第23話 葬儀

 ステファンとエーリクの葬儀、ノルベルトと四人の騎士たちの葬儀は、それぞれユトレヒトの教会で行われた。ヴィルヘルムは決意を心に抱きながら、アノーラや臣下たちと共に、父と兄と忠臣たちを見送った。

 ノエレ村の死者たちの葬儀は、ユトレヒトの中央広場で行われた。百体に迫る遺体の全てを教会に収容するのは不可能であったこと、できるだけ大勢で見送る方が死者たちのためにもなることから、領都民やスレナ村の避難民も参列させて広場で大規模な葬儀を開くこととなった。

 フルーネフェルト男爵領におけるユーフォリア教の責任者である司祭は、百人近い領民の葬儀という重責の伴う仕事を、何ら問題なく務め上げてくれた。彼の唱える聖句を聞きながら、ヴィルヘルムとアノーラ、臣下臣民たちは厳かに死者たちの冥福を祈った。

 葬儀が終わり、ヴィルヘルムは広場に置かれた演説台の上、先ほどまで司祭が立っていた場所に立つ。

 集った民を見回すと、彼らの顔は一様に暗かった。この先どうなるのか、どうすればいいのか分からず、誰もが恐怖と不安に包まれていた。絶望的な空気が広場を満たしていた。


「……ノエレ村の民に起こった悲劇は、想像を絶するほど残酷なものだった。あってはならない惨劇だった。彼らの苦しみや無念を思うと、とても平静ではいられない。それは皆も同じはずだ」


 ヴィルヘルムは語り始める。すすり泣く声が広場のあちらこちらから聞こえる。声を上げて泣いている者もいる。


「そして今、ノエレ村を襲った脅威が、このユトレヒトにも迫ろうとしている。これまでフルーネフェルト男爵家の隣人であったマルセル・リシュリュー伯爵が、スレナ村を奪い、ノエレ村の民を殺し、僕の父ステファンや兄エーリクを、民を守ろうとした騎士たちを殺し、そしていよいよ軍勢を率いて侵攻しようとしている……では、このまま全てを諦めるのか」


 あえて暗く語り出したヴィルヘルムは、そこで声に力を込める。


「諦めてリシュリュー伯爵に屈服すれば、この恐怖と不安は一生続く。この先いつノエレ村と同じ悲劇が起こってもおかしくない。それが分かった上で伯爵にひれ伏すのか。いつかノエレ村の住民たちと同じ目に遭うまで、何もせず怯え続けるのか。そんな生き方をしたい者はいないはずだ。自分の伴侶が、子供が、親兄弟が、友人が、暴力に曝されて残酷に殺されるまで、ただじっと待ち続ける。そんなことに一生を費やしたい者はいないはずだ」


 ヴィルヘルムの言葉を聞きながら、絶望に染まっていた広場の空気が少しずつ変わり始める。

 まだ希望が残っているのなら、その希望を掴むために足掻きたい。そんな感情を瞳に宿す者たちが増えていく。


「絶望と共に生きていく必要はない。新たにフルーネフェルト家の当主となり、フルーネフェルト男爵領の領主となったこの僕が、君たちにそんなことはさせない。僕が君たちを勝利に導く……口先だけで言っているわけじゃない。まずは、このユトレヒトの東西、スレナ村とノエレ村にある脅威を排除してみせる。そうすることで、僕には君たちを守る力があるのだと証明してみせる。どうか少しだけ待っていてほしい」


 堂々と宣言し、民衆のざわめきを浴びながら、ヴィルヘルムは演説台を下りた。


・・・・・・


 マルセル・リシュリュー伯爵に対する完全な勝利。伯爵の軍勢を壊走せしめ、その上で伯爵を討ちとるか、捕縛した後に処刑する。そうしてリシュリュー伯爵領を手中に収める。それこそをヴィルヘルムは目指している。

 幸いにも、イデナ大陸西部において、国や地域ごとの技術力の差は小さい。前世とは違ってこの世界には、数の大差を覆して敵を圧倒できるような兵器は今のところない。

 すなわち、支配域を広げ、治める民を増やし、十分な兵力を揃えれば、国を築いて守り抜くことはできる。誰かの支配下に入ることなく、逆に周囲の領主貴族を傘下に加えていけば、建国を実現できる。決して夢物語ではない。

 とはいえこの先、支配力の根幹を支える直轄領の人口が三千ではあまりにも少ない。せめて数万の民を直接治めなければ、今後の勢力拡大には大きな困難が伴う。なので、リシュリュー伯爵家は取り潰し、伯爵領を併合する。民を殺され、父と兄を殺され、一度は交渉に臨もうとしたのに欺かれたこちらには、それだけの大義名分もある。

 二万の人口を誇るかの領を支配下に置けば、建国に向けて勢力拡大を成すための現実的な道筋も見えてくる。だからこそ、圧勝しなければならない。

 最初にそれだけの逆転勝利を成してみせなければ、建国など夢のまた夢。そう考えている。


 そのための第一歩、迫りくる危機を打ち破るための最初の一手に、ヴィルヘルムは臨もうとしていた。


「……まさか、この鎧を実戦のために身につける日が来るとはね」


 屋敷の一室で、ヴィルヘルムは微苦笑を零しながら言う。

 鎧下を着込んだ上から身につけているのは、胴鎧と籠手、そして家紋であるアクイレギアの意匠が刻まれたマント。いずれもヴィルヘルムの体格に完璧に合わせて作られたもの。

 一応は領主貴族家の子息であるヴィルヘルムは、戦闘訓練を受け、こうして自分専用の鎧も持っている。しかし、今までこれを身につけたのは、フルーネフェルト男爵家の子息として儀礼の場に立ったときのみ。今後も、自分が鎧を着るのは儀礼のためだけだと思っていた。

 それが今日は、実際に身を守るために鎧を纏っている。


「とてもお似合いですわ。先代様やエーリク様の面影が感じられます……本当に、頼もしくなられましたね」


 鎧を身につける手伝いをしてくれた家令のヘルガが、感慨深そうに、そしてどこか寂しそうに言った。まるで祖母のように優しく自分を見守ってくれる彼女に、ヴィルヘルムは優しい表情を浮かべて頷く。


「ヴィリー」


 傍らから呼ばれ、ヴィルヘルムはアノーラを振り返る。


「聡明なあなたが本気で臨めば、必ず成功すると信じてるわ。あなたなら、必ず賭けに勝てると信じてる」

「ありがとう。絶対に成功させてみせる。安心して待っていて」


 そう言って、愛する伴侶を口づけを交わす。

 そして部屋を出ると、そこで待っていたのはエルヴィンだった。彼は父のものとよく似た金属鎧で全身を覆い、敬礼で主を出迎える。


「出発の準備はできております」

「ご苦労さま。それじゃあ……行こうか」


 ヴィルヘルムは歩き出す。エルヴィンが後に続く。

 これから向かうのは、スレナ村を占拠するラクリマ傭兵団のもと。戦いに行くのではない。話をしに行く。

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