Touch-4
残されたのはウルフ一機だけだった。
タイフーンとF-15S/MTDイーグルで構成された灰色の翼端を持つ機体たちはウルフを取り囲んだ。
奇襲攻撃でロングレンジミサイルを消費したとはいえ、彼らは強敵を相手にした武士のようにウルフを円形に取り囲み、かなり慎重に間合いを見極めている。
<グレイウィング隊、状況は理解できているな?>
<九分後に侵攻支援任務に移る。
したがってこのグリペンにかけられる猶予はそれだけ。
そして、こいつには単機で挑むな>
<よし。
同じ過ちを繰り返すな。今日こそ必ず落とす>
タイフーンのうちの一機がウルフのグリペンに迫る。
ウルフがその相手にヘッドオンで対応しようとすると、タイフーンはすぐさま離脱。
今度は対角線上にいたF-15にミサイルを放たれる。
フレアをばら撒き、回避のために旋回を行っていると、別の機体が矢のように突っ込んでるのが見えた。
多数対一、誇りも美学ないが、容赦も情けもない攻撃。
ウルフは歯噛みし、逆方向に切り返した。
フレア・チャフの残弾がみるみる減っていく。
「ウルフ、どうにか耐えて!
システムをどうにか復旧させて、すぐ助けるから!」
フォックスの涙の滲んだような声を聞きながら、対照的にウルフは冷静に状況を見極めた。
敵の戦法、機動、高度、速度。
もって、四分か。
頭の中に誰かの声が響く。
だが、何の為に戦う? 平和とやらの為か?
平和の空にエースパイロットの居場所はない。
仲間……か、見誤るなよ。
言われなくても。
ウルフは大熊に託した。
「大佐、四分持たせる。
安全なところに逃げてくれ。
フォックスを頼んだ」
「待って、私を信じて!」
大熊と同じ機体に乗り、同じメッセージを聞いたフォックスは悲鳴のような声を上げる。
尚も、大熊は押し黙っている。
「大佐、時間がない。頼む」
「……わかった。
パイロット、操縦を変われ!」
「そんな、どうして!? ウルフを置き去りにするんですか!」
ウルフは9Gの旋回で頭蓋骨、背骨、ありとあらゆる骨が軋む中,口角を上げた。
やはり、いいチームだ。
大熊は良い上官であり、父のような存在だった。少ない言葉で納得し、嫌われ役を買って出てくれた。
そして、フォックスには……だが、敵は思考すらも許してはくれなかった。
避けきれなかったミサイルが至近で、爆発して、ラダーが吹き飛び、オイルが漏れる。
身体にかかるGの圧力、グリペンに残された揚力、もう長く語り合う時間はなかった。
「レーダーも、妨害電波で……。
ウルフ、そこにいる? 私の声は聞こえてる?」
「ああ。
今まで、ありがとう」
圧縮されるようなGの中、ウルフは短く言葉を紡いだ。
「これからも、だよね?」
震えた声。
戦争初期の自信がなかった頃のような彼女を思い出し、ウルフはこんな状況で笑みを浮かべてしまう。
「またどこかで」
空で散ったとしても、空は広いからどこかで会えるかもしれない。
ウルフはそう言い残し、無線機を切った。
傷ついたグリペンには十分な機動性が残されてなかった。
タイフーンの機関砲が、グリペンの片方のカナード翼をもぐ。
だが、タイフーンが離脱する直前、ウルフは機関砲をばら撒き、一矢報いてみせる。
グリペンはもう真っ直ぐ飛ばない、燃料も漏れていく、それでもウルフは空に留まり続けた。
外敵に襲われて、腹を見せて降参する狼も、降りかかった理不尽を遠吠えで嘆く狼などいない。
ウルフは自らの人生を貫くことを選んだ。
なぜ飛んでいるのかわからないほど、グリペンの白いボディは隅から隅まで弾痕でズタズタになり、コントロールがほぼ不可能となって、チャフ・フレアの残弾が無くなった。
そして、後ろからはミサイルの軌跡が見える。
腕時計を見ると、4分31秒耐えたようだ。
ビジネスジェットがベースのAEWとて、時速500kmはでる。
自分を鍛え上げた大熊ならば、うまく逃げてくれるだろう。
思えば、短いかもしれないが、濃密で良い人生だった。
これまでにない安らかな気持ちでウルフは目を閉じた。
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