あの空へ-5



 ウルフとペガサスはヴァルハル島の東の空港に着陸した。

 空港とよりも個人所有のビジネスジェットが発着する小さな飛行場といったほうが良いかもしれない。

 セキリティ上の都合で、ベルヌーイ側の人員は反対の西の空港に着陸するそうだ。


 とにかく、長い戦いを終えたウルフには待っていたのは、海辺に生えるヤシの木たちとサンサンと照り付ける太陽の熱い日差しと、腕を組んで待ち構える企業の重役と部下たち、後方で頭にたんこぶができているのは機長だろうか?

 その中央に居たのは、シエラCEOだった。


「傭兵、頭を下げて、平伏しなさい」


 彼女は傲慢な態度にウルフにそう告げる。

 だが、ウルフは膝を地面につけることは無かった。


「何故だ? 俺は役割をこなした」


「差し出がましい。 

 この私自らが、襲撃者の正体を何者かを見破ろうとしたのに。

 邪魔するとは、愚かな」


「撃墜されても良かったのか? 」


「何を言うか、撃墜されていないだろう。

 この私が乗っていたのだぞ。あれはただの威嚇かメッセージに過ぎない。

 元軍人はやはり単細胞だ」


『迷惑なんだよ、お前ら全員。 

 英雄だとか、戦果だとか、平和の為だとか、結局、金を無駄に――』


 『あなたはこのアシアナ王国第一皇女が認めた騎士です。

 どうか、胸を張って、誇って下さい』


ウルフの脳裏に過去の悪意をもった言葉が流れるが、その記憶を正確に思い出す前に、マリアンナの言葉によって上書きされた。


「……なんだ、その顔は。不愉快だ。

 私が間違っているというのか、不届きものの犬め。

 頭を下げて、猛省なさい」


 シエラの部下は膝に地面をつき、関係会社の重役たちはその通り・流石ですと中身のない相槌を続ける。

 まるで自分が女王のように振る舞っているが、国民と相思相愛だったマリアンナと比べると、極めて滑稽なものに見えた。

 だから、膝はつかなかった。


 そのまま、立ち去ろうとするウルフにシエラは顔を苛立ちにゆがめるが、すぐに表情を持ち直し、側近とひそひそと言葉を交わした。


「……すれば、と思うか? 」


「もちろん、そうでしょうな」


「傭兵。

 腕は認めてやろう、年俸20万ドルで専属のパイロットにしてやっても良い。

 今までの無礼を詫びて、膝をつき、頭を下げれば、の話だがな」


 気まぐれか、冗談か、超待遇といっても内容だった。

 だが、ウルフは気にも留めなかった。

 背を向けたまま歩き、後ろに向けて中指を立てて見せた。


「……!

 あの痴れ者を殺せ!」


「む、無茶をおっしゃらないで!」


 ジョーのスタイルは自分には合わないな、と自分の思い付きの行動に失笑しつつも、

 ウルフは彼女らを無視して、空港を後にした。


 どうせ、行きだけの片道護衛だ。


 任務は行きの護衛ということだが……帰りは必要ないのだろうか、彼女らは会合が必ず成功する自信でもあるのだろうか。


 燃料補給と整備を行うため、帰りは翌日となる。

 ウルフは空港を出て、ホテルに向かおうとする。

 だが、出たところの道路沿いに1人の女性が屈んでいるのが見えた。

 てっきり具合でも悪いのかと思い、近づくと、それが見覚えのある人物だと気づく。


「あの時の副機長?」


「うん? ああ、さっきの戦闘機パイロットか。助かったよ」


「体調でも悪いのか?」


「いや、そういうわけじゃないさ。ただ」


 背の高い彼女はしゃがみ、アスファルトに咲く黄色の野花を眺めていた。

 ブロンド色の髪の彼女は凛とした横顔を見せているが、同時にその横顔からは哀愁が漂っていた。


「さっきの飛行が原因で、解雇されてしまった。機体を傾けた時に、VIPのスーツがスープで汚れたらしい」


「……君がいなかったら、彼らは死んでたんだ」


「彼らはそうは考えなかったようだ。

 どうしたものか、やっと、手にした職だというのに」


 ウルフは彼女の姿を、かつて社会から爪弾きにされた自分と重ねた。


「君は戦闘機パイロットだったのだろう? あの飛行を見ていればわかる」


「……ああ」


「詳しい事情は聞かない。

 俺達ATCのところに来ないか? 

 君の名を教えてくれ、上司に相談したい」


「キーテだ。

 君の名も聞かせてくれないか」


 その時になって、初めてキーテはまっすぐとウルフを見た。

 これより以前にもどこかで会った気がする、そんな不思議な感覚をウルフは感じた。


「ウルフだ」


「そうか、やっぱりか」


 キーテは眉をひそめた。

 何がやっぱりなのか、何故、眉をひそめたのか。

 それを聞く前にウルフの意識は、西の空から響く轟音に持っていかれた。


「多いな……」


 ウルフは強い危機感を覚えた。

 黒いビジネスジェットを取り囲むのは、MIGのフィッシュベッド8機、綺麗な三角形編隊デルタ・フォーメーションを組んでいる。

 その後ろから、ジョーのクルセイダーが追いかけるように飛んでいたが、途中で進路をこちらに変えた。


 苛立ち……感情をむき出しにするジョーの軌道はわかりやすい。

 大所帯で来すぎて、西の空港の空きがなくなったのだろうか。


 ウルフがキーテに視線を戻そうとすると、彼女の姿はすでにそこにはなかった。

 残されたのは、道端に咲く野花だけだった。



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