10 一代男爵


「フランソワーズに、一代男爵の爵位を授与する」


 国王陛下が宣言した。


 日曜日の午後、私は落ち着きを取り戻し、謁見の間に出向いたのだ。



 黒い服装に、紫色のサッシュ、数え切れないほどの勲章が輝いている。金髪で青い瞳のイケメンであるが、私は顔を下げているので、国王の顔は見えない。


 本来なら、婚約契約書へのサインの後に、婚約を報告するため、国王陛下に謁見する予定だった。しかし、第一王子の暴力によって私が気を失ったことから、私の回復を待って、謁見することになった。


 服装は、指定されたとおり、学園の制服のままである。侍女のクリーン魔法によって、ぬれる前よりも奇麗になっているのがうれしい。



 爵位を表す色のレディース・ボウタイは、平民のグレーではなく、黒色を指示された。侯爵令嬢を示す赤いボウタイは、もう着用することはないだろう。


 黒色は、貴族の一番下の爵位である男爵を表す。


 私は、学園での成績が優秀であること、聖女見習いになれたこと、第一王子の婚約者になれたこと……いや、第一王子との婚約は延期になったが……一代男爵の爵位を授与されることになったのだ。


 たぶん、王弟殿下が、裏で動いたのだろう。


 父が侯爵という爵位を返上したらしく、私の身分は平民になったのだが、ここで一代男爵と認められることで、領地は無いが、貴族社会にかろうじて残ることができる。



 一方の国王は正装だ。平民に落ちた私ごときに、そこまで必要はないと思うが、国王は、とにかく真面目なのだ。


 謁見の間では、国王陛下が玉座に、そして王弟殿下、さらに正妃、筆頭侯爵が微妙な顔をして立っている。



「国王代理として、一代男爵のサッシュを授ける」


 王弟殿下が、私に、男爵を示す黒色のサッシュを、肩から掛けてくれた。


 顔が近い……恥ずかしいような、うれしいような。


 黒色……あ〜、王弟殿下のパンツ姿を思い出し、顔が赤面する。



「フランソワーズ、王族との婚姻は、爵位が伯爵以上という習わしがある」


 国王が苦い顔で言った。男爵の私は、王族と婚姻を結べなくなった。


 第一王子との婚姻が無くなってうれしいが、幼い頃からの想いは、これで叶わなくなったわけで、私は心で泣いている。



「第一王子との婚姻を少し延期するが……婚約者候補として、これまでどおり、タロスを支えてやってくれ」


 え! 婚姻はないのに、どうして?

 しかし、国王のお言葉だ。これは「承知しました」と答える一択だが……



「バン!」私の後ろ側で、謁見の間の扉が勢いよく開いた。


 なんという礼儀知らずな行い!


「ちょっと待った」


 この声は、タロス第一王子だ。


「僕は、フランソワーズとは婚約しない。このイライザ嬢と婚約する!」


 これは午前の続きか? まさかの国王と正妃の前で?

 普通なら極刑だ。第一王子なら許されるのか?


「タロス、黙りなさい!」


 正妃が、息子である第一王子をたしなめた。



「母上、聞いてください」


「公の場では、正妃と呼ぶよう教えたでしょ」


 第一王子は、教えられたことを、三歩歩けば忘れる特技を持っている。学園では有名な話だ。


「正妃様、僕は、このイライザ嬢と婚約をしたいのです」


 第一王子の後ろには、筆頭侯爵の令嬢、イライザが誇らしげに立っている。国王の前で、その度胸は素晴らしいものだが、父親の筆頭侯爵は、口を開け、ピエールヒゲが垂れ下がってるのが、見えないのか?



「父上、聞いてください」


「公の場では、国王陛下と呼ぶよう教えたでしょ」


 たしなめた正妃は、さすがにあきれているようだ。



「国王陛下、イライザ嬢も僕を愛しています。相思相愛、真実の愛なのです」


 さすがの国王も困った顔をしている。


「本当なのか?」


 国王が、仕方なく筆頭侯爵に訊ねた。



「イライザは、第二王子と婚約するザマス!」


 ピエールヒゲが、いや筆頭侯爵が、正気に返り、顔を真っ赤にして声を荒げた。


「ん? 聞いていないな。イライザが第二王子と婚約するというのは、本当なのか?」


 第一王子の言葉に、筆頭侯爵が今度は青ざめた。秘密だったのか? 学園では、既に広まっている話なのに。



「タロス様、わたくしは第二王子との婚約を蹴って、真実の愛を貫こうとしているのです」


「そ、そうか」


「わたくしの真実の愛を信じてくれますよね」


「もちろんだとも」


 第一王子の目がハートマークになった。令嬢の目は微笑みながら妖しく光っている。


 あ! 二人がキスをしようとしている。



「「認めないザマス!」」


 筆頭侯爵と正妃の声がハモった。

 さすが、実の兄と妹である。息がぴったりだ。



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