Touch-6

 降り立った深雪の平原は極寒の寒さだった。

 向こうに、集落の影のようなものが見える。

 まるで砂上のオアシス、歩いて何時間かかるかがわからないが……ウルフは時折、空の彼方に轟くジェット音に顔をあげながら歩いた。


 だが、少し歩いたところで、ウルフのそばをトラックの車列が通りかかった。

 戦闘の疲れもあり、ウルフは警戒心が落ちていた。

 慌てて、地面に伏せて身を隠そうとするが、車列は停止した。


 今いる場所はおそらく、ベルヌーイ領だ。だとすれば、侵攻中の車列の可能性が高い。

 だが、ウルフは護身用の武器なんて持っていない。


 トラックから降り立った何人かの人々は、落ちたグリペンを見て何やら言い合った後、ウルフに気づき近づいてくる。


「……なのか、……!?」


 軍人ではなさそうだが、民兵だろうか、粗末な衣服の先頭の男はショットガンを背負っている。

 彼の言う言葉はベルヌーイ訛りがきつく、ウルフには聞き取れない。


「まってくれ、話を」


 ウルフがそういうと、男は剛腕の腕を伸ばしてきた。

 胸倉をつかまれ、ねじ伏せられる。

 そう思い、思わず目をつむったウルフだったが……いつまでたっても、胸倉は捕まれなかった。

 その代わりに右手をがっしりと握られていた。


「やっぱりそうだ。あなたは解放者だろう! 」


「か、解放者?」


「私たち、むこうの町に住んでた。

 悪の会社の列車、あなたが破壊してくれた!」


 興奮しながら、たどたどしく共通語を喋る男。


 ”「解放者か、新たな二つ名が増えたな」”


 大熊の言葉を思い出し、ウルフは合点がいった。

 彼らは技研に支配されていたベルヌーイの街の住人たちだった。


 ◇


 彼らはウルフを先頭のトラックに載せてくれた。

 驚くべきことに、その運転席にいたのはコルサックの老人だった。

 彼はウルフに温かいコーヒーを手渡す。


「私たちのことは、他の地域の人々……特に軍人には秘密にしておくべきだが、君になら話しても構わないだろう」


 彼は自分を、コルサックの国境沿いの街”ストーンヘンジ”の市長だと名乗った。

 いつかウルフが見た通り、復興が進んでおらず、貧しい街だ。

 政府はより富裕層が多い都市部の機嫌取りに躍起になり、ストーンヘンジは放置されてきた。

 更に、大統領が変わった。

 新大統領は貧しい街を救おうともせず、GDPの生産量が少ない人々に救う価値はないとまで言い放った。

 支援は打ち切られ、十分な燃料も、電気もない、このままでは冬を生きていけない。

 彼らは生きるため、同じ境遇のベルヌーイ人と助け合うことを決めた。


 「怒らないのか?」


「何に?」


「いや、君のような元軍人からすれば、私たちのしている行為は敵と手を組んでいるようなものだろう?」


「戦争は終わった」

 

 市長はウルフの返答にうれしそうな顔をした。

 トラックの外では、ベルヌーイ人たちがグリペンの散らばった残骸を拾い集め、トラックに載せている。

 学がなくとも、信仰深い彼らはきっとグリペンが復活すると信じているのだろう。


「集め終わったようだ。

 行こうか、私たちの故郷へ」


「しかし、ベルヌーイの軍勢が」


「いや、大丈夫だろう。

 略奪者は貧しい町には目もくれないさ」


 市長は自嘲気味に笑うと、シフトレバーを一速に入れた。


 ◇


 トラックが街に近づいていくと、ウルフは粗末なレンガ造りの家、いくつかの墜落した戦闘機の残骸、そして、そこに小柄な人影を見た。

 その人物は、周囲の住民たちがなだめているのにも関わらず、必死になって戦闘機のまわりの雪を素手でかき分け、何かを探していた。

 ウルフはトラックが止まると同時に、外へと飛び出した。


「フォックス!」


 ウルフの声に反応したその人影、フォックスは立ち上がると一目散に駆け出してきた。

 途中、積雪で何度も転び、そのクリーム色の髪に雪をつけながらも、ウルフのもとにかけよると勢いよく彼の胸元にダイブした。

 ウルフはそれを何とか抱きとめる。

 彼女が彼に回す細い腕には、信じられないほどの力が込められていた。


「私……私……!」


 フォックスは何かを言おうとするが、自身の嗚咽にさえぎられて、うまく言葉を発することができなかった。

 ウルフも、彼の場合はいつもどおりだった。

 気の利いたことを言える男ではなかった。


 せいぜい、できることと言ったら、彼女と同じように力を込めて抱きしめるぐらいしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る