And-1


カウンター・スナイパー ―追放された猟師は、追放者に逆襲する。

https://kakuyomu.jp/works/16818093089339607852


 



 暫くすると、外が極寒であることもあり、ウルフは冷静になってきた。

 周りを見ると、住人たちの視線が集まっていた。

 皆、感動の再会を温かい目で見ているが、それはそれで気恥ずかしかった。


 少し罪悪感を感じたが、ウルフはくっつくフォックスを引きはがそうと試みた。


「フォックス、もういいだろう?」


「……よくありません」


「わ、わかった。せめて場所を移動しよう」


 フォックスをくっつけたまま、ウルフは路地裏へと逃げ込んだ。

 だが、その路地の向こうにも人影があった。

 それは見知った人物だった。


「大熊大佐!」


「ウルフ、生きていたのか!」


 大熊はウルフに振り返ったときは、歓喜の表情を見せた。

 だが、再び正面に向くと、激高の声を上げた。


「ああ、大したマッチポンプだ!」


 大熊の正面に誰かいるのか?

 フォックスが今度こそ離れ、ウルフは様子を伺う。

 大熊の前にいたのは、地面に膝まづいているキーテだった。

 彼女は両手と頭を地面につけている、ベルヌーイ人の作法は知らないが、それが屈服とか猛省の意をあらわしていることは何となく察することができた。


「我々の主任、ターンストンは黄色連隊の人間だった。

 俺たちは最初から利用されていたんだ」


 大熊はキーテから聞いたことを語った。

 以前、ウルフとフォックスがディナーに行く際、集合場所として選んだ戦争公園のモニュメント。あれが設置される原因である病院空爆は、ターンストンの手によって引き起こされた。

 隊長アドラーにも匹敵する腕をもつと称されたターンストンは、素晴らしい操縦技術で戦闘機や防空網を潜り抜け、独断で病院を空爆した。


 アドラーに問い詰められると、ターンストンは自分はスマートな戦争をしただけと反省の意を見せなかった。そして、危険人物として不名誉除隊処分となった。

 ターンストンはこの処分に激高し、戦争序盤でベルヌーイを去った。


 それからベルヌーイ敗戦後、生活やPTSDに苦しむキーテら兵士の前に再び現れた。

 ターンストンは彼らに今の現状は甘い戦争をしたからだと叱咤した。

 そして、彼らに多額の資金、最新の兵器を渡すとこう言った。


「もう一度チャンスを与えよう」と。


 多くの兵士たちは、今度こそはと彼に付き従った。

 キーテも最初は困惑していたが、かつての戦友たちからの必死の呼びかけ、ターンストンからベルヌーイを再び豊かにすると約束され、彼らと行動を共にした。


 だが、そんな未来は訪れなかった。


 かつての仲間たちは現状の不満・不安をコルサックの怒りへと変えて、狂気に目を見開き、突撃していく。

 国民を豊かにするためと集めた金は、より高性能な爆弾とミサイルを買うために使われた。


「手を貸したのは事実なんだろう!? 

 事態がまずくなったから、逃げ出した! 違うのか!?」


「……言い返す言葉もない。何も見えなくなってしまっていたんだ」


 大熊の激怒に、キーテは首を振りながら、弱弱しく言葉を発した。

 かつて、軍のプロパカンダ放送に映っていた美しく、凛々しい彼女とは別人のようだった。


「私が女と子供は殴らない主義で助かったな。

 貴様が野郎なら、痛い目に合わせるところだった」


「……いっそ、殺してくれ」


 尚も怒りが収まらない大熊の捨て台詞に、キーテはがっくりと頭を下げ呟いた。

 フォックスもウルフの思い詰めている表情に何かを感じたのか、彼の肩を優しくたたいた後、大熊の後を追った。


 キーテの肩や髪には雪が降り積もっていた。

 ウルフは彼女を雪が降り続ける路地の通りから、屋根のある軒先へと引きずった。


「君に負けた後、推力が尽きるまで飛び続けた。

 そして、沖合で脱出した。

 理由はわからない、死ぬのが怖くなったのかもしれない。


 ここに住む親切な漁師に救われ、今日まで生きてきた。

 だが、これなら死んでおくべきだった」


「そんなこと言わないでくれ。

 今日、俺と仲間を救ってくれたじゃないか」


 ウルフがなだめても、キーテは項垂れるばかりだった。

 彼女は震える指で、ウルフにボイスレコーダーを手渡した。

 再生ボタンを押すと、そこにはターンストンの声が記録されていた。


 <諸君、平和とは何か?

 多くの民衆が望む平和とは?

 

 それは我々兵士が無価値と化す、地獄の空間だ!>


 <先の戦争を見ただろう。

 戦争中びくびくとおびえていた連中は、今となっては我々の年収を追い越し、したり顔で無能呼ばわりしてくる!

 

 先の戦争では、10万人死に、国境すらも1㎜も動かなかった!

 彼らの死を無駄死ににしてはならない!

 では、何をすべきか!?>


 録音された音声が少し歪んでいる。ターンストンの怒声や熱のこもった部分では音が歪み、まるで怒りが音そのものを歪めているかのようだ。


 <時代を変える!

 かつて騎士の時代が存在した、その時代を取り戻す!

 武力でを制圧する。

 その先に、人々が頭を下げ、道を開け、恐れる我らの黄金の未来が待ち受ける!>


 ボイスレコーダーからは、音が割れるほどの歓声が響く。

 キーテはうつむきながら、つぶやいた。


「どうかしていた。

 こんな戯言を聞いても、皆が喜んでいるのだから、きっと正しいことなのだろうと思った。

 そして、行動している分、悩んでいる君より正しいと思った。

 だが、悩んで、苦しみ、それでも何をすべきか考えていた君の方こそよっぽど正しかった。

 

 私は取り返しのつかないことを……」


 キーテはそれ以降、言葉を紡ぐことはできなかった。

 ウルフはせめて、着崩れている彼女の軍仕様のジャケットをかけてやろうとするが、その袖部の国章や部隊ワッペンが乱暴にはがされていることに気づいた。


 雪は降り積もり、寒さはより厳しくなっていた。

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