第三話 遭遇と境遇

第三話


ルウは眠っていた。一度目覚めたとはいえ本格的な戦いに関しては初めてなので疲れ切っていた。そんなルウの夢の中に見知らぬ人間が『侵入』してきた。


「ルウくん、聞こえていますか…?」

「お前は……誰だ?」


彼、なのか彼女なのかもわからない風貌の不気味な雰囲気の人間が暗い闇の中に立っていた。瞼が無く、目は完全に開きっぱなしでこちらを見つめている。髪の毛はボサボサ、紫色の血に汚れたマントを纏っている。ただ、口元だけは笑っていた。


「申し遅れました、ワタシの名前は『シャラライト』といいます。怖がらないでね。ワタシはアナタの成長を見守っているだけなのですから。」

「お前、本当に気味が悪いな。一体何者なんだ?なんで俺のこと知ってんだ?」

「知ってるも何も、ワタシはアナタです。信じられないかもしれませんが。」

「お前、マジで何言ってんだ。気持ち悪い。」


ルウは冷たく言い放つが、内心ビビりまくっていた。瞼が無く、返り血に染まっている時点でヤバいのに、ルウ自身だと言い張るとは。心臓の鼓動がドクドクと自身の耳に聞こえるほどに高まり、背中を冷や汗が伝う感覚がする。夢なら覚めてくれと祈る。


「アナタ、そんなに怖がらなくても大丈夫なのに。ワタシはアナタの能力が必要なだけ。その為にはワタシが作り上げたシナリオ通りの人生を歩んでくれればよいのです。アナタはワタシ、ワタシはアナタなのですから。」


シャラライトが不気味な笑みを浮かべる。そしてそのまま、コツコツと音を立て、歩み寄ってくる。ルウは完全に硬直してしまった。呼吸が荒くなる。するとその時、遠くから声が聞こえた。


「ルウくん?ルウくーん………」

「エレナさん……?」

「あら、そろそろお目覚めの時間が来てしまったようですね。それでは、またの機会にお伺いしますので…。チャオ……!」


ガバッ!ルウは飛び起きた。冷や汗が体中から出ている。頭痛も酷い。エレナがルウを心配する。


「ルウくん、大丈夫……?すごくうなされてたみたいだけど……もう少し休もうか?」

「……いや、また変な夢見るの嫌だからもう起きます。心配してくれてありがとう。」

「……そっか、私の能力で傷の治療はしたけど、心の傷まで治せはしないから。無理して壊れないようにね。私は今まで戦場で心が壊れちゃった人を沢山見てきたの。そんな人を見るのはもう嫌。今回の戦争も絶対に嫌だ。ルウくん、あなたの事はよく知らないけど無理しないでね。まだ若いんだし。」

「優しい言葉をありがとう。だけど、俺は今まで城の中に籠ってたから、外の世界を知りたいんだ。この機会に外の世界を知ってからとっとと戦場で死ぬのもアリかなって思ってたり……」

「はぁ………」


エレナはため息をついた。彼女の脳内には悲惨な戦場が浮かんでいる。すると、ピシャン!と、強くルウの頬を叩く。エレナの目には涙が浮かんでいる。ルウはハッとさせられる。


「命の価値を軽々しく考えないで!私は今まで色んな人達を見てきたの。家族を残して亡くなっていった人、やりたいことがあるのに成し遂げられずに亡くなっていった人……そんな人達の思いを受けて私達は今日の日を生きてるの!そんな事言っちゃダメ!強く長く生きるのが私達人間全員の仕事なんだから!」


戦場で亡くなっていった様々な人達を見てきたエレナの言葉は重かった。外の世界に出たことのないルウでも、彼女の言葉の重みは理解できる。マツ先生の世界史の授業において、戦争は悲しみや苦しみしか生まないと教わっている。彼は自身の命に対する考え方を改めて反省した。


「……すまない。これからの人生、エレナさんの言うように強く長く生きることができるように頑張るよ。だけど、外の世界を知りたいのはマジだ。それだけはやらせてくれ。」


ルウはエレナの言葉を真摯に受け止める。しかし、彼の外の世界への好奇心が冷めることはない。


「……今、外の世界へ行くのがあなたが後悔することのない本当の夢なら無闇に止めはしない。だけど、無茶だけはしないでね。人生はその人次第で何色にも変わるんだから。」


ルウは小さく頷き、じゃあ、と言った後、医務室を後にした。エレナはルウの背中を医務室から見守る。


「あの子、戻ってきてくれるといいな。」


ルウは中庭の自分の家でシャワーを浴びている。変な夢をみてかいた汗を流すためである。


(しかし……あの変なやつは一体なんだったんだ……?)


シャワーを浴びるルウが考えていたのは夢の中に登場した『シャラライト』なる謎の人物のことである。なぜ自分のことを知っているのか?夢の中だけの存在なのか?自分の夢に出てきたから本当に自分自身なのか……?それに、あの不気味な見た目が忘れられない。夢の中で見た顔はすぐ忘れるものだが、シャラライトの不気味な顔は考えれば考えるほど恐怖に訴えかけてくる。


(もう、やめよう。シャラライトのことは。そうだ。エレナさんのことでも……。)


ルウは彼女の言葉をシャラライト以上に強く覚えていた。『外の世界に出る』という夢はエレナになんと言われようが取り消すことはないだろう。『外の世界』の夢を持つのは、幼い頃に父と交わした約束が心に刻まれていたり、外の世界に関する書物に心を惹かれた思い出があるからである。


〜9年前〜


「おとーさん、なんで僕はここに住むの?もっと広いところに行きたいよ。」

「ルウ、お前は選ばれた存在なんだ。だから色んな人から命を狙われる。もう少し大きくなったら外の世界に行けるぞ。それまで待っていてくれ。」

「うん!楽しみ!待ってるね!」


キョウは屈託の無いルウの笑顔を見て罪悪感を覚える。能力が発現しないからといって閉塞的な空間で育てるのはいかがなものか。しかし、能力が使えない人間はいない。外の世界に行かせるのには大きな不安がある。能力を持たない自分へのコンプレックス、能力を持たないからという理由で行われる差別、イジメ。考えうる危害を全て加味した上での中庭での暮らし。このような形に落ち着いた。

キョウは部屋から出る。するとそこに美しい金色の長い髪の女性が現れた。純白のドレスに身を包んだ彼女はさながら天使のようだ。彼女はルウの母、マリナである。


「マリナか、ルウはそろそろ寝る時間だ。一緒にいてやってくれ。」

「キョウ、ルウは大丈夫?」

「遅くとも7歳くらいになったら使えるようになると思ってたんだがな。もうルウは8歳だ。能力が発現するまでゆっくりここで過ごすのがいいだろう。」

「………能力が発現しないことはあるのかしら?」

「分からない。能力が発現しない人間は見た事がない。」

「そう、なら大丈夫なのかな。でも、バゼル達は早かったよね、オーバーパワー。」

「あいつらは4歳でもう能力使えたからな。我が子ながら恐ろしい。9割5分は6、7歳だというのに……。」

「逆におかしいのかと思ったよね。バゼル、元気してるかな。」

「ああ、きっとな。あいつはセンスが違う。修行先の『ジャポン国』のサムライ達も驚いていたよ。」

「あら、そんなにスゴいのねバゼルは。」


マリナが微笑む。キョウもマリナにつられて微笑む。やはりマリナの笑顔に勝るものはない。そう改めて思ったキョウ。


ルウは部屋の中で百科事典を読み漁り、外の世界の動植物について調べている。幼い彼の外への好奇心は凄まじい。ルウは本を通じ、中庭という小さな世界の中で大きな世界に惹かれてゆく。

しかし、この百科事典の『オーバーパワー』

の項目のページだけは綺麗に切り取られていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ルウはシャワーを浴びている間、エレナの言葉や幼い頃に好きだった書物や父との約束を思い出し、反芻していた。新しい服に着替え、部屋に戻る。部屋にはキョウではなく、マツがいた。


「マツ先生。親父はどこ行ったんですか?」

「あなたのお父さんは国王ですよ。戦争が始まったばかりなので今は非常に忙しくなっています。

「確かにな。大変だな国王も。」

「あなたもそのうち仕事が忙しくなりますよ。王は先程もルウくんに戦いの基本を教えると意気込んでいましたが、急用ができたので私がルウくんにオーバーパワーを使った戦い方を教えますね。」

「先生戦えんのか?」

「ムリです。私の能力は『顕微鏡』。空気中の成分を目視することができる能力です。戦いには向いてません。完全サポート型です。」

「オーバーパワーにも色々あんだな!」

「ええ。戦う上ではまずオーバーパワーについての基本ですね!オーバーパワーは大きく分けて2種類。『常時発動型』と『呼びかけ発動型』です。」

「常時?呼びかけ?なんだそりゃ。」

「まずは『呼びかけ発動型』についてですね。そのように分類される能力に関しては『オーバーパワー!』と呼びかけることによって空気中のオーバー粒子が反応し、働くことで能力の使用者が能力を使える状態にしてくれます。」


ルウが言葉を挟む。


「つまり?どういうことだ?分かりやすく言うと?」

「分かりやすく言うと技を使用するためのポイントを呼びかけで集めるといった感じですね。ちなみに、バゼルさんの『空刃』<くうじん>は呼びかけ型です。戦闘中に『オーバーパワー!』と叫んでいましたよね。あれです。」

「その呼びかけって絶対やらないとだめなのか?」

「基本はそうですが、言わなくても発動できます。非常に出力は弱くなりますが。あ、そういえばルウくんは呼びかけをしなくても強い炎が出せていましたね。」


ここでルウは確かに。と、疑問を覚える。なぜ自分は呼びかけを使っていないにも関わらず、あの出力の炎を吐き出し、水の壁を作れたのだろうか?


「確かに俺って『呼びかけ』しなくてもめっちゃ火吹けたよな?アレはなんなんだ?」

「分かりません。しかし、あなたの能力を使えない特殊体質が関係している可能性はあります。これから調べましょう。」


俺はやっぱりレアな存在なのか!ルウはマツ先生の言葉を聞いて少し誇らしげに思う。しかし、周りとの劣等感は否めない。


「あ、ちなみに私の『顕微鏡』は『常時発動型』です。」

「常時なんちゃらはどんなやつなんだ?」

「呼びかけをしなくても常に発動している能力です。特異な見た目をしている人がいたら基本はそれです。私の目がレンズみたいになってるのがそうです」

「へー、先生も髪の毛が無い特異な見た目してるもんな。だからか」

「そっちじゃなくて目の方!私のハゲいじりはもういいですって!これは遺伝ですよ……。じゃあ、今回教えることはこれくらいですかね」

「ん?なんちゃら常時と呼びかけだけか?」

「はい。一気に教えてもキツいですよね。少しずつ、バゼルさんとの戦いを通して覚えていきましょ。」

「え〜〜!?また俺兄貴と戦わなくちゃいけないのかよ〜〜!」


ルウの叫び声が中庭にこだまする。

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