And-2
コルサックの一つの中枢都市。
勇敢なコルサックの兵士たちのおかげで、戦時中、攻撃を受けずに過ごせてきたこの年だったが、今は他でもないコルサック軍の尖鋭によって襲撃されている。
輸送機から投下されたパラシュート共にシェリダン空挺戦車が、住居を押しつぶした。
「戦車、前進! 第一占領目標である市役所を包囲する!」
「おい、お前ら、何をしてるんだよ!?」
都市部に住んでいた人々が悲痛な声と共に戦車の前に現れる。
それを見て、車長が戦車を止め、ハッチから姿を現す。
「何の真似だよ、俺たちの街を無茶苦茶にしやがって!」
「こんなこと赦されないぞ!」
そこには、かつてウルフをおちょくった眼鏡の男もいた。
彼らは軍の暴走は身勝手なもので、根本的な原因が自分たちにあるとは思っていなかった。
「お前たちのせいで株価が大暴落だ!」
彼らの声を聴いた戦車長は緊張感なさげに、頭を掻きながら、首を傾げた。
「聞いた話じゃ、ある日、軍の英雄だった男がこう言われたらしい。
嫌なら、勉強していい職をつけばよかった、自業自得だと。
だから、今日は俺がこう言うんだ。
嫌なら、武器を持って戦えばよかった。自業自得だと」
「はぁ!? 俺とお前たちを一緒にするな!?」
「主砲発射」
「えっ――」
シェリダンの152mmガンランチャーは、不満をあらわにする民衆ごと、市役所に向けて主砲を発射した。
範囲50m、60度前方円の中にいた人々は即死し、それ以外も死を待つだけの屍となった。
「何をしている? 目標はまだ先、首都だ。
戦車前進」
「あいつら、民間人を撃ったぞ!」
「軍人め、許せない!」
◇
「そうか、ウルフのグリペンは確実に撃墜したと。
いやいや、大統領は殺すな。
無能な敵は味方だ。では」
男は単純な業務連絡を終えたかのように、
ATCの本社ビルの最高層に位置する豪華な社長室の中にターンストンはいた。
通話を切ると、ターンストンはくるりと椅子を回し、自分の背後を見る。
そこには社長を始めとした数名の重役の死体が転がっていた。
「片付けが面倒だな」
ターンストンはあっけらかんと呟く。
再び、正面を向き、株価が写された大型ディスプレイを眺める。
戦争により、世界全体の株が軒並み暴落している最中、ATCの株は急上昇していた。
世間はこの戦争の原因は国家間の対立にあるものと思い込み、その裏で企業が暗躍しているなんてSF映画じみた考えをもつ者はいなかった。
ターンストンはその事実を隠し通すために、もう一本電話を掛けた
「……大統領官邸かね?
匿名で情報を提供したい。
ウルフと呼ばれるパイロットの話だ」
◇
空挺部隊だけではない。
国の中央を走るハイウェイからは、ベルヌーイ装甲部隊が進軍をし、彼らは栄えている中枢都市を中心に攻撃を行い、物資の補給と題し、略奪を行う。
そうしながら、彼らは首都へと刻々と迫っていた。
一日、二日とたっても、コルサック政府は大混乱に陥ったまま、ATCが黒幕だとは思わず、逆に軍を信用せず、彼らに手を借りようとするほどだった。
当然、批判は新大統領、ジョン・デイビットに集中した。
だが、そんな彼の下にとある匿名の情報提供者から、特ダネが入ってきた。
ジョンは大統領命令のもとに、それを報道機関に報じさせた。
『軍クーデター、主導者はウルフと呼ばれる元パイロットと見られる』
『シエラCEO殺害にも関与か』
『民間人への暴行の疑いも』
「戦争に囚われた残忍で、狡猾な男としか言いようがありません!」
「悪魔の生まれ変わりだ」
「平和な世で生きていく能力も無ければ、善良な心もない、仲間もいない。だから、暴れる。正しく一匹狼というにふさわしい人間です」
「何、これ……?」
大統領命令という大義名分を手に入れた報道各社のTVキャスターたちが好き勝手に罵詈雑言を述べるのを見て、フォックスは呆然と呟いた。
大熊は青筋を浮き立たせ、机を拳で叩いた。
ウルフら三人が、辺境の街”ストーンヘンジ”に身を寄せている最中、その報道は始まった。
大統領は国内の混乱を収めるよりも早く、自分の名声を守ることにした。
そのためには、今、自分に向かっている非難を誰かに向けなければいけない。
そんな時に舞い込んできた”ウルフ”という人物の情報、好都合だった。
これにより、国民の怒りはウルフ、更には軍へと移り変わっていた。
不幸中な幸いなことに、軍は功労者であるウルフの情報を破棄していた。
コスト削減のため、除隊した者のデータベースは削除する方針だった。
ターンストンもウルフに罪を着せたいが、ATCが関与していたとは思われたくなかったので、情報は最低限渡した。
そのため、報道も遠巻きに取られた不鮮明なものや、5年前に撮影された身分証ぐらいしか写すものがなかった。
ウルフたちの前には、キーテが用意した偽装パスポート一式が置かれていた。
ATCの襲撃部隊、グレイウィングはボロボロになって落ちていくグリペンを見て、撃墜を確信し、撤退していったそうだ。
だから、彼らはウルフが死んだものと思い、遠慮なく罪を被せた。
キーテは三人に偽りの身分を使って、国外で生活する助けになると申し出た。
大熊は席を立った。
冷静、沈着な彼だが、長年、軍に仕えてきた末路が国外脱出ということを認められずにいる。
ウルフも決められずにいる。
偽の身分証を使い、国外に出れば、また人並みの生活はできるだろう。
だが、厳格な身辺検査が必要なパイロットにはもうなれないだろう。
しかし、もう十分じゃないか?
仲間たちが、それで助かるというなら。
結論を出そうと、机の上で握り締めていた拳に、そっと柔らかな手が重ねられた。
「好きにして、いいんだよ?」
きっと、何を言っても、彼女は彼のいうことを肯定するのだろう。
ウルフが結論を出そうと、口を開いたその時だった。
『今回の戦争勃発を受け、アシアナ王国、マリアンナ・アナスタシア・アシアナ皇女殿下が記者会見を行います』
「マリアンナ?」
TVの画面には、ウルフの見知った顔が映っていた。
かつて、後席に載せ、冒険のようなフライトを共にした姫様だ。
彼女の端正な瞳には、強い怒りがあった。
「今回のコルサック-ベルヌーイ間での軍事衝突において、我が国は武力を用いた現状変更を望むベルヌーイを強く非難します」
此処までは、各国の主導者たちが出している当たり障りのないありきたりなセリフだった。
しかし、彼女は一瞬、報道陣が向けるカメラから目をそらし、天井を見上げる。
いや、それすら透過して空を見上げるようだった。
再び、カメラに目を向けた彼女の瞳には強い意志があった。
「そして、自らの言動を自省することなく、あまつさえ個人に責任を転嫁しようとするコルサック共和国を非難します。
……私たちの国を救った英雄であり、私の騎士を侮辱したコルサックを強く非難します」
それはコルサックでウルフに関する報道がなされたわずか3時間後の出来事だった。
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