Over Ten 第一部 〜終わった世界と始まりの朝〜
クスリユビ
第一話 勃発と絶望
ここは『オーバーテン』という世界のとある大陸の西側に存在する『マルタ王国』。高度な最先端科学技術を保持し、世界経済、流通においても重要な核を担う国である。そして、物語の始まりはマルタ王国のマルタ城内の中庭から始まる。そこは大きな壁で囲まれていた。上空にも電流の流れるネットがあり、完全に閉ざされた空間となっていた。中庭の中には他に小さな池と数本の木々、そして小さな家があった。その小さな家の中。部屋には先生と生徒がそれぞれ一人。
「何千年も前の過去の人類が暮らしていた惑星、地球。その終末は突如として訪れました。様々な色の大きな結晶が世界各地に突き刺さり、謎のエネルギーを放ち、そのままドガーんと!……」
「マツ先生、そのくだりもう飽きたよ。世界史の授業の時いつもそっから入るよな。もう何回目だよ。」
授業を受けているのはルウ・フレイン17歳。髪の毛は無造作なパーマ気味であり、ところどころ金色である。目は鷹のように鋭い。瞳は透き通るようなブルーである。身長は170くらいといったところか。
「しかしルウくん!いつも言ってるじゃないですか、私が好きなのはこ・こ・か・ら!生き残ったたった一人の人類が最も美しく輝く結晶に触れ、神にも等しい力を受けるのです!そしてこの美しい私たちの住む世界である『オーバーテン』を創り上げたのですよ!私も結晶に触れれば世界を創り上げることができちゃったりして!」
「伝説上の話はもういい。それ作り話としか思えない。リアリティが無いね。それにたかが一国の王子の低賃金家庭教師が立派な世界なんて作れないよ。作れたとしてもせいぜい先生の頭みたいに草が一本二本生えてるくらいの貧相な……」
「そこまでにしてくれませんか……40後半の中年男性にそのイジリはきついです…すみません、真面目に授業しましょう。」
悲惨なイジリをされているのはルウの家庭教師であるマツ先生。ルウの言うように頭はハゲ気味。そして鼻が高く、目は顕微鏡のレンズのような見た目をしている。服装は基本的にきっちりとしたスーツを着用している。
なんやかんやでいつもと同じ日常が始まり、終わるのだろう。ルウはいつもと変わらぬ日常に飽きを感じながらもどこか満足する気持ちもあった。
30分後……
ルウは眠気でほぼ白目になりながら授業を聞いていた。何を言ってるかさっぱり分からない。しかし、そんな状況にも関わらず、はっきりと音が聞こえた。教室の戸がガラリと音を立てて開き、一人の兵士が立派な服装の男性と共に教室に入ってきた。兵士が先生とルウに対して声をかける。
「報告です。只今この西側マルタ王国と他二カ国は東側四カ国と戦争状態に入りました。家庭教師のマツさん、そしてルウ王子。至急ここから避難して安全な地下シェルターに移動をお願いします。」
マツの顔が一気に険しくなる。
「結晶をめぐる交渉が西側東側で決裂しましたか…きな臭い雰囲気は以前から漂っていましたがまさかまた戦争に発展するとは思ってもみませんでした。ルウ君、信じられないかもしれないが今から戦争が始まる。君の命も危ない。すぐに避難しよう。」
ルウは何が何だか全くわからない。戦争?なぜこのタイミングで?自分の命は?様々な心配が頭の中を駆け巡る。しかし、一番の謎は『結晶』というワードである。そんな物の存在はマツ先生の世界史の話の冒頭でしか聞いたことがない。伝説上の物ではなかったのか?考えれば考えるほど理解が追いつかない。そんな時、立派な服装の男がルウに声をかける。
「ルウ、久しいな。半年ぶりといったところかな。キョウだ。キョウお父さんだ。東側諸国との交渉等様々な仕事に追われてしばらく会うことが出来なかった。すまない。」
「親父、これはどういうことなんだ。俺によくわからん交渉のこととか戦争になりそうなこととか話してくれてもよかったんじゃないか。そもそも結晶ってなんだ。マツ先生が言うような伝説上の話じゃなかったのか。」
ルウは困惑した顔を見せる。キョウは一度何かを考えたような仕草を見せたのち、決意したように前を向く。
「ルウ、お前、これできるか?」
突然の呼びかけに固まるルウ。「これ」ってなんだ?と思ったのも束の間、キョウは手のひらから眩い光を放つ。
「うわっ、眩しっ……なんだそれ!?そんなことできるなんて……いつからそんなふうになったんだよ!?今まで一回もそんな事しなかったのに!」
「隠していてすまん。能力の存在を。しかし、お前のためだったんだ。」
ルウは何も理解できない。能力?そんな物マツ先生が使っているところもたまに会うキョウが使っているのも見た事が無い。自分が使えた試しも無い。しかし、能力の存在を隠すのには何か理由があったのだろうか?ルウはとりあえずの状況整理をした後、キョウに質問を投げかける。
「その、能力っていったいなんなんだ?」
「これはだな、『オーバーパワー』と名付けられたこの世界に住む全人類が使える能力だ。私の場合は光のエネルギーを手のひらに集めて光合成をする能力だ。自身の傷の手当ができる。飯も食わなくて良い。」
「てことは、俺も能力が使えるのか!どうやるんだ?やり方を教えてくれよ!使いこなしてみせるからさ!」
自信に満ちた顔でキョウを見つめるルウからキョウは目を逸らす。その顔は暗い。心なしかマツ先生の表情も曇っている。
「親父?なんだそんな顔して。マツ先生も表情が暗いじゃんか。能力の使い方って教わっちゃいけないのかよ。」
キョウが重い口を開いて語る。
「ルウ、お前だけなんだ。」
「何が俺だけなんだ?」
「この世界で、オーバーパワーを使うことのできない人間の存在は。」
ルウの表情は固くなった。なぜ自分だけが能力を使えないのだろうか。先ほどまでの能力を使いたいというワクワク感など消え去った。まるで世界から自分だけ疎外されているみたいじゃないか。なんで俺だけ。表情が暗くなる。まさに絶望といった言葉でしか表せないような感情が心の中で渦巻く。
「現代医療や科学においてもお前の存在は稀有だ。本当に世界で他に実例が無い。私は心配していたんだ。お前がどんな人間でもオーバーパワーを持つ世界にそれ無しで身を投げることを。様々な差別を受けたりオーバーパワーを使えないのをいいことに他国に誘拐されてしまったりする事を。ここでの生活は長かっただろう。避難するということは他の人間と会うということだ。そこで能力を知るよりかはここで能力の存在を聞いて心の準備をしておいた方が良いと考えて今回ここに私は来た。お前がコンプレックスを持って塞ぎ込まないためにも能力のことを教えなかったり、外の世界に連れて行かなかったりしてすまん。本当に、本当にすまん……。」
キョウの心には幼い頃からのルウの姿が浮かぶ。外の世界を知りたがるルウに本当のことを言えなかった自分の姿も思い出す。自分の息子に17年間事実を隠し続けた罪悪感が涙と共に溢れ出る。
初めて見た父親の泣き顔に少々困惑するルウだが気を取り直して話し始める。
「親父、いいんだ。どれも俺の為を思ってしてくれた事なんだろ?俺はこの世界においてたった1人の非能力者なんだ。レアな存在なんだぜ。事実を受け入れられないところはあるけど少し誇りにも思ってるんだぜ。だから、もう泣くのやめてくれ。な。」
「うう……!すまない……すまない……!」
マツも涙を流しているが気を取り直してキョウに話しかける。
「キョウ王、そろそろ例のものをルウ君に渡しませんか?」
「ああ、そうだな。おい、アレを持ってきてくれ。」
キョウが兵士に指示すると兵士は5分ほど経ったタイミングで缶ジュースのような物を持ってきた。
「これってなんだ?」
「これはだな、我が国の科学者達がお前に能力が無い事を確認したのちに開発したものだ。」
「ただの缶ジュースにしか見えないな。」
「ただの缶ジュースではない。これは『インスタントオーバーパワー』だ。飲むだけで5分間オーバーパワーを扱えるようになる代物だ。まぁ、何本か同時に飲んでも問題ないが、かなり疲れるぞ。できればやめとけ。そういうわけで、避難している間はこれを飲んで能力が使えるかのように振る舞ってくれ。」
ルウは考える。自身の国が戦争状態にもかかわらず自分が避難していていいのだろうか?次の世代の王として国民を守るのも王子の役目ではないか?そして、知らない外の世界を見てみたいとも。ルウは意を決して話出す。
「親父、これ使って戦うことって、できるか?」
「まだインスタントオーバーパワーは完全な開発とまでは至っていない。それに、戦うってなんだ。お前はロクな能力を使った戦闘訓練を受けていないのだから戦場に出たら一瞬で……」
「やってみないと分かんないだろ!?頼む、今までこの中庭で暮らしてたからみんなの役に立ててないんだ。お願い、訓練もこれからするから俺を信じてくれ。」
「なら、倒してほしい相手がいる。」
「誰だ?」
キョウはスマートフォンを取り出し、誰かに連絡を取る。そして10分後……
「ルウ、久しぶりだな……12年ぶりくらいか……?」
「この人って……?」
黒髪の前髪が長く、猫背な男がルウの前に現れた。前髪の奥から鋭い瞳が見え隠れする。そして声が小さいので何を言っているのかよく分からない。服はダボダボで動きづらそうだ。しかし、なぜルウの名前を知っているのだろうか?
「覚えていないのも無理はない。こいつはお前の兄にあたるバゼルという男だ。12年前に能力修行の旅に出てから修行を終えた2年前に戻ってきた。」
「俺の……兄貴か…!って、兄貴を倒すのか!?」
「そうだ。バゼルはかなりの実力者だ。こいつを倒せれば外で十分に戦えるポテンシャルはあるな。」
「弟だからって容赦しねぇ……ボコボコにして心へし折ってやる……」
ルウは完全にビビりながらも自分のポテンシャルとこれから何かが起こりそうな予感にワクワクもしていた。
「ああ、やってやるよ!初めての兄弟ゲンカだ!」
ルウは声を大きくして話した。
そんなルウを上から見つめる影が1つ。
「ああ……イイですね……ルウくんがついにバトルデビューですよ……伸びるのも時間の問題だとオモイマスね、ワタシは。」
紫色のマントに身を包んだ瞼が無く、髪がボサボサで怪しげな雰囲気を纏った何者かがそう言った。声は誰にも聞こえていない。
ルウの10世代に渡る冒険の幕明けである。
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