第26話 賭け
ヴァーツラフは部下たち全員をスレナ村の広場に集結させ、話し合いの場を設けた。フルーネフェルト男爵たちへの見張りは残さなかった。広場から見える建物にいる、十人足らずの集団。目を離したところで何もできはしない。
「……さすがに、夢物語が過ぎるだろう。人口三千かそこらの弱小領主貴族が、一国を築くなんていうのは。危険すぎる賭けだ。考えるまでもない」
否定的な意見を発するヴァーツラフに対して、しかしラクリマ傭兵団の団員たちは、大半の者が乗り気の姿勢を見せる。
「いや、フルーネフェルト男爵も自分で言ってましたけど、意外と勝算はあるのでは? あの人がリシュリュー伯爵に勝ちさえすれば、抱える領民は二万以上。男爵領の西にある小貴族領を取り込んでいけば人口はさらに増えます。それから南に勢力を広げていけば、小国を興す程度のことはできると思いますよ」
「リシュリュー伯爵の軍勢も所詮は雑魚の徴集兵が大半で、俺たちが確保したスレナ村を橋頭堡にして男爵領の領都に攻め込むつもりですから。俺たちが裏切って罠でも張れば、フルーネフェルト男爵にも勝ち目はあるはずです。案外いけるんじゃないですか?」
「そうですよ団長。これは勝てば一発逆転を果たせる賭けです。団長は貴族で将軍、あたしたちはその直轄の部下。そうなれば団長の夢も叶って、あたしたちも根無し草の傭兵じゃ望めなかったような立場と待遇をもらえます」
部下たちが思いのほか乗り気なためか、ヴァーツラフはやや戸惑ったように彼らを見回す。
「おいおい本気かお前ら。第一、俺の夢って……いったい何年前の話をしてやがる」
一廉の人間になって歴史に名を残す。そのような夢を語っていたのはもはや昔の話。今さら叶うとは思っていない。
自分は妻子を持ち、多くの部下とその家族の人生を抱えている身。とうに捨てた己の夢に縋り、勝てる保証もない賭けに出ることは許されない。
そう自分に言い聞かせながら、しかし反論は心の内ではなく、周囲からいくつも飛んでくる。
「団長、よく考えてみてくれ」
団員たちの発言が一段落した頃合いで、褐色の肌と筋骨隆々の巨躯、剃り上げた頭が印象的な傭兵が言葉を発する。
彼はアキーム。共に帝国軍を辞めてラクリマ傭兵団を立ち上げた仲間の一人で、ヴァーツラフの最側近を担っている男だった。
「この十二年、現実は嫌と言うほど見たはずだ。現実だけを見据えて生きていても、先にはろくな未来がないと、俺たちは痛感したはずだ……帝国が動乱の時代に入っていく中で、このまま傭兵を続けてもろくな人生にならない。何せ今まさに、ろくでもない状況の只中にいるんだからな。こんな汚い仕事ばかり数をこなしても、俺たちが死んで、家族が路頭に迷うのを、幾らか先延ばしにするのがせいぜいだろう。だからこそ、皆ここで賭けに出るのも悪くないと思っているんだ」
それに、と言いながら、アキームは不敵な笑みを見せる。
「ヴァーツラフ、あんたも本当はこの話に乗りたいと思っているんだろう。一廉の人間になる道を切り開いて、家族に地位と財産を残したいと。ためらってる理由が俺たちなら、遠慮なんかやめてくれ。俺たちは好きであんたに付き従ってる。だからあんたも、ここらで好きなようにやってくれればいい」
アキームの言葉に、賛同を示す声がいくつも上がった。
「……ちっ、ここまで慎重に生き残ってきたのにな。苦労が全部ふいになるかもしれねえ」
部下たちを見回したヴァーツラフは、苦笑を零しながら呟いた。
・・・・・・
一時間とかからず、ヴァーツラフはまた部下を引き連れて戻ってきた。
「やあ、おかえり。結論は出たかな?」
「……はい。畏れながら、私と部下たち、その家族の人生を貴方に賭けさせていただくことを、ラクリマ傭兵団の総意として決定いたしました」
笑顔で迎えたヴィルヘルムが尋ねると、ヴァーツラフは表情を引き締めてそう答える。
「それは何よりだ。僕に賭けてよかったと思ってもらえるよう、僕も頑張るよ……さて、それじゃあ今後の話をしよう。座るといい」
敵地を訪れている客人ではなく、この地の主としての顔と態度で、ヴィルヘルムは言う。
そして、今後の行動についての話し合いが始まる。
「――それなら、リシュリュー伯爵が進軍してくるのは早くても五、六日後か。僕の御用商人の証言から予想していた時期とも一致する。貴重な情報提供に感謝するよ」
「閣下にお仕えすると決意した以上、当然のことです」
すっかり殊勝な態度になりながら、ヴァーツラフは答える。
「敵がやってくる時期は確定した。一週間弱の猶予があれば、こちらの計画も間に合うだろう……さて、ヴァーツラフ」
穏やかな表情のまま、ヴィルヘルムはヴァーツラフを見据える。
「君たちラクリマ傭兵団が僕の側についてくれたことは嬉しい。だけど、君たちが言葉で僕に味方すると語り、こうして情報提供をしてくれているからといって、即座に臣下の仲間入りをさせるというのは難しい。そこでまずは、君たちの誠意を働きで示してもらいたいんだ……君たちはノエレ村を襲った傭兵たちを、明日の夜までに全滅させることができるかな?」
問われたヴァーツラフは少し思案した後に、自信ありげに頷く。
「できます。自分で言うのも何ですが、私たちとノエレ村を襲った連中では傭兵としての質が全く違います。皆殺しにするのは造作もないことです。夜までと言わず、明日の朝のうちにでも」
傭兵団には二種類ある。
ひとつは、ヴァーツラフたちのように、実力者が集まった集団。よく統率されており、規律を持ち、そして程度の差はあれど仕事への矜持を持っていることが多い。
このような傭兵団の中には、警備員として大商会や大地主などに継続的に――なかには子や孫の世代まで代々雇われ、半ば富裕層の私兵と化しているような者たちもいる。そうした仕事は滅多に枠が空かないため、国境地帯を離れて数年のヴァーツラフたちはありつけなかったというが。
もうひとつは、暴力を振るう以外に能がないため、傭兵稼業を選んだような者。こうした連中は専ら、消耗戦力や数合わせとして雇われたり、汚れ仕事のために雇われたり、まともな傭兵団を雇う金のない者に仕方なく選ばれたりする。
練度も低ければ矜持もない彼らは、素行が悪く、信用度も低い。前払いされた報酬を持ち逃げするような者もいる。仕事に困って盗賊落ちする者も少なくない。
今回の場合、ラクリマ傭兵団は前者で、ノエレ村を襲った連中は後者だった。ヴァーツラフはリシュリュー伯爵領の領都ランツで彼らと一度顔を合わせたが、質の悪い傭兵団三つの寄せ集めでしかなかったという。
一応は頭の悪くない人間が何人かいるようで、その数人が指揮をとることで任務をこなせる程度には統率されているようだが、自分たちが本気で襲えば一人も逃がすことなく全滅させられる。ヴァーツラフはそう語った。
「それじゃあ、確実に全員を無力化してほしい。逃がすくらいなら皆殺しで構わないけれど、もし可能であれば、何人か生け捕りにしてもらえると助かる。死体も回収してもらいたい」
「承知しました。我々にお任せください」
力強く応えるヴァーツラフに、ヴィルヘルムは満足げに頷いた。
「君たちがノエレ村を襲った連中の無力化を成し遂げたら、僕は君たちを信用し、君たちがユトレヒトを出入りすることも許そう。そして、君たちの協力を得てリシュリュー伯爵を倒した後、君たちを正式に我が臣下として迎え入れよう……勝利によって共に運命を切り開いた後、僕たちは主従の契りで結ばれるんだ。素敵だろう?」
大仰に手を広げてみせながら、ヴィルヘルムは笑みを交えて言った。
・・・・・・
日没が迫る中で、ヴィルヘルムたちは帰路につく。
「エルヴィン。やっぱり君としては、彼らを引き入れることに抵抗があるかな?」
問われたエルヴィンは、主に視線を向け、首を横に振る。
「いえ、決してそのようなわけでは……リシュリュー伯爵に勝利するためにも、今後の勢力拡大のためにも、彼らを引き入れる必要があると理解しています。ですが、たとえ騎士上がりが率いているとしても、彼らは根無し草の傭兵です。彼らがスレナ村を襲ったことは変わらぬ事実です……理屈の上では信用をおけるとしても、従士長としては警戒せざるを得ません。閣下の御為にも」
「それでいい。僕も、彼らの忠誠を心から信じるには、戦功だけでなく時間も必要だと思っているからね……君たち譜代の臣下が警戒を続けてくれれば安心できるし、彼らが監視されながら忠誠を尽くすことで、いずれ彼らを真に信用できるようになる。そうなったとしても、君が僕の最側近であることは変わらない。今後も期待しているよ、エルヴィン」
「ありがとうございます、閣下」
答えるエルヴィンに微笑を見せながら、ヴィルヘルムは馬を進める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます