第2話【死に戻りの世界】
私は『文芸部』と書かれた部室に入る。
「おっ〜す、ヒマリちゃん!・・・・・・って、大分お疲れの様だけど、大丈夫?」
「どうせまた、変な作品の中ばっかりに入れられ続けてるとかじゃないのか?」
二人の名前は「コヨミちゃん」と「サトルくん」。私の力のことを知っている同じ高校に通う友達だ。
「うん、正解。・・・・・・そこでなんだけど、次は二人も一緒に行かない?私一人だと頭がおかしくなっちゃいそう」
【ヒマリちゃんMEMO】
*ヒマリちゃんの能力は、他の人とも一緒に使用することが出来る。
「いや、そもそも能力を使わなければ良いだけの話だろ?それに、俺は嫌だよ。最初の頃は面白がって何度か付いて行ったが、尽く散々な目にあったからな」
「サトルくんの薄情者。私がどうなってもいいんだね」
「だから、能力を使わなければ良いだけの話じゃないの!?」
「チッ・・・・・・。コヨミちゃんはどう?サトルくんは意気地無しで根性無しで甲斐性無しだった」
「私は全然オッケーだよ!旅行気分も味わえるし、久しぶりに行きたいな」
「ありがとう、コヨミちゃん。・・・・・・それで、サトルくんはどうするの?」
「いや、行かないって」
「サトルくんの本心が知りたい」
「本心も何も、心より行きたくない」
「そっか・・・・・・」
「おう」
私は二人の手を掴み、三人で作品の中に入っていく。
薄れゆく意識の中で、サトルくんの叫び声が聞こえたような気がしたけど気のせいだと思う。
◇◇◇◇
気が付くと、中世ヨーロッパ風の街並みを、私とコヨミちゃんは歩いていた。
「あー!また同じ景色!もういいよ、中世ヨーロッパは!近世ワイキキビーチとか近世タイムズスクエアとか舞台にしてよ!」
「それだと、只の現実世界じゃない・・・・・・?でも、出店のラインナップをよく見てみてよコヨミちゃん。異世界作品の作者って、殆どがリサーチとかもせず、脳死で舞台を中世ヨーロッパにしてるから、細部はめちゃくちゃだったりするよ」
「本当だ・・・・・・!たこ焼きにチュロス、よく分からない韓流アイドルのクジとかもあるよ!」
私たちはしばらくの間、出店を楽しむことにした。
「作者の設定の甘さに漬け込むのも、この能力の醍醐味」
「本当だね〜」
そういえば、ナニか忘れてるなぁと考えていると、そのナニかの声が聞こえてきた。
「へいらっしゃい!」
「・・・・・・あれ?もしかして、サトルくん?」
「おお!ヒマリとコヨミじゃねぇか・・・・・・!りんご飴買ってけよ!へいらっしゃい!」
「いや、へいらっしゃい!じゃなくて。こんな所で何してるの?」
「何って、りんご飴屋だよ、りんご飴屋!見れば分かるだろ?・・・・・・って、何で俺はりんご飴屋なんてやってるんだ?」
「サトルくんは、りんご飴屋として作品に組み込まれちゃったみたいだね」
【ヒマリちゃんMEMO】
*作品に入る際には、物語に支障をきたさないように、入った人物に登場人物としての配役が設定される。
「へ〜、でもそういうことなら、りんご飴屋なんて絶対モブ中のモブなんだし、すっぽかしてもちゃってもいいんじゃない?」
「俺だって、そうしたいのは山々なんだけどよ・・・・・・。頭の中に『マーク・ロドリゲフ 24歳。病床に伏す妻を養う為、日々りんご飴屋として奮闘中』とかいう設定が入ってきて体が勝手に動いちまう」
「しっかりしなよ・・・・・・!サトルくんは、そんなに立派な人間じゃないでしょ?」
「そ、そうだ・・・・・・。俺はりんご飴屋なんかじゃない。俺は普通の高校生で・・・・・・頭脳明晰で、イケメンで・・・・・・・・・へいらっしゃい!天下一品りんご飴!泣く子も黙るりんご飴!・・・・・・え?泣く子は黙っても、財布の中を見て私は涙目。・・・・・・だって?カァー!上手いね、ネェちゃん!いいよ一本、待ってて!」
「「・・・・・・・・・・・・」」
「・・・・・・サトルくんは駄目になっちゃった。コヨミちゃん、そろそろ私たちも役を果たしに行こ」
「う、うん・・・・・・え?役って、ヒマリちゃんの『チンピラA』と私の『チンピラB』って設定のこと?」
・・
・・・
・・・・
私たちは人気の無い路地裏へと移動した。
「・・・・・・ヒマリちゃん、こんな所に来てどうするの?」
「すぐに分かるよ」
そう言い終わるとすぐに、ナヨナヨした青年が向こう側から歩いてきた。その青年とすれ違い様に私は
「オラー、金を出さんかい」
と、絡んでいく。
「ひぃ!お、お金なんて持ってないですよ・・・・・・!」
「そっか・・・・・・。えいっ」
「ひん!」
青年の顔に、私の右ストレートが炸裂する。
「ヒマリちゃん!?何してるの・・・・・・!」
「大丈夫。多分、この作品のジャンルは『死に戻り』だから」
「死に戻り?」
「うん、主人公が死んで生き返ってを繰り返して、経験を蓄積させながら、降り掛かる困難を乗り越えていく。っていう鉄板のジャンル」
「えっと、じゃあ、私たちが乗り越えるべき困難の一つで・・・・・・、彼は今のパンチで死んじゃったってこと?」
「そうみたい」
「弱っ!」
〜ループ2周目〜
路地裏に入ると、先程の青年が正面から歩いてくる。
「ヒマリちゃん。彼には、さっき殴られたって記憶があるってことだよね?」
「うん、だから・・・・・・」
青年とのすれ違い様、私は再び絡みにいく。
「コラー、金を寄越さんかい」
「金は持ってない!」
「そっか・・・・・・。えいっ」
青年は、前のループで炸裂した右ストレートを綺麗に躱して、私の懐に入ってきた。
「本当だ・・・・・・!ヒマリちゃんのパンチを完全に見切ってる!」
「でもそれは、私も同じっ」
渾身の一振りの様に見せた右ストレートはフェイント、右手を即座に引き、今度は左の拳を青年の顔に合わせる。
「ひん!」
青年が綿毛の様に吹き飛んだ。
「おお!流石ヒマリちゃん・・・・・・!って、ヒマリちゃんまで先読み出来ちゃ、おかしいんじゃないの?」
「あ、そっか・・・・・・。ごめん、次はちゃんと負けるね」
〜ループ27周目〜
「ひん!」
青年の身体が吹き飛び、壁にドカッと突き刺さる。
「よし」
ループを重ねるごとに、自分が強くなっていることを実感する。
「ねぇ、ヒマリちゃん・・・・・・?もーそろそろ終わりにしない?」
コヨミちゃんの声を聞いて、ハッと我に帰る。
「ごめん!自分の技に酔いしれてた・・・・・・」
「いいよいいよ!次でちゃんと終わりにすれば!」
「うん、次こそは絶対に負けるね」
〜ループ40周目〜
「これで、よしっと・・・・・・!」
「コヨミちゃん、何もここまでしなくても・・・・・・次はちゃんとするから」
「ううん!その言葉は39回くらい聞いたから!こうでもしないと、ヒマリちゃん止まらないんだもん」
私は、コヨミちゃんに両手両足を縛られていた。
「うう・・・・・・酷い」
そんなこんなしている内に、青年が現れた。
「(・・・・・・な、何をしているんだ?何故、死に戻りしていない筈のアイツらの行動パターンが変わっている?・・・・・・いや!考えてもやむなし!よく分からないが敵は行動不能状態にある!この機を逃す俺じゃない!)うおおぉぉ!!積年の恨みぃぃ!」
私は、握っていた小石を親指で弾く。
「エフッ」
放たれた小石は、的確に青年の顎にヒットし一撃でノックアウトさせた。
〜ループ41周目〜
「お、おい!本当に大丈夫なんだろうな!?」
「だから、大丈夫だって!両手両足の指先に至るまでガッチリ縛ってある上に、正座までさせてるんだからー!」
「よ、よし・・・・・・。待て!持ち物検査もしてくれ!例えば、石とか隠し持ってないか!?」
「持ってない!持ってない!」
「よろしい!これで条件は揃った!正々堂々・・・・・・積年の恨みぃぃぃ!!!」
鬼の形相で迫ってくる青年を見ながら、コヨミは思う。
「(これでやっと、ヒマリちゃんが負けてループが終わるんだよね?・・・・・・待って!負けるってことは、ヒマリちゃんが酷い目に合うってこと?そんなの、そんなのって・・・・・・!)」
「やっぱりダメーー!!!」
「ひん!?」
コヨミちゃんの鉄拳が青年に炸裂する。
「私には出来ないよ・・・・・・!友達を・・・ヒマリちゃんを売ることなんて!」
「コヨミちゃん・・・・・・」
私とコヨミちゃんはヒシッと抱き合った。
「何やってんの・・・・・・?」
その時、りんご飴屋のサトルくん、もといロドリゲフが現れた。
「あ、ロドリゲフじゃん。何でこんな所にいるの?」
「誰がロドリゲフだ!・・・・・・あのな?こちとら体感時間、一週間ぶっ続けでりんご飴を売り続けてたんだぞ?何かがおかしいと思って、お前たちを探したらコレだ。何が起きている?何故、ヒマリが縛られている?何一つとして理解が出来ない。説明しろ」
・・
・・・
・・・・
「はぁ・・・・・・。分かった、分かった!代わりに、俺がチンピラ役をやればいいんだろ?」
「え?そんなこと出来るの?」
「・・・・・・多分、出来ると思う。キャラデザが設定されてるようなメインキャラは無理だけど、モブキャラの場合は、そのキャラクターに属するような見た目、アイテムを持ってれば成り代われる筈。例えば、チンピラなら『ナイフ』とか『サングラス』とか」
「成る程・・・・・・、分かった。じゃあ、りんご飴屋の方は、お前たちに任せたからな」
「やったね、ヒマリちゃん!りんご飴食べ放題だ!」
「おい!」
〜ループ42周目〜
「ったく、なんで俺がこんな目に・・・・・・。しっかし、そんな都合良くナイフやらサングラスなんて見つからなかったな。やっとこさ見つけた、この『メリケンサック』と『アロハシャツ』でイケるか・・・・・・?若干、チンピラとは違う気が・・・・・・。ま、いっか!」
ガチャン!と、メリケンを鳴らし気合いを入れたその時
「お前、何をしている?」
「え!?」
後ろから現れた、鎧を身に纏う大男が俺の肩を掴んだ。
「いやっ、俺はその・・・・・・、り、りんご飴屋を営んでまして・・・・・・」
「そんな格好をした、りんご飴屋が何処にいる?ご同行を願おう」
「え!?ちょっ・・・・・・!ええ!?」
◇◇◇◇
「・・・・・・ん?あれって、サトルくんじゃない?」
「本当だ」
私たちは兵隊さんに連行されるサトルくんを、りんご飴を舐めながら見送った。
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