あの空へ-6
少しの間、ウルフはキーテを探したが見つからず、ホテルへと向かうことにした。
道中、清掃員や警備員といった島民とすれ違ったが、彼らはウルフの姿を認めると、恭しくお辞儀をした。
多種多様な人種、きっと、世界各地から接客業のプロを集めたのだろう。
接客のホテルの従業員たちは更に手厚い態度だった。彼らも仕事でやっているなら、仕方がないことなのだろうとウルフは考えた。
ただし、この常夏の南国で、身だしなみのためか皆が上着を羽織っているのは気の毒だと思った。
昼前の時間帯だが、戦闘で体力を消耗していたこともあって、ウルフは用意された上質なベッドに倒れこむと、すぐに眠ってしまった。
空腹で目が覚めたのは、昼下がりだった。
部屋まで食事を持ってきてくれるケータリングサービスもあるようだが、ウルフはこのヴァルハル島を少し歩いてみようと思った。
ホテルのロビーでは、先ほどのコルサック企業の重役たちが愉快そうに会話していた。
シエラはいないようだが、ウルフはなるべく目立たないようにロビーを通り抜ける。
「ベルヌーイとの交渉、どれだけ有利に進められますかな? 」
「ふっ、あの国は崩壊寸前だ。
我々の援助がなければ生きられない国だ。
思う存分、足元を見てやろうではないか。
それがいやなら死ねばいい」
「人道配慮と称して、ベルヌーイの貧民どもを連れてきて、最低賃金以下で働かせるのはどうかな?」
「くく、それはいい。
スミスさん、持ち株のほうはどうだね?
確か一億は儲かったと聞くが」
彼らの話しぶりからするに、どうにも両国の繁栄と平和のために集まったようには見えなかった。
彼らの趣味の悪い話を耳に入れないようにしながら、ウルフは外に出た。
すると、さっきの陰湿な雰囲気をはらすような 南国の熱気に照らされる。
南国に浮かぶこの島は、コルサックとベルヌーイの季節とは真逆だ。
コルサック・ベルヌーイの要人だけではなく、ほかにもいくらかの団体がいるようだ。
だが、きっと皆、品の悪い金持ちたちだろう。
そんな連中と鉢合わせたくないので、ウルフは少し歩いて郊外へと出た。
人の姿が見えなくなったころ、ウルフは海辺で寝そべっている太った猫と鉢合わせた。
その猫はウルフを一瞥すると、あくびをして、のそのそと歩き始めた。
行く当てもなかったウルフはその猫についていくことにした。
海辺の道をしばらく行くと、猫はごろりと転がった。
「自由な奴……」
案内人を失ったウルフは、立ち止まってあたりを見渡す。
だいぶ人里から離れたところだ。
だが、その道の先に、飲食店が目に入った。
どうやら、そこは少しさびれたファストフードの店のようだ。
高級フレンチ、中華、和食が立ち並ぶこの島では、少し浮いているように感じた。
『Flying Spaghetti』と書かれた看板の店にウルフは足を踏み入れた。
◇
「……いらっしゃいませ」
厨房にいた少し色黒のハンサムなシェフは、ウルフの来店に一瞬驚いた様子を見せたが、恭しく頭を下げた。
午後2時を回った頃、客足がない時間に訪れたからだろうか。
「い、いらっしゃいませ!」
ホールからおっかなびっくり顔を出して、慌てて挨拶したのはポニーテールのメイド姿の女の子だった。その様子はまさに接客業の新人といった感じだった。てっきりこの島には、接客業のプロしかいないと思っていたから意外だった。
だが、テーブルマナーやアンリトン・ルールの多い高級料理店よりもこういう店のほうがかえってリラックスできそうだ。
カウンター席に着いたウルフがメニュー表を開くと、そこにはハンバーガー、スパゲティなど、彼の期待通りのジャンクなメニューがあった。
一通りメニューに目を通していたその時だった。
ばん、と何かが床に落ちる大きな音がして、ウルフは反射的にそちらに目を向けた。
メイドの娘は顔を真っ青にしていた。
彼女の足元に転がっていたのは、トレーでも、割れた食器でもなかった。
黒光りする
それも細部がカスタマイズされた明らかな
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