37 感謝の列


「フランソワーズ様、高熱を出した患者の症状が緩んできたとの報告がありました」


 王都の聖堂から王宮に戻り、王弟殿下の執務室でお茶を飲むと、もう午後になっていた。


 マーキュリーさんに届いた状況報告では、王宮では『聖なる水』の効果があったとのことだ。

 少しでも、前世の知識が役に立ったのなら良かった。


 ランチも摂っていないが、不思議とお腹が空いていない。



「たくさんの貴族から、感謝を述べたいと申し込みがありますが、いかがいたします?」


「え? 私の名前を出したの?」


 王弟殿下の名前を借りたので、私のことは秘密だったのに。


「直接は出していませんが、私たち王弟殿下の侍女が調理室へ命令を出したこと、王弟殿下の私室にいるのはフランソワーズ様であること、『聖なる水』のレシピはフランソワーズ様が考えたことは、知れ渡っています」


 そっか……これでは、バレバレだ。


「わかりました。王弟殿下の代行として、私が対応します」


 私に、そんな権限はないが、王弟殿下なら、きっと許してくれるはず。



「その間に、流行り病に、り患しなかった貴族の共通点を探して下さい」


 マーキュリーさんに指示する。


 緊急事態の緩和処置が終われば、次は原因調査に進むのが定石だ。

 私には、病が流行した原因に心当たりがある。


 ◇


「あ~疲れた」


 感謝を伝えに来た貴族の列は、驚くほど、予想以上に長かった。


「筆頭侯爵や次席侯爵の使いまでいたわね」


 私なんぞに、彼らが感謝することは、普段ならあり得ない。下心でもあるのだろうか。



「皆さん、大事な人の命が助かったと、フランソワーズ様へ心から感謝していました」


 マーキュリーさんはうれしそうだ。


「それほどの事ではないのに」


 自分で考えついたものではなく、前世で得た知識だ。

 でも、何もしないでいたら、命を落とす人がいたのかもしれない。



「密かに私へ忠誠を誓うとか、愛する人の恩人だとか、持ち上げられて、なんとなく恥ずかしかったです」


「もしも、フランソワーズ様が、派閥の長になれば、多くの貴族が集まりますね」


 マーキュリーさんは笑っているが、それはあり得ないことだ。


「王弟殿下の代理なのに、私の名前が独り歩きするのは困りものです」


 私は裏方だ。王国が安定し、国民が幸せに過ごせれば、それでいい。



「先ほど指示がありました件ですが、流行り病にり患しなかった貴族や使用人は、全てクリーン魔法で日ごろから清潔にしている者たちです」


 やはりか。私が心に引っかかっていた事と一致する。


「クリーン魔法……もう少し詳しく教えて」


「たぶん、不衛生な環境で、流行り病が広がったと考えます」


 王都の裏通りなど不衛生な場所で病が発症し、それをネズミが運んで王都全体に広がったということか。


「調理場や王都の聖堂も、クリーン魔法で清潔に保たれていたのですね」


「はい、クリーン魔法は建物にも効果があります」



 机上で単純に考えれば、解決策はある。


「王都中の人間、建物に、クリーン魔法をかけれる?」


「それは、私たちでは無理です。人間だけでなく、建物まで、王都全体にクリーン魔法をかけるには、聖女様レベルの膨大な魔力が必要です」


 侍女は悔しそうな顔をしている。自分にもっと魔力があればと、自分を責めているのだろう。


「逆に、膨大な魔力があれば可能なのか……」



 クリーン魔法の恩恵を得ている上級貴族だけが、り患していないのは、少し悔しいが、私もその一人だ。


「王都を、もっと清潔にするように、定期的に清掃することは出来ないでしょうか」


 清潔にすれば、病の発生原因を潰せるはずだ。


「貴族は……ゼイタクにはお金をかけますが、王都の清掃に国の予算を使うとは思えません」


「だよね……王国の予算は、貴族院で決定してますよね。国を変えるには、大きな派閥を作れば……」


 私が、第一王子と婚約すれば、大きな派閥ができたはずだ。でも……いまさらだ。



(フランソワーズなら出来る)


 え? 四角い宝石の声が、頭に聞こえてきた。私が何度話しかけても、ダンマリだったのに。


「わかった、手伝って……王都全体に、クリーン魔法をかけます!」


「はい、王都全体にクリーン魔法を……え?」


 私の無茶な宣言に、マーキュリーさんは驚いた。



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