎士たちや、その他の伯爵家の臣下たちの供述によると、リシュリュー伯爵領軍の騎士には二つの派閥があるようだった。


 ひとつは、騎士ロドリグのように分家の血筋であったり、何代か前の親族の子孫であったり、それらのさらに分家であったりと、リシュリュー伯爵家との血縁関係がある者たち。伯爵家と血で繋がった彼らは、マルセルから信頼を置かれ、優遇されていた。

 周辺の貴族領を征服して勢力を拡大するというマルセルの決断を、彼らは自分たちが享受する利益も期待しながら、積極的に支持した。その多くがフルーネフェルト男爵領への侵攻に動員され、士官として作戦を支え、そして戦死した。戦勝後の優先的な掠奪権という役得を得るはずが、敗北に伴う死という不幸を与えられた。領都での留守番という外れくじを引いた少数だけが、結果として運良く生き残った。


 もうひとつは、伯爵家との血縁を持たない者たち。騎士の頭数の不足を補うために兵士から取り立てられた彼らは、しかし実力よりも血縁を重んじる傾向のあった先代リシュリュー伯爵や、その気質を受け継いだマルセルから露骨に軽んじられていたという。

 出世の見込みはなく、与えられる仕事も雑務が中心。マルセルの意思決定においては常に蚊帳の外に置かれ、フルーネフェルト男爵領への侵攻についても開始直前まで知らなかった。いざ侵攻が始まる段になると、領都での留守番役の数合わせ、各都市への駐留当番や領境の監視といった外れ仕事を押しつけられた。

 例外的に、ティエリーは元をたどればリシュリュー伯爵家の分家の血筋であり、本来は譜代の臣下として優遇されて然るべき立場であるという。

 しかし、彼の父は騎士ロドリグと折り合いが悪く、弟を重用した先代リシュリュー伯爵から遠ざけられた。爵位を継いだマルセルも、叔父であるロドリグを引き続き重用したため、父と同じでロドリグとの折り合いが悪かったティエリーは距離を置かれていた。

 とはいえ、彼も一応は有力者の家系の当主。なのでいつしか、マルセルから軽んじられている騎士たちの、まとめ役のような立場になっていたという。


「そうか、答えてくれてありがとう……臣下が多い貴族家は大変だね。和気藹々とした我がフルーネフェルト男爵家とは、随分と事情が違うようだ」


 フルーネフェルト男爵家の騎士たちは全員が譜代の臣下で、言わば大家族の一員のようなものだが、リシュリュー伯爵家のように大勢の臣下を抱えると同じようにはいかないらしい。おそらくは文官の方も似たような内情なのだろう。ヴィルヘルムはそう考える。

 そして、勢力を拡大していく今後は、自分もそのような臣下を抱える必要があると覚悟する。


「騎士ティエリー。そして他の諸君も。君たちはマルセル・リシュリュー伯爵に対して、どれほどの忠誠心を持っている? 君たちは騎士なのか、それともリシュリュー伯爵家の騎士なのか、どちらかな?」


 ヴィルヘルムの意味深な問いに、騎士たちは顔を見合わせる。その中心に立つティエリーは、ヴィルヘルムから目を逸らさないまましばらく黙り込み、そして再び口を開く。


「私自身は、ただの騎士であると自負しています。忠誠を誓った主家を裏切ることは決してしませんが、主家そのものが失われるのであれば、騎士として新たに仕えるべき主を探す所存です」


 他の騎士たちも多くが頷き、少なくともティエリーの言葉に異論がある様子は見せなかった。


「……いいだろう。君たちの立場や意見も、今後下す沙汰の参考にさせてもらう。あと数日は不自由な生活を強いることになると思うが、辛抱してもらいたい」


 私財を持たせて追放するか、あるいは無罪とするか。士官たる騎士たちを線引きする上で、軍内の派閥に関する情報や、ティエリーたちの態度は非常に参考になる。そう思いながら、ヴィルヘルムは言った。


・・・・・・


 リシュリュー伯爵家の臣下たちへの沙汰が決まり、ヴィルヘルムは彼らを広間に呼び出した。


 まずは、追放する者たちを集め、翌々日の正午までにランツを発つよう命じた。

 貴族家としては珍しいことではないが、リシュリュー伯爵家は重臣を親類で固めており、おかげでヴィルヘルムとしては追放か無罪かの線引きを決めやすかった。

 伯爵家の政治面の中核を支えていた上級の文官、および家政の中核を支えていた家令と数人の上級使用人は、全員がこの地を去る。

 リシュリュー伯爵領を併合し、今後治めていくうえで必要な情報――領都ランツを含めて四つある都市と六十七ある村のおおよその人口、農業収穫量、税収、伯爵家の直営農地の経営状況、主要な商会や工房の名前と規模、領内のある程度詳細な地図など――については、ハルカたちフルーネフェルト家の文官たちのおかげで概ね把握できている。伯爵家の重臣たちに質問すべき事項も残っておらず、彼らは既に用済みだった。

 騎士たちについては、より厳しく線引きをした。ティエリーたち冷遇されていた派閥の騎士だけを残し、もう一方の派閥の騎士――ランツを守っていた騎士のうち、マルセルに近しかった者たちは全員を追放することにした。

 彼らは皆、文官の重臣たちと比べると伯爵家との血縁関係は極めて薄かったが、マルセルによるフルーネフェルト男爵領への侵攻を積極的に支持した以上は信用できず、今後共に戦うことも難しいとヴィルヘルムは考えた。騎士だけでなく一部の兵士――マルセルに近しかった騎士たちの子弟で、いずれそちらの派閥の騎士になることが内定していた者なども、併せて追放することにした。


 追放する者たちへの通告を終えた後、次に広間に呼んだのは、無罪とする者たち。

 文官は三十人ほど。軍人はティエリーたち十四人の騎士と、領軍兵士が五十人強。総勢で百人を超える伯爵家の臣下たちを前に、ヴィルヘルムは口を開く。


「僕は建国を目指す。今後も勢力拡大を続け、自分の治める国を作るつもりでいる」


 宣言したのは、己の野望。

 フルーネフェルト家の臣下たちとは、この野望について既に共有している。父を失ったあの夜の宣言に立ち会わなかった者も含め、全員がヴィルヘルムの意思を受け入れた上で、ヴィルヘルムのもとに残ってくれた。

 リシュリュー伯爵家からこちらへ鞍替えする者についても、自分の野望を受け入れられない者とは、共に歩むことはできない。だからこそヴィルヘルムは、今ここではっきりと宣言した。


「マルセル・リシュリュー伯爵も、同じような野望を持っていたと聞いている。だが、僕と彼とでは建国を目指す理由が違う……僕は、弱くあることに嫌気がさした。誰かに従属して生きることに嫌気がさした。理不尽な暴力に抗えないことに嫌気がさした。自分の意思に依らないところで、自分や家族、臣下や領民の運命が決まることに、受け入れがたいほどの嫌悪を覚えるようになった。だから国を作る。家族も臣下も領民も、誰もが安寧の中で幸福に暮らせる国を作り上げる。守るべきものは自分の手で守る。自分と庇護下の者たちの運命は、自分の意思で決める」


 居並ぶ者たちを見回しながら、ヴィルヘルムは語る。静かな緊張感が広間を包む。


「一人では成せない壮大な目標だ。だからこそ、僕に仕える者には、少なくとも与えられた役割をこなすだけの忠誠と献身を期待したい。その忠誠と献身に見合うだけの、恩と庇護を与えると約束する。まずは、追放される者たちの役職を残る者たちに分け与える。新たな役職を得ない者も、全員の給金を上げる……フルーネフェルト家の臣下となるのも、職を辞するのも自由だ。好きな方を選んでほしい。マルセル・リシュリュー伯爵を処刑した後、君たちの決断を聞こう」


 この日はそれだけを伝え、ヴィルヘルムは一同を解散させた。


 明日の正午、ランツの中央広場にて、マルセルの処刑が行われる。

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