第13話 襲撃①
九月下旬のある日。領都ユトレヒトの東にあるスレナ村の住民たちが、突然避難してきた。村が武装した一団の襲撃を受け、逃げ込んできたのだという。
その報告を受けた領主ステファンは、ひとまず中央広場に集められた彼らのもとへ自ら足を運んだ。ステファンの補佐としてちょうど執務室で仕事をしていたエーリクも、偶々屋敷にいて共に報告を聞いたヴィルヘルムも、父と共に広場へ向かった。
広場は避難民たちと、何事かと集まってきた領都の住民たちでひどく混雑していた。数人の騎士を率いてその場の管理に努めていたノルベルトが、領主の到着を認めて歩み寄ってくる。
「ノルベルト。状況の説明を頼む」
「はっ。逃げ込んできたのはスレナ村の全住民、百五十二人です。軽傷者はいますが、全員無事と言っていいでしょう。詳細に関しては、村長に直接語らせるのが良いかと」
主人に報告しながら、ノルベルトは避難民の一人に手振りでこちらへ来るよう命じる。疲れ果てた様子で座り込む避難民たちを見て回っていた壮年の男が、すぐに駆け寄ってくる。
「フルーネフェルト閣下にも、先ほどの説明を」
「は、はい……襲撃があったのは、昼過ぎのことでした。剣や斧で武装した連中がいきなり村に押し入ってきて、私たちは追い立てられるようにして逃げ出しました。女性や子供もいたのでほとんど抵抗もできず、村は奪われてしまいました。誠に申し訳ございません」
壮年の男――スレナ村の村長は、無念そうな表情でそのように語った。
「それは構わない。村民を殺傷することなく村から追い出したことから考えて、その敵集団は村を占拠すること自体が目的だったのだろう。下手に抵抗せず、皆が無事で避難できたことは何よりだ……敵集団の人数は分かるか? 装備の質は?」
ステファンの問いに、村長は少し考える素振りを見せた上でまた口を開く。
「村民たちの証言では、人数は二十人から百人までばらばらでしたが、さすがに百人はないかと……私の見た印象では、多くとも五十人程度じゃないかと思います。装備は金属製の胴鎧や兜を身につけている者が多く、なかなか整っていたように見えました」
「ということは、犯罪者上がりの盗賊の類ではなく傭兵か」
「……ああ、それと、連中の兜が特徴的でした。兜の上から目の粗い鎖帷子を被って、頭から肩までを全部覆い隠していました。顔まで全面です。表情が見えないからまるで幽霊みたいで、全員揃ってそうしていたので何とも不気味でした」
村長の言葉を聞いて、ステファンが振り返ったのはヴィルヘルムの方だった。
「ヴィリー、分かるか?」
「……特徴からして、多分ラクリマ傭兵団だと思います」
物語、特に戦記や武勇伝の類が好きなヴィルヘルムは、傭兵についても多少詳しい。領外の話題に聡いナイジェルやカルメンからよく話を聞いていおり、かつてはジェラルドたちからも領外の出来事を語ってもらっていた。
そうして蓄えた知識と照らし合わせ、スレナ村を襲った一団の小隊を推測する。
「ラクリマ傭兵団……何年か前、ツノグマの群れを討伐して少し話題になった連中か。英雄扱いされた過去があっても、所詮は傭兵ということか。無辜の民が暮らす農村を襲撃するとはな」
見た目の特徴までは知らずとも名前は聞き覚えがあったのか、ステファンは呟くように言う。
巨体と角が特徴の、ツノグマという野獣。五年ほど前にその群れがとある貴族領の農村近くに出没し、手勢の損失を嫌った領主に雇われたのがラクリマ傭兵団だったという。彼らはそれから僅か一週間程度で十匹近いツノグマを討伐し、群れを壊滅させた。その精強さと、農村の民をツノグマの恐怖から救った功績が当時この一帯で少しばかり話題になり、ヴィルヘルムも影響を受けて自作品に傭兵を登場させたことがあった。
そんなラクリマ傭兵団が自領の農村を荒らしたというのは、領主家として憤るのはもちろん、落胆すべき話でもあった。
スレナ村の村長を下がらせ、周囲を身内だけにした上で、ステファンは話を続ける。
「問題は、誰がそのラクリマ傭兵団を雇い、どのような目的で我が領にけしかけたのか、ということだ。後々のことを考えれば、我が領を襲撃することで利益を得られる貴族家は周辺にはないはずだが……」
「父上、今すぐ領都内の成人男子を集め、武装させましょう! スレナ村を奪還しなければ!」
「落ち着け、エーリク。村民は全員避難し、死者も出ていない以上、スレナ村の奪還は急務というわけではない。襲撃者は数十人規模の傭兵、それも実力は確かな連中だ。数で有利をとれるとはいえ、下手に戦いを挑めば勝敗にかかわらず大損害を被る可能性が高い。安易な行動はとれない」
勇んで言うエーリクをなだめるように、ステファンは語った。
フルーネフェルト男爵家が抱える騎士は、ノルベルトを筆頭に十二人。見習いを含めても十五人に届く程度。騎士以外の職業軍人はおらず、歩兵は必要に応じて領民の成人男子から徴集することになっている。
多少裕福になったとはいえ人口三千強の小領では、この程度が限界だった。むしろ、騎兵戦力の充実に軍事費を集中することで、人口規模のわりには強力な手勢を備えていると言える。
とはいえ、実力ある数十人の傭兵を相手に、手勢の騎士だけで戦うにはさすがに分が悪い。民を動員しようにも、元が一般平民の徴集兵は弱い。当番制の領都警備や害獣退治などで武器を持った経験のある者はいるとしても、対人の実戦経験は皆無。手練れの傭兵団と真っ向から戦えばただでは済まない。
「兵を集めるのはいいとして、まずはこの領都の守りを固める。避難民も併せれば二百人程度はすぐに揃うであろうから、それでひとまずは大丈夫だろう……まさか我が領で、今年のうちに徴集兵部隊を組織することになるとはな」
ため息交じりにステファンは言った。
領民から兵を徴集する。それは、長きにわたって続いた平和な時代の終わりをこれ以上ないほどはっきりと表す行いだった。
「併せて、騎士を交代で斥候に出し、スレナ村の様子を常に確認させる。敵の兵力的にあり得ないとは思うが、領都まで奇襲されてはたまらないからな……エーリク、お前には徴集と編成の実務を任せたい。補佐にはノルベルトをつける。できるな?」
「……はい。必ずやり遂げます」
エーリクは自家の領有する村が襲撃を受け、今まさに荒らされていることにまだ悔しげな表情を見せながら、しかし領主である父の問いかけに頷いた。
「それでいい。しっかりやれ。後は、避難民たちの当面の世話か。幸いこの季節ならば凍えることもないだろうから、ひとまず今晩は中央広場で野宿をさせるとして……」
「父上、僕とアノーラで彼らの世話の指揮をとります。僕たち夫婦は領民たちから親しみを持たれていますから、適役のはずです」
ヴィルヘルムはそう名乗り出た。全体の統括は父に、軍事に関しては兄とノルベルトに任せるのが最適として、自分も領主家の子息として何か貢献したいと考えての発言だった。
「分かった、お前たちに任せ、ハルカを補佐につけよう……今は以上だ。各々、動いてくれ」
ステファンの言葉を受け、エーリクとノルベルト、そしてヴィルヘルムは動き始める。
間もなく夕刻。突然の傭兵団襲来の背景は全く不明だが、ひとまずは今日できることをしなければならない。
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