第二話 決闘と劣等
「初めての兄弟ゲンカだ!」
初めて行うバトルで好奇心のようなものに満たされているルウ。しかし、能力を使ったことのない彼が飲むだけで能力を使える『インスタントオーバーパワー』を摂取しただけでバゼルに勝ち、外の世界で戦うことができるようになるのだろうか。
「ルウ、バゼルはかなりの実力者だ。怪我して後悔しないうちに降伏するのだぞ。」
キョウの心配にも関わらず、ルウはやる気満々である。
「親父、俺のことナメすぎじゃねーか?俺は中庭でやること無くてずっと筋トレとか運動とかしてたんだ。自分の体を思い通りに操ることくらいなんてことないさ。」
「じゃあそろそろ広いところに移動しましょうか。」
マツ先生の言葉を皮切りに彼らは教室の外に出て戦闘の準備を始めた。
「ルウ、じゃあインスタントオーバーパワーを飲んでみるがいい。」
キョウの言葉に促されてルウはインスタントオーバーパワーの唐辛子のイラストが描かれた缶の蓋を開け、一気に飲み干した。
「辛ぇ!!!辛すぎんだろこれ!!痛い!舌が!舌が焼ける!!!」
まるで喉の奥から下の先端にかけて燃え上がるような辛さがルウを襲う。まるで口から火を吹いているようだ。いや、まるでではなく、ルウは本当に火を吹いていた。
「なんだこりゃ!!口から火が吹けるようになってるぞ!」
ルウは大きく空気を吸い込み、思いっきり吐いた。炎が眼前に広がる。これがオーバーパワーか!ルウは喜びとワクワクに包まれる。
「ルウよ、効果は5分間だ。足りなくなったらお前の腰に付けておいた予備の缶を開けて飲むがいい。そんな余裕を作れるかどうかではあるが。じゃあ、始めてもよいぞ。」
「しゃあ!やってやる!」
「……来い!ルウ!」
ルウのデビュー戦は幕を開けた。
ルウは大きく息を吸い込み、吐き出した。
庭の草木が燃え上がる。辺り一面は火の海である。
(……なるほど。行動範囲を狭めようってことか……いや、こいつは能力を使い始めたばかり。適当に火ィ吹いてるだけだな。しかし火力が強い……。ここはとりあえず…)
「来い!オーバーパワー!空刃!《くうじん》」
寡黙なバゼルが叫ぶ。バゼルが剣を持っているかのような体勢になる。しかし、あくまで体勢であるため、実際に何か手に持っているわけではない。
(兄貴は何をしている……?叫ぶことに意味はあるのか…?何も変わっていないじゃないか)
そんなことを考えていたルウに刹那、バゼルがスピードを出して近寄って、剣で切りかかるような行動を取る。
「痛っ……!?」
ルウの腕からは剣で切り付けられたような跡が確かに残っていた。出血もしている。何をされたのか全く分からない。
「……俺のオーバーパワー『風刃』は空気を刀に変える……!壊れたらまた作り直せばいい……!」
バゼルがルウに切りかからんとするが、ルウも火を吹いて対抗する。
「熱っ…!」
バゼルは何か違和感のようなものを感じた。
(炎の出力が桁違いだ……!オーバーパワーを操るセンスがあるだけならすぐ分かるが…こいつは違う何かがある……!なんだこの腑に落ちない感覚は……!)
キョウとマツが目を丸くして戦いの様子を見ている。
「キョウ王…!ルウ君の周りにものすごい数のオーバー粒子が見えます……!こんな数見たことがない!」
マツは空気中に散らばるオーバー粒子と呼ばれるオーバーパワーを発動させるのに欠かせない成分を目視できる能力を有している。
「そうか…!だがなぜそんなことが起こっているのだ?」
「分かりません…しかし、ルウ君の通常では能力を使えないという体質が何かキーになっている可能性は高いです…!彼は世界で唯一の非能力者、前例が無いのですから様子をよく確認しておきましょう。」
バゼルが叫ぶ。
「オーバーパワー!風刃よ、二酸化炭素の剣を作れ!」
バゼルは自身の刀を二酸化炭素で構成する。火を吹き続けるルウの炎を薙ぎ払い、消滅させる。
「なにっ、そんなこともできんのかよ!?」
「お前の炎はもう効かない…!いくら火力が高かろうと化学の法則の前では無力だ……!」
ルウは運動能力を活かし、バゼルから距離を取り、雫のイラストが描かれたインスタントオーバーパワーを摂取する。
「させるかっ…!」
バゼルは空気の剣をフライングディスクの要領でルウに飛ばすが既に遅く、ルウは手のひらから新たな能力を発動した。
ルウの前に水の壁が現れる。手のひらから放出した水を操る能力である。
バゼルの刀はパシャンと大きな音を立てて水に弾かれた。
「チッ…面倒くせぇ…水は苦手ではあるが…まぁ所詮素人の能力……!」
バゼルは木を伝い、ルウの後ろに周った後、切りかかる。
「……ッ!ここでッ…!って、痛っ……!」
耐え難い痛みがルウを襲う。ルウは背後にも壁を作ろうとしたが、手のひらで水が弾け、うまく発動することができなかった。ルウはその場で倒れ込んでしまう。キョウがそんなルウを見かねて言葉をかけた。
「ルウよ、今日はこれくらいで終わりにしたらどうだ。そもそもオーバーパワーの使い方を分かっていない状態では予期せぬ怪我に繋がる原因になる。それに、オーバー粒子に対する『呼びかけ』をしていないのだから自身の能力を上手く操れないのは当たり前なのだ。まずはオーバーパワーを使った戦いの基本から教えてやろう。」
キョウはルウを医務室まで運ぶためにルウを背負った。その様子を見ていたバゼルとマツ。マツがバゼルに声をかける。
「バゼルさん、ルウくんはどうでしたか。」
「………まだまだ素人。……アレで戦場に赴いたら即死だろう。………だが、戦っている中で拭えない違和感はずっと感じていた……。」
「その違和感ですが……ルウくんはオーバー粒子に対する呼びかけを行わずともオーバー粒子を大量に集めることができていたんです。だから火力が人の何倍も強かったのです。それが違和感なのではないでしょうか……?」
「……やはりか、あいつの火力は普通じゃなかった……。油断していたらマズかったのかもな……。」
「普通の人間は『呼びかけ』を行って粒子を集めた後にオーバーパワーを使うことができますからね…。彼が呼びかけを覚えたらどうなることやら…。楽しみですね。」
「……戦いのセンスもあるから鍛えれば即戦力だな。……俺がしごいてやろう。」
バゼルは新たなライバルができるかもしれないという希望を感じていた。と同時に、弟に負けるかもしれないという心配も感じていた。自身の10年の努力が砕かれたらたまったものではない。しかし、国のためなら良い事なのかもしれないとも思っていた。
ルウは医務室に運ばれた。倒れた後のことはよく覚えていない。戦いから3時間ほどして目が覚めると、そこには60歳くらいのベテランと思われる女医と、自分と同じくらいの年齢と思われる看護師がいた。
「ん、やっと起きたかい。アンタずいぶんぐっすりだったわね。いびきがうるさかったわ。エレナ、水でも持ってきておやり。あとはその辺に置いてあるお菓子もセットでよろしく。」
「分かりました!こちらお水とメル先生の特製クッキーです!あ、申し遅れました、私は見習い看護師のエレナです!こっちはお医者さんのメル先生!よろしくね!」
エレナは透き通るような茶色い瞳と丸い目を持っていた。透明感のある肌と砂のようにサラサラであろう美しい黒髪。こんなのが戦地の医務室に常駐していたら兵士たちは戦争どころではないのでは?なんて思うルウ。メルさんは…… 屈強で強そうだ。というか髭が生えている。サングラスもかけている。おっかない。多分戦ったら負ける。
「……よろしくお願いしまふ。」
「わっ、もう半分くらい食べてるじゃん!元気だねー君は。若いうちに食べとかないとダメだぞー。どんどん食べなさいどんどん。」
「若いくせに何言ってるのさ。そりゃ私のセリフじゃないのかい。」
メルが微笑む。同時にエレナも微笑む。そんな時、キョウが医務室に入ってきた。
「ルウよ、落ち着いたら能力の基本の使い方について教えてやる。中庭の家にこい。」
と言い残してキョウは去っていった。
「そっか、俺はバゼルに負けたのか。……そっか。」
まぁ当たり前だろうという気持ちは半分くらいあったが、自身が能力をコントロールできないという劣等感は否めなかった。ルウはもう少しクッキーを頬張った後、もう一度眠りについた。
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