あの空へ-7
「あ、あ、申し訳ございません! ああっ!」
メイドの少女は拳銃を慌てて拾い上げようとするが、今度はそのスカートの中からコンバットナイフや予備弾倉が落ちてくる。
しまいには、ウルフのもとへ手りゅう弾が転がってきた。
幸い、ピンはついていた。
ウルフがあっけにとられていると、シェフがこめかみをこわばらせて言った。
「アン、いい加減にしないか。
お客様、申し訳ありません。
あれは新人でして、どうかお許しを」
「この島の新人は、武装しているのか?」
「いえ、まぁ……そうなのですが」
言い淀むシェフに、ウルフはさらなる追及を続けようとしたが、そこで思い直した。
到着前はVIP御用達のヴァルハル島というから、てっきり完全武装した警備チームがその辺をうろついているのかと考えていたが、あまりそういった姿は見られなかった。
代わりに居たのは、恭しい態度をとる厚着の接客人たち。
あの厚着の下には武器が仕込まれていたのだろう。
そう、島民全てが完全武装していたのだ。
この島民は接客業のプロではなく、裏世界のプロたち。
「……違うか?」
「おっしゃる通りです。
ですが、これは門外不出の秘密でして。
もしも、上に密告されると、アンの奴は職を失うだけでは済まない。
秘密にしてはもらえませんか」
シェフはそういい、ウルフに頭を下げた。
口調は崩れていたが、その態度は真摯なものだった。
アンは涙目になりながら、その様子を伺っていた。
「楽園の島っていうのは、VIPにだけではなく、居場所のない者たちの楽園でもあったのか。
いい島じゃないか」
「……ふっ、面白いことをおっしゃる」
シェフはにやりとした笑みを見せた。
どうやら、こちらが彼の本来の顔のようだ。
「感謝します。
少し、サービスさせていただきますよ。
料理も、情報もね」
◇
シェフの名前はシェフだった。
だが、彼の本来の職はシェフではなく、南米のとある国のギャングお抱えの暗殺者だった。
彼のボスは腐敗した政権を倒すために、様々な抹殺命令を下した。
シェフは任務を遂行し続け、政権を倒すことに成功したが、国の元首へと上り詰めた彼のボスはわずかな手切れ金を渡して、彼を国外へと追放した。
「目的を果たしたら、汚れた道具はいらないってことさ」
シェフはそう言い、捏ねたハンバーグを鉄板に落とした。
ジュっという心地よい音と、ジューシーな匂いが広がる。
様々な国をさまよってここにたどり着いた。
アンも似たようなものらしい。
こう見えても、彼女はとある名家に育てられた工作員として育てられた少女らしい。
落第生で、処分される前に逃げ出したようだが。
「こう見えても、こいつの射撃センスはずば抜けている。
工作員としてはアホだが」
「あ、あう……」
今、小動物のような鳴き声を上げたアンはウルフの背後に立ち、ずっと外を見ている。視線をずっと、さまよわせている。
最初は自身のなさからくる落ち着きのなさかと思ったが、どうも、外からの襲撃を警戒しているようだ。
「どうして、こんなにこそこそと警備しているんだ?
堂々と武器をもった警備チームを編成すれば、すむ話じゃないのか? 」
「いい質問だ」
シェフは、パスタを混ぜていたトングでウルフを指さした。
「このヴァルハル島は歪でね。
島民同士も仲良しこよしってわけじゃない。
この島の現状に満足している連中がいる。
逆に、この島を自分たちの国にしようっていう大馬鹿野郎共もいる。
ノヴァリア政府は俺たちの腕を信用しているが、頭の中は信用していないのさ。
お前はこのロケットランチャーを持っていいが、お前はライフルまでだっていう、プロトコルがあってだな。そして、それは固く守らなければいけない秘密だ。
そう、島民同士で
「……これは俺が聞いて大丈夫な内容なのか?」
「さぁ、どうだろうな。
冗談だ。
ここには俺たち以外居ない」
「ひ、秘密は守ります」
一流リゾート地、ヴァルハル島の衝撃の事実を知り、ウルフは止めていた息を吐いた。
息を吐くと同時に、腹の音もなった。
「ちょうど良いころ合いだな。
特別メニュー、『スパゲッティ・モンスター』だ」
ウルフに差し出されたプレートは、巨大なハンバーグの上に、ミートソーススパゲティ、それらを囲むように、ピラフが敷き詰められていたカオスなプレートだった。
狂気を感じるほどに、良いにおいがしていた。
「……この島みたいな料理だな」
「だろう?」
ウルフのつぶやきに、シェフは上機嫌で答えた。
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