23 メイド長


「フランソワーズ様、第一王子タロス様と婚約するよう、もう一度、考えていただけませんか?」


 午後の授業中に、学園の応接室に呼び出された。


 相手は、国王の専属メイド長である。


 応接セットの下座に、向かい合って座った。



 私の母親くらいの年齢だろうか。金髪で青い瞳、紺色のメイド服に白いロングエプロンで、けっこうな美人だ。


 一見すると、平均的な顔立ち、平均的な容姿、濃紺のメイド服に包まれた平均的な女性であるが、よく見れば金髪で青い瞳の美人である。美人であることを、ワザと隠しているようだ。


 実家を離れた独身女性であり爵位はないが、メイド長という高い役職である。父親は上級貴族らしいが、なぜかコネを使わず、実力で成り上がった現場からのたたき上げである。



「私は、第一王子から婚約のサインを拒否され、さらに国王陛下から、伯爵家以上ではないことから婚約を延期さらた令嬢です」


 私は、王国の安定のために、政略結婚を受け入れる覚悟を決めていたが、第一王子が筆頭侯爵令嬢と婚約したいと言い出し、さらに、侯爵の父が爵位を返上したらしいのだ。


 まぁ、第一王子は、私を側妃に、いやハーレムの一員にすると、考えているようだが。


「正妃様と筆頭侯爵様は、今までも、これからも、貴女を第一王子と結び付けたいとお考えです」


 正妃も筆頭侯爵も、私を気に入っているようには見えないが、なぜだろう。私が、王妃教育で、良い成績を出していることを評価したのだろうか?



「私に、拒否権はあるのですか?」


 王族の命令は絶対だ。従うしかないと、そう教えられてきた。


「命令ではありません。今回は、私からの相談だと考えて下さい」


 国王は、第一王子と私を結びつけることで、貴族院の第一王子派と、父が長を務める中立派とを結びつけ、第一王子の基盤を、盤石なものにしようとしていた。


 しかし、父が爵位を返上した今、私は、第一王子の婚約者として価値が無くなったのではないか?


 専属メイド長からの相談……国王の考えが、どの程度入っているのだろうか?


 沈黙の時間が流れた。



「気持ちの整理がつきません。少し、一週間ほど、時間を頂けませんか」


 時間を稼いで、サクラに相談したい。


「ご存じのように、第一王子様の暴走が止まりません。日曜日に、もう一度、婚約契約書へサインするよう、内々に準備を進めたいと思います」


 なんだ、やはり私には、逃げ道が無いじゃん。


「分かりました。金曜日の午後に、返事を持って、王宮に出向きます」


「良いご返事を待ちます」


 他国へ逃げれば、私は自由になれるだろうか?


 ◇


「お母さん!」


 メイド長と応接室を出ると、すでに下校の時刻で、通りかかった中等部の令嬢が声をかけてきた。レディース・ボウタイはグレー……平民の特待生だ。


「ルナ?」


 メイド長の娘さん? 金髪で青い瞳、スタイルも良いし、品も感じられる。この子、将来は、美人になるだろう。というか、メイド長は独身でしょ? シングルマザーだったの?


「聞いてよ」


 ルナと呼ばれた令嬢は、悔しそうな顔でメイド長にすがっている。



「メイド長、応接室に戻りましょう」


 この廊下では他の生徒の迷惑になりそうなので、応接室に戻ることを勧めた。


 ◇


「あのね、上級貴族たちがひどいよの!」


 ルナちゃんが話し始めた。成り行きで私も応接室に入り、彼女の話を聞く羽目になったのだ。


「私ね、いつもランチを残さずに食べてるの。そうしたら、上級貴族の人たちが『貴族は、食事を残すものだ』というのよ!」


 彼女は怒りながら話を進める。


「ランチを作ってくれてる調理人、商人、農家の人たち、そして命に対する感謝の気持ちが、全くないのよ!」


 ランチ一つであっても、多くの方の愛情が込められていること、生きものの命をいただくことへの感謝の気持ちは、各家庭で教えられているはずだ。


 なんでもかんでも、学園で教えるというものではない。


「しかも、残さず食べる私を『貧乏くさい』とまで言うの!」



 貧乏くさいか……私は、今日から貧乏になった。


 朝は、一般寮のモーニングを食べる。あ、今朝は走りながら食べたけど。


 昼は、学園の一般エリアでランチを食べる。あ、今日はサクラからおごってもらったけど……


 私は、まだ本当の貧乏を味わっていないかも……


 いやいや、侯爵令嬢の時だって、残さず……いや、残していたかも。出される食事の量が多かったし……反省しよう。



「ねぇ、お母さん。アイツらを張り倒しても良いかな? 人の道を外れた悪党は、殴ってでも、人の道へ連れ戻すんだよね?」


 ルナちゃんが、お母さんのメイド長に、恐ろしいことをきいた。


「そうです。でも、今回の件は、貴女の友人も被害にあったのですか?」


「私だけ……」


「では、ルナだけならば我慢しなさい。貴女の力は、愛する人のために使いなさい」


 この母娘、なんだか普通と違う気がする。


 似たようなことを、王妃教育で教えられたけど、騒ぎにならないように裏で処理するようにと、私は習った。



「その上級貴族たちの名前をメモして、お母さんに渡してね。裏でお仕置きするから」


 国王専属メイド長の機嫌を損ねると、恐ろしいことになるみたいだ。このメイド長には、逆らわないようにしよう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る