第五話 ドグの葛藤

第五話


丈夫で、スマートなスタイルのロボのように見えるパワードスーツを身に纏った何者かがルウとバゼルの前に現れた。ルウはその人物の事を知らない。顔は完全にマスクで覆われている。


「私はドグ。ここ、マルタ王国軍の科学部隊の隊長ですよ。インスタントオーバーパワーを作ったのは私です。あんた呼びすんな、感謝しなさい。」


ドグ。昔、名前は聞いたことがあるが素顔を見たことはなかった。しかしなぜこのような格好なのだろうか。


「ドグさんがインスタントオーバーパワーを作ったのか!すごいな!」

「ええ。あなたのお父さんから『ルウを外の世界に出してやるために非能力者でも能力を使えるようにしてくれ』なんて言われたもんですから。無茶な要望だったんで大分時間かかりましたけどねー。」


ルウは自身を外の世界に行けるような物を作ってくれたドグと父親の気持ちに心からの感謝の意を表そうとし、深く頭を下げる。


「本当にありがとう!俺が外に出ることができるきっかけを作ってくれて!」

「あ、そういうのいいです。私は今日このロボスーツを使ってインスタントオーバーパワーの性能を直接味わいたいと思って来ただけなので。」

「あ、そのスーツを使ってインスタントオーバーパワーの性能を試しにきたのか。」

「はい。私は能力の関係上自分の部屋の外に出る時はこのロボスーツで全身の肌が見えないように覆っています。」

「へー、色々大変なんだな。」


能力にコンプレックスを持つもの同士、ルウはどこか分かり合えそうな気がしなくもなかった。彼はどのような葛藤を経てきたのだろうか。クセの強い能力とどのように向き合ってきたのだろうか。あとで色々聞きたいと思うルウである。


「大変ですよ私の能力は。今回はこのロボスーツをアップグレードしたから試用運転的な感じで思いっきりかましますね。」

「って、俺と戦うのか?バゼルにやってもらえよ!」

「………ルウ、いい機会だ。そいつは中々外に出てこない。………だから全然強くないし大丈夫だ。」

「おい、バゼル今なんっつった、あんま調子のんな、俺は国内No.2の天才なんだからな、シメるぞ、まぁ、実際戦闘経験は皆無だが」


ドグがキレ気味に返答する。ルウはそのまま戦いを承諾しようとしたが、昨日の夜の出来事がフラッシュバックする。能力の暴発によってまた誰かに迷惑をかけないだろうか。そんな事を眉間に自然とシワを寄せて不安げな表情で考えていた。すると変化に気づいたバゼルが、


「………能力の暴発が怖いか?」

「ん、まぁ………そんなとこだな。」

「………お前は人より遅く能力を使い始めたからだ。普通の人間も能力が発現したばかりの頃は誰だって暴発する。…しかもお前の場合は体に刻まれた最適な能力を使っているわけではない。慣れないのもしょうがない。」

「そうです。誰もが通る道。私も私なりの形で能力となんとか付き合っています。」


バゼルとドグがルウに彼らなりに言葉を投げかける。ルウは少しではあるが、不安が取り除かれた感じがした。


「………だよな、使っていかないと慣れないよな。よし、やってみよう。」

「………まぁ、仮に何かあったら俺がまたシバいてやる。」


鷹のように鋭い目を持つバゼルが普段と違う柔らかい目でルウをニヤニヤしながら見つめ、言った。そんな言葉にビビるルウの様子はまるで狙われた獲物のようであった。


「じゃあ、やりますか。先手必勝!」


ドグが腕を伸ばしてルウに掴みかからんとする。不意を突かれたルウは首元を捕まれ、ドグに敵陣の大将の首を取ったことをアピールするかのように高く掲げられた。


「ほら、何かしてみなさいよ!さもなくばこのまま手のひらからバキュンバキュンしますよ!」


バキュンバキュンがよく分からないがおそらくミサイルかレーザーでも撃とうとしているのだろう。こんな状況で撃たれたらたまったものではない。ルウは素早く力こぶのイラストとロケットのイラストが描かれた2本のインスタントオーバーパワーを一気飲みする。すると、


「ん!?」


ドグは驚く。掴んでいる手の操作が効かなくなった。ルウに伸ばした分のロボスーツの腕をもがれていたのだ。


「なんも撃たせねぇよ!」


ルウは力強く叫ぶ。すると、ルウの体が筋肉で一回り大きくなった。しかし、彼の童顔は変わらない。体と顔のミスマッチが中々面白い。


「常時発動型の『鎧筋肉』ですか。我ながら厄介なものを作ってしまった。」


ドグは胸の左にあるボタンを押し、腕を再生させながら状況を分析した。


(所詮5分間の能力……!5分間耐えればあとは煮ようが焼こうが私次第ってところか……!………しかし、こんなに筋肉が付くように作った覚えはないのだが……?)


ルウの体の筋肉はまるで岩のように固く、大きく変形し、ゴーレムのようになっている。ドグが想定していた体の変形とは大きく異なる姿へとルウは変貌していた。


「覚悟しろ!オーバーパワー、ロケット!」


ルウは硬い拳に力を込めると同時に、別の力を発動した。彼が飲んだもう一つの力はロケット。一瞬スピードを出して前進することができる能力である。彼はその力を発動し、大きくドグに近づく。やはり今回もドグの想定より大きな速度が出ている。


「ッ……!」


ドグは間一髪で避けるも、マスクにヒビが入った。

彼の背後の木は吹っ飛び、城壁に当たらんとする。しかし、観戦していたバゼルが素早く空刃で木を切り刻む。ルウはそのまま壁に突っ込んでいった。


「うわわわわわわわわわ!!!!」


ルウは制御できない速さに振り回されながらも、なんとなく速さに慣れてきたようだ。壁に当たる直前で自身の大きな体にブレーキをかけ、制御する。


「お、成長きたぁ!!」


自分のセンスにルウは少々興奮気味だ。


(……しかし、マジでこいつはなんなんだ……。成長速度が早い。センスだけでは説明できない『何か』があるのは間違いないのか……?やはり誰も気づいていないだけで変な力でも持っているのか……?まるで様々な能力を受け止める大きな『器』のようだな……。)


バゼルがそう考えていると、また庭の木とルウが吹っ飛んでくる。バゼルはもはや観客ではなく、この戦いにおける障害物処理班と化した。

ドカン!ドゴン!と大きな音が中庭に響く。戦争の準備で城の中に兵士はいないため、大きな騒ぎにはならない。戦いの激しさは増していく。

ドグは柔軟なロボスーツで攻撃を受け流し続けるが、そろそろ限界が近い。


(ぐッ……!頑丈なロボスーツで受け流してるとはいえ、こんな力で細部を殴られ続けたら壊れるのも時間の問題だ……!こうなったら……!)


ドグは胸の真ん中にあるボタンを押した。すると、彼は完全な黒い球体へと変化した。


「なんだこれ!まぁいいや、どりゃ!」


ルウは球体を掴み、思い切り叩きつけた。しかし、高く弾んでビクともしない。


「無駄です。力で完全な球体は壊せない。これは『スーパーボールフォーム』。完全に防御に徹した姿です。今回は降参の意を表明してます。戦いは終わりです。あなたの力とインスタントオーバーパワーの力は満足する程ではないですが見せていただきました。」

「そっか!まぁ楽しかったぜ!能力も昨日ほど暴走しなかったしな。能力の扱いもなんとなく慣れてきたぜ。」


ルウは風船の空気が抜けるかのように大きな体から通常通りに元の体に戻った。しかし、ドグは人型に戻らない。


「あの……お手数ですがこのまま転がして私のラボまで運んでいただけます?これ車のエアバッグみたいな感じなので修理しないと元の人型に戻せないんですよ。私そのまま外に出ると色々マズいんで。お願いします。」

「お、おう。わかった。」


ルウとバゼルは協力して城の通路の中でドグの入った球体を転がしながら歩く。ルウはドグから自分と同じく今まで苦労してきたような雰囲気を感じ取る。


「なぁ、あんたどんな能力なんだ?」

「………私の能力は『猛毒』。呼びかけて発動するものではないので、私の体からは常に猛毒が漏れ出してきています。非常に危険で周りの人達に迷惑がかかりまくりなので基本は外に出ません。」

「なんか、オーバーパワー持ってても苦労するんだな。」

「はい。本当面倒な能力ですよ。…………本当に。」

「………?」


ドグは能力で苦労したことを考えるとき、必ず昔のことを思い出す。それは、彼の頭の中に深く突き刺さり、抜けない記憶である。


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「ねぇあなた、小学校でこの子席の周りにいる子たちがこぞって体調不良を訴えてるらしいの。もしかして、この子の能力……?」

「その可能性は高いな。しかし、マズいことになる前に能力検査をしに行くのが懸命だな。」

「そうだね。明日連れて行ってあげましょ。」


その夜…


「お父さん……?お母さん…………?」


ドグの父親と母親は彼の猛毒を吸い、中毒症状により亡くなってしまっていた。彼は冷たくなった両親を見て何が何だか分からなくなってしまい、錯乱状態に陥った。彼は三日三晩泣き続けた。行き場のない悲しみと自分の周りの人を不幸にする能力に対する怒りに対して。

何日か経ち、両親の職場の人々が自宅に駆けつけ、ドグを保護した。彼はマルタ国立の孤児院で暮らすことになった。彼にはもう感情が無かった。


しかし、彼の能力は制御できない『常時発動型』であった。彼は誰にも関わることのない隔離部屋で過ごすことになる。隔離部屋ではあるが、様々な種類の『百科事典』は置かれていた。彼は暇つぶしで百科事典の全ての巻を順番に、貪るように毎日眺めるのが日課になっていった。彼はだんだんと勉強の楽しさが孤独な自分を満たしてくれることに気づいていく。外の世界の様々な事象を学ぶことによってまるで外を冒険しているかのような気分になる。そして、ご飯を渡しにくる孤児院の職員に得た知識を披露するのが毎日の楽しみになっていった。


「ドグくん、すごいねぇ!すごく頭が良いのね!」

「……やることがないから。いっぱい勉強してるんだ。いつか、自分のオーバーパワーを勉強した知識を使って抑えるのが夢。ぼくは、お外の世界でもっと色んなことを勉強したいんだ。」

「それなら、テレビ電話で国の偉い教授とお話ししてみましょうか!色んなことを教えてもらえるわよ!」

「そんなことできるの?」

「できますとも!なぜならこの孤児院はこの国の偉い人たちが集まって作られたんですもの!」


彼は様々な教授と会話を交わした。物理学、化学、医学、生物学………その他沢山の知識を第一線で活躍する人々から得た。彼と話した教授達は揃って『彼の頭脳は非常に優れている。この国の宝だ。』と語った。


そしてある日、彼の元にとある訪問者が訪れる。


「こんにちは!私の名前は『メタリア・フレイン』よ!この国でNo.1の天才少女!あなたがドグくんっていうの?よろしくね!」


自信満々な可愛らしい彼女は、孤独だった彼には眩しく輝いて見えた。

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