And-3

 平和に居場所を見つけられず、敵味方、民衆すらをも巻き込んだ自暴自棄の集団自殺を行おうとする一匹狼、そういうセンセーショナルな記事を書こうとしていた記者たちは、マリアンナの言葉に驚かされた。


 彼女はウルフの個人情報になるようなことの開示は避けつつも、彼が行った功績について、報道陣に示した。


「文字通り、彼はこの国を救いました。

 それだけではありません。

 彼を始めとした軍人たちはコルサックも救ったのです。

 確かに、その後の経済は望んだものではないかもしれません。

 ですが、あなた方が暮らしている今日は、彼らが守った明日なのです!」


「彼は撃墜され、すでに死亡したという情報もありますが」


「いいえ、あり得ません」


「しかし、皇女殿下、その男がそういう行いをしたからと言って、今回の行為をしていないという証拠にはなりませんよ。

 コルサックの大統領は信頼できる情報と言っているのです」


 記者からの鋭い指摘にも、マリアンナは屈することはなかった。


「私は確信しています、彼はこのクーデターには参加していません。


 彼らの示す証拠こそ、物的証拠がありません。

 では、何故、信じてしまうのか?

 それは、人々の中に負い目があるからです。

 本当は生活が良くならない理由は、軍隊だけの原因ではないことを知っていて、それでもうっぷんを晴らしたいが為に、八つ当たりしているという自覚があるのです。

 もちろん、クーデターに参加する人々を肯定しません。


 これが最後のチャンスです。

 どうか、歩み寄り、言葉を交わしてください」


 その言葉を言い終えると、マリアンナは記者会見の内容とはそぐわぬ微笑みを見せた。

 それは明らかにこれを見ているであろうウルフに向けられたものだった。


 放送が終わると、コルサックのTV局のレポーターは暫く押し黙った後に、今の放送はデタラメだとわめきだした。


 しかし、ウルフの体内を巡る血はどくどくと音を立て始めていた。

 フォックスが重ねた手を握り返した。


「……ずっと、遠回りしていたが、ようやく気付いた。

 死ぬことよりも、役割だからやれ、変わりはいると、誰からも俺自身を必要とされないことの方がもっと恐ろしい。

 だが、マリアンナ、大熊……そして、フォックスは俺を必要としてくれた」

 

「うん……」


「今の大統領も、ターンストンが求めているのは武器だ。

 俺は武器じゃない、意思を持っている。

 俺を認めない人々と戦い、必要としてくれる人々の為に戦う。

 俺は戦う理由を見つけた」


 フォックスは吐息を吐いて、驚いた。

 ウルフの瞳には、今まで見ることが無かった強い意思が存在した。


 居ても立っても居られない、そういった雰囲気で大熊を追いかけるために、ウルフは建物を飛び出した。

 だが、ドアを開いた瞬間、外から入ってきた大熊と鉢合わせた。

 大熊は驚いたが、ウルフの顔を見て、何かを察したようだ。


「結局、お前も同じ結論に至ったか。

 さっきな、ATCのトラックがこの町にやってきた」


「まさか、俺たちを探しに?」


「いいや、俺たちの整備士連中だよ。

 連中はお前の撃墜を信じず、探しに来たんだ。

 あいつらは働いていただけで、ターンストンの野望に巻き込まれたくなかったんだとよ。


 身勝手な連中だ……お前なら何とかしてくれる、そう思って、グリペンのスぺアを持ってきやがった」


 大熊はにやりと笑った。

 そして、大熊の後ろには彼が連れてきた市長が居た。


「市長、話してくれ」


「わかりました。

 ……君たちの姿を見て、私も為すべきことが見えた」


 辺境都市、ストーンヘンジ並びに周辺集落(ベルヌーイ人たちも含む)は、声明を発表。

 コルサック中央政府は、辺境の人々を見捨て、前戦争の反省もなく、極めて身勝手であり、政府能力がないと述べた。

 そして、前戦争の功労者であるウルフを始めとした軍人に対する対応は見過ごせないものであると明言した。


 ストーンヘンジ共和国としての独立を宣言した。



 ◇


 戦争から3日後。

 ようやく、コルサックはクーデターに参加したものと信頼できる正規軍の分別が完了した。だが、ATCの関与はつかめてはいなかった。

 ジョン・ディビット大統領は、正規兵らへオンラインで演説したが、その演説はひどい有様だった。


「こうなった全ての責任は、諸君らにある!

 諸君は自らを懲罰兵と思え!」


 彼らはクーデター軍、並びに反旗を翻したストーンヘンジへの戦闘を命じられた。

 罪を償うには、戦場で戦果を挙げるしかない。

 敵前逃亡は当然、敗北すらも、軍法会議にかけると宣言され、兵士たちの

 士気は地へ落ちた。


 それでも彼らは、コルサックの兵だ。

 彼らは装甲車に乗り、戦地へと向かう。

 出撃中、非難する民衆たちとすれ違うが、民衆らは非難の声を浴びせ、彼らに石を投げつける。


 民衆からすれば、クーデター軍も正規軍も元を辿れば、同じ組織。憎むべき侵略者なのだ。

 石ころの当たる音が響く装甲車の中で、一番若いライフルマンがすすり泣き始めた。


「おい、みっともない真似はやめろ!」


「だって、死ぬかもしれないのに、こんなのあんまりだ。

 俺はクーデター軍じゃない、まじめにやってきた。それなのに」


「じゃあ、誰が責任を取るんだ!? 逃げ出したら、軍法会議だぞ!」


「ストーンヘンジは!? 彼らなら、受け入れてくれるんじゃないですか!」


「愚か者め。遠い国の姫様に、エースパイロット”ウルフ”だぁ?

 話が出来すぎている。敵の流したフェイクだ!

 俺たちは軍人だ、ただ国の言うことを聞き、敵を倒せばいい!」


「ベルヌーイ人、俺たちの同僚クーデター軍……敵って誰です? 」


 誰も彼の問いには答えられず、重苦しい雰囲気に包まれた。

 だが、すぐに飛んできた砲弾が破片が装甲車の屋根を雨のように打ち付ける。


「砲撃だ!

 待ち伏せされてる!」


「このルートは安全じゃなかったのかよ! 

 全員、降りろ! 散らばれ!」


「うわああああああああっ」


 士気の下がった兵士たちは、各地でクーデター軍に敗北を喫した。

 クーデター軍が首都に迫るにつれ、コルサックだけではなく、世界中が不安に包まれ始めた。





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