Touch-5


 暫くして、目を開けると、やはりそこはこの世ではなかった。



 視界に映るのは先ほどと同じコックピットだった。

 では、なぜ天国なのかわかったのかというと、横に黄色の翼のフランカーが飛んでいたからだ。

 見間違えるはずがない。

 それはかつて自分が撃ち落とした、宿敵黄色連隊の機体。

 地獄で待ち構えていたのか、それとも天国でも天職のパイロットをしろというお告げか。




 ……そのフランカーのパイロットは死人にしては、動きが慌しかった。

 必死に3、3、0とハンドサインを送っている。

 三桁の数字といえば、思いつくのは無線周波数ぐらいだが。


 ウルフは無線機をつけ、330へとダイヤルを回す。


「生きているか!? 生きていると言ってくれ!」


「その声はキーテか?

 そうか、君も死んだから……」


「……死にたい気分だが、まだ死んではいない」


 黄色のフランカーは、空気を切り裂くように鋭く旋回する。

 それを見て、ウルフはこれが現実だということに気がついた。

 ミサイルがグリペンに着弾する寸前、彼女はフレアを乱射しながら割って入り、ミサイルを引き付けたようだ。


「私が間違っていた。

 君には伝えなければいけないことがある、なんとか軟着陸を試みてくれ。

 連中は私が相手する」


 <キーテ、生きていたのか!?

  なぜ、我々を攻撃する!?>


「先に裏切ったのはそっちの方だ!」


<ち、そいつはいい。グリペンはどうなった!?>


 キーテとベルヌーイ兵が因縁をぶつけ合っている中、ウルフのグリペンは推力を失い、フラフラと落ちていく。

 ウルフは緊急脱出レバーに手を添えるが、キャノピーが被弾により変形していることに気がつき、手を離した。

 歪んだキャノピーが吹き飛ばないまま、射出座席に吹き飛ばされて、頭部から接触する恐れがある。


 HUDで何度も点滅し、やがて薄い緑の光は消えてしまった。

 燃料切れ、車輪破損、操縦系異常、多種多様な警告ランプがつく。

 下に広がるのは、一面の積雪。 

 GPSを写すディスプレイはブラックアウトしていた。


 グリペンは不整地での離着陸能力がある。

 しかし、積雪での胴体着陸能力なんてものはない。

 それに加えて、被弾している。


 それでも、ウルフは右に傾き始めた機体を繊細に水平に保ちながら、地面へと近づいていく。

 普通に考えれば、ダメージの抱えた機体はコックピットごとバラバラに粉砕される。


「もう少しだけ、力を貸してくれ。頼む」


 ウルフは祈った。

 神にでも、天使にでもなく、長年の相棒グリペンに。

 そして、脚が降りないグリペンは地面へとタッチした。

 直後、機体がバウンドするように跳ね上がり、ダメージを負っていた左主翼が脱落する。

 シートから投げ出されるような感覚、しかし、シートベルトがウルフをコックピットへと押しとどめた。

 一回、二回と跳ね上がり、最終的には機首から前のめりに積もった雪に突っ込んで止まった。

 止まってからもウルフは暫く、コックピットから動けなかった。

 燃料が空でも残ったオイルが機関砲が誘爆するかもしれない、早く出なければ、そうは思っても身体が動こうとしなかった。


 目頭が自然と熱くなり、目頭を手で押さえた。


 感情表現が乏しいウルフが物心ついてから涙を流すなんて、これが初めてかもしれない。

 それほどに、離れたくなかった。


 ウルフの人生はこの機体になってから始まったと言える。

 死ぬのが怖いから生きていただけの難民時代、それから、生きるために仕方なくこの機体で乗り込んだ。

 壊れかけていたウルフの人間性は、グリペンのコックピットで流れる風景、朝日、夕焼けと共に育ち、仲間たちと出会った。

 そして、一度翼をもがれて、ようやく戻って来れたこのグリペンは最後までウルフを守った。


「ありがとう」


 数分後、そう呟き、ウルフは降り立った。

 

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